脳の発達に不可欠と言われる甲状腺ホルモン(TH)は,胎児期においては母親からの供給に大きく依存している.臨床研究によると,妊娠中に母体のTHバランスが崩れると,子供に永久的な神経発達への影響が生じることがあることから,周産期の母親のTHかく乱は,子供の脳発達に対するリスクとなる可能性がある.よって,周産期の母親においてTHをかく乱させる化学物質は規制対象となり得る.しかし,化学物質による母親のTHかく乱の程度や児の脳におけるTHかく乱の程度と脳発達異常の発症との定量的な関係は十分に理解されていない.そこで,脳発達異常を引き起こすTHかく乱影響を定量的かつ迅速に評価する方法の開発が望まれる.現在,THかく乱の有害性発現経路(AOPs)において複数の分子標的(MIE)が知られており,それらに関してNew Approach Methodologies(NAMs)を用いた試験法の開発が進んでいる.加えて,複数のMIEsへの作用に共通して見られる血中TH濃度の低下について,潜在的に敏感な胎児期と新生児期での影響を母ラットへの影響と比較する甲状腺比較試験(comparative thyroid assay:CTA)の活用が期待されている.近年,安全性評価の精緻化・効率化,動物実験削減の必要性が高まっているため,我々はCTAの改善に取り組んだ.脳発達異常のAOPにおいて,児の血中TH変動の下流に位置する脳内TH濃度,および脳TH低下の器質的指標である側脳室の脳室上皮層正中側に形成される異所性神経細胞巣(heterotopia)を新たに追加し,使用動物数を50%削減した改良型CTAを提案した.その実現可能性を検証した結果,児動物において20~30%程度の脳TH濃度のかく乱を検出できることを確認した.この総説では,周産期のTHかく乱作用の新たな評価法の開発に向けた取り組みの現状を概説する.