日本薬理学雑誌
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特集:先端的機能イメージングによる脳疾患の回路病態の解明
アルツハイマー病モデルマウスの神経機能回路破綻過程の観察と新規治療開発への応用
水田 恒太郎
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2023 年 158 巻 2 号 p. 144-149

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抄録

アルツハイマー病(AD)患者の初期症状では,外出して帰り道がわからなくなるなど時空間の認知障害が挙げられる.空間認知に関わる脳部位として海馬が知られている.海馬には場所を認識して活動する場所細胞が存在する.この細胞の活動により個体は,空間を認知し目的地まで誘導すると考えられる.しかしながら,ADにおける空間認知障害と場所細胞を含む海馬神経回路の破綻との関係や,神経回路レベルの病態の進行についてはわかっていない.ADのような神経回路破綻過程を詳しく知るためには,同一個体での海馬神経回路の活動を数ヵ月に亘って観察する必要がある.そこで,筆者らは,ADの神経回路破綻過程を明らかにするため,蛍光カルシウムセンサータンパク質G-CaMP7を発現するADモデルマウスを用いて,バーチャルリアリティ(VR)環境下で時空間表現をモニターする慢性的な二光子カルシウムイメージングを開発した.この方法でVR環境下を探索するマウスの海馬から数百個からなる神経細胞の活動を数ヵ月に亘って1細胞の解像度で観察することができた.ADモデルマウスでは,海馬CA1上昇層でアミロイド(Aβ)斑様凝集体が2.5ヵ月齢から発生し,加齢と共に数,大きさともに増加すること,Aβ斑様凝集体付近で発火頻度の高い神経細胞が増えることを見出した.また,VR環境下の探索行動で観察される場所細胞は,4ヵ月齢で発火場所領域の安定性に異常が見られはじめ,7ヵ月齢になると安定性はさらに悪くなり,場所細胞の数も減少した.一方で,時間をコードする細胞も海馬で同定できたが,その細胞群の活動には7ヵ月齢でも影響がなかった.これらの結果は,ADの病態の進行に伴って,場所細胞を含む様々な神経細胞の活動パタンが異なった様式で破綻することを示しており,これらの知見はAD治療薬の有効な薬物評価に応用されることが期待される.

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