日本薬理学雑誌
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158 巻, 2 号
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特集:薬理学・臨床薬理学教育におけるアクティブラーニングの新展開
  • 柳田 俊彦, 笹栗 俊之
    2023 年 158 巻 2 号 p. 111
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー
  • 笹栗 俊之
    2023 年 158 巻 2 号 p. 112-118
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    医療に直結する薬理学を医学生に学ばせるため,様々な新しい方法が試みられている.その中で,証拠に基づく医療(EBM)を学ばせるためには,「パーソナルドラッグ(Pドラッグ)の選択」という方法が適しているのではないかと考えてきた.医師が自分の診療にとって欠かせない医薬品を,科学的なエビデンスに基づいて厳選し,それらの使い方に精通し,原則としてそれらの薬だけで日常診療を行うとすれば,EBMが実践できるとともに,医療過誤や副作用被害の抑制にもつながると考えられる.このような医師個人の必須薬をPドラッグと呼ぶ.薬物治療のEBMを医学生に学ばせるため,2003年以来,私は「Pドラッグの選択」を医学部高学年の臨床実習に取り入れてきた.どのような方法で学ばせるのが最もよいか試行錯誤を重ねてきたが,ようやく,どこの大学でも容易に取り入れられる教育モデルを作ることができたのではないかと思う.ただ,このような教育改革が単に一大学の個人的な活動に終わってしまうとあまり意味がないので,薬理学教育担当者が意識を共有しようという今回のシンポジウムで発言できたのはたいへん有り難かった.シンポジウムでは,PドラッグとEBMの関係,Pドラッグ教育モデルとその使用経験などについて話したが,この特集においては,私がこのような教育方法に興味を抱いた契機についても述べ,Pドラッグ教育の普及に向けた提言を行いたい.なお,その中では私自身の葛藤なども隠さず述べているが,薬理学教育への問題意識からその解決策としてのPドラッグに至った経緯をあえて詳述することでメッセージを伝わりやすくしたいと思ったためで,「総説」としては多少違和感を覚えられるかもしれないが何とぞお許しいただきたい.

  • 柳田 俊彦
    2023 年 158 巻 2 号 p. 119-127
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    薬理学教育のアクティブラーニングとして,学生同士が医療者と患者に扮して病気や薬物治療の説明を行う“実践的薬物治療教育”「薬理学ロールプレイ」がある.薬理学ロールプレイは,事前に提示された症例(Case)に基づいて学習を行い,コミュニケーション(Communication)を通じて能動的に学修することから,Case & Communication based approach(C&Cアプローチ)による薬理学アクティブラーニングと名付けている.2010年度に宮崎大学で開始され,2022年度までの13年間に医学・薬学・歯学・看護学の4学部28校(医学部23大学,薬学部1大学,歯学部2大学,看護学科2大学)において,共通プログラムとしながらも,大学や学部の特性に合わせてさまざまな工夫を凝らしながら多様性を持って実施されている.薬理学ロールプレイは,実施した大学・学部・学年にかかわらず,①薬物治療の理解,②患者の気持ちの理解,③医療者としてのモチベーションの向上,④学習姿勢の変化に有効であった.さまざまな取り組みとしては,Personal Drugとの組み合わせや,医学生と看護学生が合同でロールプレイを実施することによる多職種連携教育への展開,漢方薬を含む症例の活用による東洋医学教育への展開のほか,コロナ禍に対応したオンライン講義,さらにはオンライン実施の特性を生かした2大学合同実施などがあり,いずれも高い有効性を認めている.多施設共通プログラムのメリットとしては,多くの情報が一気に得られ,うまくいった工夫を速やかに反映しやすいことが挙げられる.状況に応じて実施方法(対面/遠隔)を柔軟に変更できる柔軟性やレジリエンスの高さも大きな強みである.

  • 首藤 隆秀, 柳田 俊彦, 笹栗 俊之, 西 昭徳
    2023 年 158 巻 2 号 p. 128-133
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    薬理学ロールプレイは,与えられた症例に対して,医師が適切な治療薬を選択し,患者と家族に対して薬物療法の説明を行うアクティブラーニングであり,久留米大学では2013年に医学科3年生を対象として開始した.薬理学ロールプレイは医師役や患者役を体験した学生には高い学習効果が期待されるが,配役のない学生は傍観者として参加してしまい,学習効果が比較的低くなる可能性がある.この問題を改善するため,2016年より薬理学ロールプレイにパーソナルドラッグ(P-drug)の概念を取り入れたレポートを追加した.P-drugレポートの導入が,薬理学ロールプレイの学習効果にどの程度影響しているかを解析するために,実施後アンケートの結果を配役のある学生と見学の学生に分けて名義ロジスティック回帰分析を行った.アンケート項目は,①薬物治療の理解,②患者の気持ちの理解,③医師としてのモチベーションの向上,④学習姿勢の変化とした.解析の結果,①薬物治療の理解,②患者の気持ちの理解の項目において,見学者が高評価と回答した割合はP-drugレポート導入後に増加しており,P-drugレポート導入と見学者の学習効果の認識との間に有意な関連性が認められた.一方,配役のある学生では見学者より高評価であり,P-drugレポート導入による学習効果の向上は見られなかった.また自由記述では,P-drugの概念に基づく治療薬選択の重要性を実感している学生が多かった.この解析結果は,P-drugレポートの導入により,学生が治療薬の選択における評価観点を身につけた状態でロールプレイに臨むことができ,特に見学者で薬理学ロールプレイの学習効果が高まることを示している.薬理学ロールプレイとP-drugを融合した教育は,薬物治療を実践するための教育として有効であると考えられる.

  • 岡田 尚志郎, 近藤 一直, 山口 奈緒子, 一瀬 千穂, 柳田 俊彦
    2023 年 158 巻 2 号 p. 134-137
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    学生同士が医療者と患者に扮して病気や薬物治療の説明を行う“学生主体型ロールプレイによる実践的薬物治療教育”「薬理学ロールプレイ」は,薬理学アクティブ・ラーニングの一つである.しかし,これまでは一施設内でのみ実施しており,多職種も含めたより規模を大きくした異なる多施設間においては実施されてこなかった.ところが,2020年度のCOVID-19感染拡大は,旧来の対面講義を中心とした医学部教育のやり方を大きく変える転機となった.なかでもZoom等を活用した遠隔リアルタイム授業は,多施設間で,300名程度の学生であれば同時に一ヵ所に集める必要なく実施できるメリットがある.コロナ禍を奇貨として,異なる多施設間による薬理学ロールプレイの合同教育を実施できるインフラが整ったことになる.我々は全国に先駆けて藤田医科大学と愛知医科大学の2大学合同で薬理学ロールプレイを実施したので,その内容を紹介する.

特集:先端的機能イメージングによる脳疾患の回路病態の解明
  • 佐藤 正晃, 乘本 裕明
    2023 年 158 巻 2 号 p. 138
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー
  • 佐藤 正晃, 木村 実希, 上田 愛, 宮本 裕也
    2023 年 158 巻 2 号 p. 139-143
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    精神疾患や発達障害をはじめとする脳疾患の症状と行動異常は,多数のニューロンが織りなす協調的な神経回路機能の破綻でひきおこされると考えられる.したがって,その病態を明らかにするためには,神経回路内の細胞活動を大規模かつ高解像度で記録することが必要である.バーチャルリアリティ(VR)は,神経科学において主に頭部固定下の行動課題に用いられ,実験条件を厳密に制御することができる長所をもつ.本稿は,はじめに齧歯類の神経科学におけるVRの活用について概観し,VR環境をナビゲーションする自閉スペクトラム症(ASD)モデルマウスの海馬の認知地図の形成を二光子カルシウムイメージングで明らかにした筆者らの研究を紹介した後,海馬とASD病態との関わりについて考察する.我々の研究では,マウスのVR環境での空間学習が進むにしたがって,海馬CA1野の場所細胞の数は増加し,また報酬やランドマークといった行動上重要な特徴をもつ場所に応答する場所細胞は,他の場所で活動する細胞よりも数が増加することが明らかとなった.さらに,学習に従って増加した安定的な場所細胞の多くは,ランドマーク地点や報酬地点で応答する細胞であった.Shank2欠損ASDモデルマウスは正常マウスよりも直線路を走る時間が多く,報酬もより多く獲得した.その海馬の場所細胞地図では,ランドマーク地点で活動する場所細胞の割合は増加しないのに対し,報酬地点で活動する場所細胞の割合は,正常マウスに比べて過剰に増加していた.ASD患者は,彼らを取り巻く世界の知覚や認知に特有の傾向を示すが,その詳細な脳内機構には不明な点が多い.その症例の一部には,我々の研究が明らかにしたような,海馬の認知マッピングの異常が関与している可能性が考えられる.

  • 水田 恒太郎
    2023 年 158 巻 2 号 p. 144-149
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    アルツハイマー病(AD)患者の初期症状では,外出して帰り道がわからなくなるなど時空間の認知障害が挙げられる.空間認知に関わる脳部位として海馬が知られている.海馬には場所を認識して活動する場所細胞が存在する.この細胞の活動により個体は,空間を認知し目的地まで誘導すると考えられる.しかしながら,ADにおける空間認知障害と場所細胞を含む海馬神経回路の破綻との関係や,神経回路レベルの病態の進行についてはわかっていない.ADのような神経回路破綻過程を詳しく知るためには,同一個体での海馬神経回路の活動を数ヵ月に亘って観察する必要がある.そこで,筆者らは,ADの神経回路破綻過程を明らかにするため,蛍光カルシウムセンサータンパク質G-CaMP7を発現するADモデルマウスを用いて,バーチャルリアリティ(VR)環境下で時空間表現をモニターする慢性的な二光子カルシウムイメージングを開発した.この方法でVR環境下を探索するマウスの海馬から数百個からなる神経細胞の活動を数ヵ月に亘って1細胞の解像度で観察することができた.ADモデルマウスでは,海馬CA1上昇層でアミロイド(Aβ)斑様凝集体が2.5ヵ月齢から発生し,加齢と共に数,大きさともに増加すること,Aβ斑様凝集体付近で発火頻度の高い神経細胞が増えることを見出した.また,VR環境下の探索行動で観察される場所細胞は,4ヵ月齢で発火場所領域の安定性に異常が見られはじめ,7ヵ月齢になると安定性はさらに悪くなり,場所細胞の数も減少した.一方で,時間をコードする細胞も海馬で同定できたが,その細胞群の活動には7ヵ月齢でも影響がなかった.これらの結果は,ADの病態の進行に伴って,場所細胞を含む様々な神経細胞の活動パタンが異なった様式で破綻することを示しており,これらの知見はAD治療薬の有効な薬物評価に応用されることが期待される.

  • 中井 信裕, 内匠 透
    2023 年 158 巻 2 号 p. 150-153
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    自閉症(自閉スペクトラム症)は,社会性コミュニケーションの欠如や常同・反復行動,感覚刺激に対する過敏・鈍感性の知覚異常を示す神経発達障害のひとつである.自閉症の原因はいまだ不明であり,どのような脳機能異常が自閉症行動につながるのか明らかとなっていない.機能的磁気共鳴画像研究では,幼児期における脳機能ネットワークの過密状態や成人期における低密度状態が自閉症患者で報告されている.しかしながら,脳機能ネットワークの変化が自閉症行動に対してどのような影響を与えるのかは技術的に調べることが困難であった.本研究では,マウスの行動計測が可能なバーチャルリアリティシステムと広範囲の神経活動を計測することができる経頭蓋カルシウムイメージング法を組み合わせることで,行動中マウスの皮質活動を測定し,皮質領野間の活動相関に基づくグラフ理論的アプローチによって大脳皮質の機能ネットワーク動態を解析した.そして,自閉症の代表的な染色体異常である15番染色体重複を模した自閉症モデルマウスを用いて,行動状態における大脳皮質機能ネットワーク異常を明らかにした.本研究によって,脳機能ネットワークに基づく自閉症の神経病態解明への道が拓かれることが期待される.

  • 渡部 喬光
    2023 年 158 巻 2 号 p. 154-158
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    自閉スペクトラム症(ASD)の背後にある神経機構に関する研究は,その対象も計測のモダリティーも多岐にわたり,今や数えきれないほど発表されている.ASDの名を冠した雑誌も多い.私が主に関わっているヒトMRI領域でも,内側前頭前野や前頭皮質の活動低下とASDの社会性の症状が関係しているとか,ASDと定型発達者(TD)では脳全体にわたる機能的・解剖学的結合の分布に違いがあるなど,さまざまな角度からASDに関する神経生物学的特徴が報告されている.では今更何を足すことができるのか.この総説では,大域的神経遷移ダイナミクスに注目すると「その新しい何か」を見出せるかもしれない,ということを述べたいと思う.具体的には,①エネルギー地形解析というデータ駆動型解析手法を用いると時空間的に高次元で複雑な神経活動時系列データから比較的単純な神経遷移ダイナミクスを抽出することができるということを説明した上で,②その手法を用いるとASDの症状やそのユニークな知性の背後にある特異的な神経動態を同定し,さらには制御できるかもしれないという可能性を提示したいと考えている.最後にはADHDに適用するとどうなるのか,ということも触れてみたい.

  • 石川 智愛
    2023 年 158 巻 2 号 p. 159-163
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    上流のニューロン集団からの情報はシナプス入力として下流のニューロンに伝達される.シナプス入力は単調に加算されるわけではなく,樹状突起の形態や発現するイオンチャネル・受容体の分布により非線形となることが知られている.つまり,シナプス入力の時空間パターンとその演算システムを理解することは,ニューロンの活動性を明らかにする上で,不可欠といえる.しかし,樹状突起やシナプス入力の受け手となるスパインは微細構造であることから,電極などによる物理的なアプローチが難しく,ニューロンがどのようなシナプス入力を受け取るのかに関しては未解明な点も多い.こうした課題を解決するため,カルシウム蛍光プローブを用いたイメージング技術が開発されてきた.さらに,多数のスパインへのシナプス入力を高速で撮影するため,筆者らは大規模スパインイメージング法を開発し,シークエンス入力を発見した.本稿では,最新のイメージング技術により明らかになったシナプス入力の時空間パターンについて概説し,シークエンス入力の機能,特に記憶再生との関係性について考察する.さらに,脳神経疾患の理解におけるシナプス入力のイメージングの有用性についても議論する.

特集:インスリン・糖尿病研究の新展開:基礎から臨床まで
  • 赤羽 悟美
    2023 年 158 巻 2 号 p. 164
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー
  • 山仲 勇二郎
    2023 年 158 巻 2 号 p. 165-168
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    生物時計は,バクテリアからヒトに至るまで地球上に生存するすべての生物が獲得した生存戦略である.哺乳類の生物時計機構は,脳内視床下部視交叉上核に存在する中枢時計と視交叉上核外の脳部位および全身の末梢組織に存在する末梢時計からなる階層性多振動体構造から構成される.生物時計の自律振動する分子メカニズムは,時計遺伝子とよばれる一群の遺伝子の転写と翻訳を介する自己制御型のネガティブフィードバックループである.時計遺伝子は,中枢時計である視交叉上核だけでなく末梢組織においても自律振動する概日リズムが確認されており,末梢組織の正常な生理機能との関連が明らかにされている.食後の血糖値上昇に対するインスリン分泌量にも概日リズムが観察される.経口糖負荷試験に対する耐糖能は,朝方に高く夜間に低くなる.耐糖能にみられる概日リズムは,睡眠および概日リズムの同調状態の影響を受けており,臨床においても血糖コントロールにおいても睡眠と概日リズムの調節が重要となる.国内では食事の際によく噛むことが健康にとって重要であることが指摘されている.著者らは,よく噛む=咀嚼の強化が食後の糖代謝能に与える影響が1日のなかで変化するかを健康な成人男子を対象に検討し,朝方の咀嚼の強化が食後のインスリン初期分泌を改善させる効果を持つことを報告した.本総説では,生物時計と糖代謝能,咀嚼の強化が糖代謝能の概日リズムに与える影響について解説する.

  • 今村 武史
    2023 年 158 巻 2 号 p. 169-172
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    インスリン刺激による血糖低下作用は,血中グルコースが主として細胞内に取り込まれることによる.中心となる作用機序は,インスリン標的組織に存在する骨格筋細胞や脂肪細胞において,糖輸送体4型(GLUT4)タンパク質がインスリン依存性に細胞膜表面に発現することである.非刺激状態においてGLUT4タンパク質は核周囲に格納されたGLUT4小胞に存在しており,インスリン受容体シグナルがGLUT4小胞を核周囲から細胞膜へ輸送する.すなわち,インスリンによる血糖低下作用の一部分は,受容体シグナルによる細胞内GLUT4小胞輸送制御作用であると言える.我々はこれまでに,細胞内骨格をレールとする分子モータータンパク質が,核周囲にプールされたGLUT4小胞を細胞膜へ移動させる複数の機序を見出した.本稿ではその成果を中心として,インスリン受容体シグナル伝達の作用点の1つが分子モータータンパク質であること,および,細胞骨格制御を含めたGLUT4小胞輸送に関わるインスリン受容体シグナル経路について概略を示した.

  • 永瀬 晃正, 岩屋 啓一, 座古 保, 菊地 実, 桂 善也
    2023 年 158 巻 2 号 p. 173-177
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    インスリン療法の皮膚合併症は,インスリン療法を阻害する要因として以前から問題となってきた.従来の皮膚合併症の中で,リポアトロフィーやインスリンアレルギーはインスリン製剤の発展とともに著明に減少したが,リポハイパートロフィーはいまだにインスリン治療患者での頻度が高い.最近,インスリン由来アミロイドーシスあるいはインスリンボールと呼ばれる皮膚合併症の報告が増えてきた.インスリン由来アミロイドーシスは,注射されたインスリンがアミロイドタンパク質となり注射部位に沈着するものであり,腫瘤形成性と非形成性の病変があり,腫瘤形成性の病変をインスリンボールと呼んでいる.インスリン由来アミロイドーシスは血糖コントロール悪化やインスリン注射量増加を生じるが,その原因はインスリン吸収を低下させることである.リポハイパートロフィーもインスリン吸収を低下させるが,インスリン由来アミロイドーシスの方がインスリン吸収の低下が大きく,臨床的影響も大きい.このため両者を鑑別診断することが重要であるが,時に鑑別が困難で,画像検査を要することがある.また通常診療ではインスリン由来アミロイドーシスの診断が難しいことが多く,そのため病態や有病率が完全には明らかにされていない.最近,インスリン由来アミロイドーシスが毒性を持つ場合があることが報告され,ミノサイクリン使用との関連が示唆された.インスリン由来アミロイドーシスおよびリポハイパートロフィーの対処法はその部位を避けてインスリン注射をすることであるが,その際にインスリン注射量を減量することが必要である.インスリン由来アミロイドーシスもリポハイパートロフィーも予防が重要であり,そのためにはインスリン注射部位の確認や適切なインスリン注射手技の指導が継続的に必要であり,多職種連携が極めて重要である.

  • 中村 小百合, 影浦 直子, 大江 真琴, 松井 優子, 堀口 智美, 上田 映美, 瀬戸 奈津子, 柳田 俊彦, 須釡 淳子
    2023 年 158 巻 2 号 p. 178-181
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    日本看護科学学会と日本薬理学会は,2018年からホーム・アンド・アウェイ方式にて互いの学術集会のシンポジウムで人的交流を行っている.2021年からは日本看護科学学会と日本薬理学会との共同学術企画「スコーピングレビュー:インスリンボール」の活動を行っている.2022年開催の第95回日本薬理学会年会では,「スコーピングレビューからみたインスリンボールのアセスメントと予防ケア」をテーマに,看護師の立場から報告した.インスリンボールへの皮下注射は血糖コントロール不良の原因となることが報告されている.そのため,インスリンボールを予防することが重要である.今回,リサーチクエスチョンとして,「インスリン注射部位のアセスメントにはどのような方法があるのか」「硬結を予防するケアとその効果は?」をあげ,スコーピングレビューを行った.注射部位のアセスメント方法に関しては,多くの文献で触診・視診・超音波検査で注射部位を確認していた.予防ケアに関しては,医療者は同一部位を避けてインスリン注射をするよう指導していたものの,患者が同一部位に注射してインスリンボールが発生したという報告が散見された.ハンドサイトローテーションやカレンダー式注射法といった,具体的な指導方法では効果をあげているという報告があった.今後,インスリンボール発生後のケアを含めてレビューを進める予定である.

実験技術
  • 坂本 直観, 宮崎 優介, 小林 幸司, 港 高志, 村田 幸久
    2023 年 158 巻 2 号 p. 182-186
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    動物実験は生命科学・医学研究の発展に貢献してきた.現在,ヒトの疾患を模した病態モデルを作製するため,マウスやラット,サルをはじめとした実験動物が用いられ,これらの動物の生体情報や情動,認知機能は,パターン化された行動試験によって評価されている.動物と言葉を介したコミュニケーションが取れない我々人間は,動物の行動変化が本当に人の症状に外挿できるものであるのか,実験系に客観性と再現性があるのかを,常に検討して評価方法を見直していく必要がある.加えて,動物福祉や持続可能な開発目標(SDGs)に則し,動物の使用数や苦痛を軽減した代替実験法を模索していく必要もある.近年,撮影機器や情報処理技術が急速に向上し,動物を長時間撮影して高度な解析を行うことが可能になった.また,人工知能(AI)の発展は目覚ましく,ヒトを超える推論精度を達成したり,ヒトが気付かない解釈を見出したりする事例も報告されてきた.生命科学・医学研究にイノベーションを起こすには,画像やそれを解析するAIをうまく活用しながら,実験動物の生体情報や情動,認知機能をなるべく自然な飼育環境下でデジタル化し,広く・深く,評価していく必要がある.我々はこれまで,“非侵襲”,“無拘束”,“自然な飼育環境下での評価”をキーワードに据え,画像解析技術とAI,数理解析を応用しながら「動物の心を読む」ことを目標に,基盤技術を開発してきた.本稿では,我々の開発した「マウスの24時間の自発運動量測定法」と「ひっかき行動の自動検出法」の技術を紹介するとともに,今後の展望についても概説したい.

創薬シリーズ(8)創薬研究の新潮流55
  • 奈良岡 準
    2023 年 158 巻 2 号 p. 187-192
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル フリー

    製薬業界を取り巻く①研究開発における生産性低下,②3Rsの進展,③新規モダリティの多様化の中,先端科学を積極的に医薬品開発の承認申請に用いる評価系へ取り込むべく欧米を中心に規制当局および製薬企業がMicrophysiological systems(MPS)に注目している.MPSはマイクロ流体デバイスを用いて,作製された微小な空間に,生体(in vivo)に近い培養環境を再構築したin vitro培養系のことを一般的には示す.すでに欧米企業から複数の製品が実用化され,世界中で販売されている状況にある.今回そのMPSを巡る国内外の研究動向あるいは,医薬品の研究開発におけるMPS利用状況,特に安全性評価への利用状況,現状の課題および今後の展望について述べたい.

新薬紹介総説
  • 長嶺 純
    2023 年 158 巻 2 号 p. 193-202
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル オープンアクセス

    イメグリミン塩酸塩(イメグリミン)は経口の2型糖尿病治療薬であり,膵β細胞でのインスリン分泌を促す膵作用と,肝臓での糖新生を抑制し骨格筋での糖取り込みを促す膵外作用の2つの薬理作用を持つ薬剤として世界で初めて本邦で承認された.イメグリミンの分子標的は未だ不明であるが,その作用発現にはミトコンドリアを介した各種作用が関与すると考えられている.膵島では高グルコース刺激で細胞内のadenosine triphosphate量やCa2+量を増加させ,グルコース濃度依存的にインスリン分泌を促した(膵作用).また酸化型nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)生合成サルベージ経路を介してNAD量を増加させ,CD38により生成されるNAD代謝産物も細胞内Ca2+量の増加に寄与すると考えられている.In vivoでは,インスリン感受性を回復させ,肝臓由来ミトコンドリアのComplex IIIの活性を回復させると共にComplex I活性と活性酸素産生を抑制し,肝臓や骨格筋での糖代謝を改善させた(膵外作用).臨床開発では,2型糖尿病患者を対象とした海外臨床試験で1,500 mg 1日2回(国内承認用量とは異なる)投与は高グルコースクランプによるインスリン分泌促進作用,経口糖負荷試験による耐糖能改善作用が認められ,国内第Ⅱ相試験で単剤療法での用量依存的な血糖降下作用が認められた.また,3つの国内第Ⅲ相試験で,1,000 mg 1日2回投与群のプラセボに対する優越性が検証され,単剤又は他の2型糖尿病治療薬との併用の有効性と安全性,及びインスリンとの併用の有効性と安全性がそれぞれ確認された.以上,イメグリミンは膵作用と膵外作用を有するため,患者個別の成因にかかわらず血糖降下作用を示すことが期待され,様々な病態の2型糖尿病患者に使用できる新たな選択肢となりうると考えられる.

  • 杉浦 俊彦, 安藤 綾俊, 細井 克之, 神山 哲哉
    2023 年 158 巻 2 号 p. 203-210
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/03/01
    ジャーナル オープンアクセス

    カロテグラストメチル(商品名:カログラ®錠120 mg)は,α4インテグリン阻害薬として味の素製薬株式会社(現EAファーマ株式会社)によって創製された新規低分子化合物である.生体内において,リンパ球などの炎症性細胞の表面に発現しているα4β1インテグリン及びα4β7インテグリンの両方の機能を阻害することにより,抗炎症作用を発揮する.EAファーマ株式会社とキッセイ薬品工業株式会社との共同開発の下,臨床試験において中等症の活動期潰瘍性大腸炎に対するカロテグラストメチルの有効性と安全性が確認され,本邦において2022年3月に承認,同年5月に発売された.日本オリジンの新薬であり,世界で唯一の経口α4インテグリン阻害薬である.カロテグラストメチルは,適正使用を徹底して実践することで,潰瘍性大腸炎の基本治療である5-アミノサリチル酸製剤に効果不十分又は不耐な場合に経口投与可能な新しい作用機序の薬剤として,臨床現場から広く望まれ,治療に大きく貢献できる可能性がある.本稿では,カロテグラストメチルの薬理学的特性と臨床試験成績を中心に紹介する.

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