日本薬理学雑誌
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特集:先端的機能イメージングによる脳疾患の回路病態の解明
バーチャル環境下の脳活動イメージング:自閉症モデルマウスにおける海馬認知地図の異常
佐藤 正晃木村 実希上田 愛宮本 裕也
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2023 年 158 巻 2 号 p. 139-143

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抄録

精神疾患や発達障害をはじめとする脳疾患の症状と行動異常は,多数のニューロンが織りなす協調的な神経回路機能の破綻でひきおこされると考えられる.したがって,その病態を明らかにするためには,神経回路内の細胞活動を大規模かつ高解像度で記録することが必要である.バーチャルリアリティ(VR)は,神経科学において主に頭部固定下の行動課題に用いられ,実験条件を厳密に制御することができる長所をもつ.本稿は,はじめに齧歯類の神経科学におけるVRの活用について概観し,VR環境をナビゲーションする自閉スペクトラム症(ASD)モデルマウスの海馬の認知地図の形成を二光子カルシウムイメージングで明らかにした筆者らの研究を紹介した後,海馬とASD病態との関わりについて考察する.我々の研究では,マウスのVR環境での空間学習が進むにしたがって,海馬CA1野の場所細胞の数は増加し,また報酬やランドマークといった行動上重要な特徴をもつ場所に応答する場所細胞は,他の場所で活動する細胞よりも数が増加することが明らかとなった.さらに,学習に従って増加した安定的な場所細胞の多くは,ランドマーク地点や報酬地点で応答する細胞であった.Shank2欠損ASDモデルマウスは正常マウスよりも直線路を走る時間が多く,報酬もより多く獲得した.その海馬の場所細胞地図では,ランドマーク地点で活動する場所細胞の割合は増加しないのに対し,報酬地点で活動する場所細胞の割合は,正常マウスに比べて過剰に増加していた.ASD患者は,彼らを取り巻く世界の知覚や認知に特有の傾向を示すが,その詳細な脳内機構には不明な点が多い.その症例の一部には,我々の研究が明らかにしたような,海馬の認知マッピングの異常が関与している可能性が考えられる.

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