ヒトは外界の情報の約8割を視覚に頼っていることから,視機能の低下は重大なQOLの低下を引き起こす.我が国における最大の失明原因は緑内障であり,視神経の変性が進行すると共に視野欠損が増悪する.また多発性硬化症の主要症状として知られる視神経炎に関しても,根本的な治療法の開発が求められている.我々は加齢によって減弱する脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)のシグナルに注目し,受容体であるtropomyosin receptor kinase B(TrkB)について,BDNFが不在でも活性化可能な,改変型TrkBを作製した.この分子ではTrkBの活性化領域が細胞膜に局在することから,細胞内シグナルの持続的な増強が可能となっている.改変型TrkBを用いた遺伝子治療ベクターを緑内障モデルマウスに投与すると,緑内障の進行が抑制されることがわかった.また我々のグループでは,ストレス応答因子の1つであるapoptosis signal-regulating kinase 1(ASK1)が,多発性硬化症の疾患モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis:EAE)において,視神経炎と脊髄炎の重症化に関与することを報告している.そこで新規に4種類の細胞種特異的なASK1欠損マウスを作製した結果,ミクログリアおよびアストロサイトに発現するASK1が重症化に働く一方,T細胞や樹状細胞のASK1による影響は少ないことがわかった.ASK1はミクログリア-アストロサイト間の相互作用を制御して神経炎症を維持・増悪させることから,多発性硬化症やそれに伴う視神経炎における有用な治療標的となる可能性が示された.本稿ではこのような視神経疾患に関する最近の研究成果について,今後の展望も含めて紹介する.
生体に備わるセンサーは体の内外環境を感知し,ホメオスタシスを維持するために,体温や物質濃度を適正な方向へ向かって修正するきっかけを作るが,美味しさを求めて必要以上に脂肪・糖・塩を摂取してしまえば生活習慣病(脳血管・心臓疾患・糖尿病等)へ,食欲の低下した高齢者等で味覚減退が起これば低栄養からフレイルや要介護へとつながるリスクとなる.そこで本総説では,加齢の影響が甘味,うま味,苦味,酸味,塩味の5つの基本味のうちどの味覚に現れるのかについて解説し,次に,口臭の原因になったり,高齢者等が,誤嚥を起こせば肺炎を惹起するなどの問題を引き起こす,口腔内の細菌と舌苔の,味覚への影響についてまとめた.また,健康な人でも,特定の味物質を日常的に食べ続けるような食生活を送ることで,味覚感受性が変化し,健康リスクが発生する.そして,脂肪酸の味覚の発見から現在までの研究をまとめ,摂食調節に味覚が関わることで生体のホメオスタシスにどのように関与していくのかを,文献調査によってまとめ考察した.最近,脂肪の嗜好に関与する脳腸間の回路が特定された.腸においても舌における味覚と同じ受容体で脂肪酸が感知され,迷走神経を通じて脳へ栄養情報が送られるが,脂肪酸特異的な栄養情報を伝える神経が発見されていることは大変興味深い.このように口腔内の味覚と,消化管の栄養センシングは大変似ているため,相互で参考にしながら研究を発展させていくことは大変有意義であると考えている.
痒みとは,引っ掻く衝動を止めることが出来なくなる不快な感覚である.日常生活に重大な支障を与えるだけでなく,アトピー性皮膚炎では炎症を増悪させる.このため,痒みの機序の解明と治療戦略の構築は,医学的に重要な課題である.従来,痒みと痛みは同じ神経で伝達されていると考えられていたが,現在では痒みと痛みの感覚を伝達する神経は別個であることが明らかとなっている.また,痒みにおいても,痛みや温度,圧などの感覚と同様に,カルシウムチャネルであるTRPチャネルの関与が重要である.神経科学,分子生物学の進歩により,痒み刺激の伝達機序について分子レベルでの理解が近年飛躍的に進歩した.一方で,免疫学の進歩により,生体防御機構にはいくつかのタイプの免疫システムが備わっており,その中でアトピー性皮膚炎を含めたアレルギー疾患においては2型免疫反応が主体となっていることが明らかとなった.2型免疫反応で産生されるサイトカインは,免疫細胞や組織構成細胞上の受容体に結合してアトピー性皮膚炎などの病態を形成することが知られていたが,近年知覚神経上の受容体に結合して,直接痒み刺激を伝達することが判明した.これは,痒み刺激の伝達には,免疫反応と神経伝達反応をサイトカインがリンクさせていることを示しており,画期的な発見となった.これにより,アトピー性皮膚炎の痒みの機序の理解が飛躍的に深まるとともに,2型サイトカインなどの2型免疫反応メディエーターを標的としたアトピー性皮膚炎に対する治療薬の開発につながり,アトピー性皮膚炎の治療を劇的に変える背景となった.本総説では,このような近年の痒みの伝達機序について,ならびに,アトピー性皮膚炎における痒みの機序とそれに対する治療戦略の構築について述べている.
近年の科学の進歩により,ヒト用医薬品の非臨床試験では生体模倣システム(microphysiological systems:MPS)が注目され,医薬品開発の様々な局面で利活用されてきている.本稿では,MPSに関してこれまでの総説に記載されている内容とは異なる視点での紹介を行いたい.まず,MPSに関する世界の潮流としてmicrophysiological systemsという言葉が使われ始めた経緯についてPubMedでの検索結果を元に紹介し,2023年6月にベルリンにて開催された2nd MPS World Summitにおける演題分析の結果からMPSに対する関心臓器や製薬会社のニーズを定量化した.次に,日本におけるMPSプロジェクトとして,AMED-MPS2およびMPS-RSプロジェクトにおける筆者の活動を紹介した.AMED-MPS2プロジェクトではMPS評価系としてデバイスあるいは細胞に関する考慮すべき事項の抽出と実験的な検証,MPS-RSプロジェクトではガイドラインに適した利用目的(context of use:CoU)の検索から実施内容の決定およびMPS実用化推進協議会の設立について紹介した.一方で,筆者は心臓MPSを用いた評価系の構築にも従事している.そこで心臓が有する機能の1つである「収縮」を評価可能な心臓MPSとして開発されてきたいくつかのデバイスについて,筆者の取り組みを含めて特徴と成果を紹介した.MPSを用いた評価系は,創薬に限らず食品や化学物質の業界でも注目を浴びており,社会実装が少しずつ進んでいる.それに伴い,MPSを社会・規制の中で真にどのように利活用するべきかについて議論をする場が世界中で形成されつつある.各国では,生存競争を生き残った有用なデバイスを用いたデータの取得に注力しているようである.日本が国産MPSで世界をリードするためには,いち早く有用なデバイスを見極めて議論できるだけのデータを取得することが必要となるであろう.
ヒト由来神経細胞を用いたin vitro化合物評価において,MPSの利活用も始まっている.神経系MPSは,マイクロ流路デバイスを用いたMPSに加え,近年では3次元脳オルガノイドもMPSとして認知されつつある.マイクロ流路デバイスを用いた神経系MPSの歴史は古く,細胞体および神経突起の位置制御および神経投射を模倣した異種細胞の連結モデル等が開発されてきた.本稿では,マイクロ流路デバイスで培養領域を制御された細胞体,神経突起の形態画像を用いた機械学習による抗がん薬の末梢神経障害予測,および電気活動を指標とした運動ニューロン-骨格筋モデルの構築例について紹介する.また,脳オルガノイド研究の一例として,難治性てんかんであるドラべ症候群患者由来脳オルガノイドの形態における禁忌薬の応答について紹介する.神経系MPSの創薬応用においては,目的に応じて適切なMPSを開発および利用し,生物学的な再現および信頼性を確保することが今後の発展に重要である.
がん周囲の微小環境は,がん微小環境(tumor microenvironment:TME)と呼ばれ,免疫細胞やがん関連線維芽細胞,さらには血管内皮細胞やペリサイトなどが含まれる.かつて,これらの非がん細胞は,がんの疾患においては傍観者と思われてきたが,これらの細胞や分泌される分子群が,がんの進行において重要な役割を果たすことが明らかになってきた.TMEの複雑性を紐解き,その機序を明らかとするために,生体模倣システム(microphysiological system:MPS)が注目されている.MPSは「ヒトまたは動物由来の特定の組織の特徴を生体外でモデリングするための微小スケールの細胞培養プラットフォーム」と定義され,TMEの化学的または物理的な条件を制御し,がん細胞,がん周囲の細胞の応答を分析可能である.近年,がんのMPSに脈管系を組み込む技術が進展し,これによりTME内での物質や細胞の動態をより正確に評価できるようになってきている.本稿では,脈管系を含む最新のがんのMPSの研究報告と,TMEの物質・細胞動態の研究成果に関して概説する.
妊娠時の生理学的変化や薬物代謝活性の変化により,種々薬物の吸収・分布・代謝・排泄が変化する.非定型抗精神病薬であるリスペリドンは,母体へのベネフィットが胎児へのリスクを上回ると判断された場合に妊婦にも使用されることがある.今回,出産前後における母体とその新生児におけるリスペリドンと活性代謝物であるパリペリドンの血清中濃度を測定するとともに両薬物の生理学的薬物動態(PBPK)モデルを構築した.妊娠時の変化がリスペリドンとパリペリドンの薬物動態パラメータに与える影響について定量的に評価した結果,妊娠時には主として,チトクロームP450(CYP)2D6活性の上昇によってリスペリドンおよびパリペリドンの血中濃度は徐々に低下し,出産後には非妊娠時のレベルまで速やかに回復するため,妊娠中と出産後の注意深い臨床症状の観察が必要であることが示された.また,小児の腎機能を予測する10種のモデルを用いて評価したところ,Flanders metadata式が新生児のパリペリドン血清中濃度を最も偏り少なく,精度良く推定可能であった.以上,PBPKモデルを用いた薬物動態に関する理解は,妊婦や新生児といったスペシャルポピュレーションにおける薬物療法の適正化に有用な手法といえる.
脳の発達に不可欠と言われる甲状腺ホルモン(TH)は,胎児期においては母親からの供給に大きく依存している.臨床研究によると,妊娠中に母体のTHバランスが崩れると,子供に永久的な神経発達への影響が生じることがあることから,周産期の母親のTHかく乱は,子供の脳発達に対するリスクとなる可能性がある.よって,周産期の母親においてTHをかく乱させる化学物質は規制対象となり得る.しかし,化学物質による母親のTHかく乱の程度や児の脳におけるTHかく乱の程度と脳発達異常の発症との定量的な関係は十分に理解されていない.そこで,脳発達異常を引き起こすTHかく乱影響を定量的かつ迅速に評価する方法の開発が望まれる.現在,THかく乱の有害性発現経路(AOPs)において複数の分子標的(MIE)が知られており,それらに関してNew Approach Methodologies(NAMs)を用いた試験法の開発が進んでいる.加えて,複数のMIEsへの作用に共通して見られる血中TH濃度の低下について,潜在的に敏感な胎児期と新生児期での影響を母ラットへの影響と比較する甲状腺比較試験(comparative thyroid assay:CTA)の活用が期待されている.近年,安全性評価の精緻化・効率化,動物実験削減の必要性が高まっているため,我々はCTAの改善に取り組んだ.脳発達異常のAOPにおいて,児の血中TH変動の下流に位置する脳内TH濃度,および脳TH低下の器質的指標である側脳室の脳室上皮層正中側に形成される異所性神経細胞巣(heterotopia)を新たに追加し,使用動物数を50%削減した改良型CTAを提案した.その実現可能性を検証した結果,児動物において20~30%程度の脳TH濃度のかく乱を検出できることを確認した.この総説では,周産期のTHかく乱作用の新たな評価法の開発に向けた取り組みの現状を概説する.
妊娠期・周産期における医薬品の利用は,児へ影響することなく,母体の健康状態を改善することが求められる.この安全性を担保するためには,医薬品の発達神経毒性も加味して評価する必要がある.経済協力開発機構(OECD)は医薬品を含む様々な化学物質の発達神経毒性評価のテストガイドライン(TG426)を制定している.TG426では,妊娠および授乳期の動物(主にラット)に化学物質を投与し,脳重量や神経病理学的検査と,自発運動量や感覚機能,学習・記憶などの行動評価を用いて,離乳前から離乳後の育成期間の児の影響を評価する.TG426は多大な費用・時間・労力を要することもあり,これまでにTG426を用いて発達神経毒性が評価された化学物質は200程度にとどまっている.より多くの化学物質の発達神経毒性評価の実現に向け,OECDは幹細胞やオルガノイドなどのin vitro試験を組み合わせた発達神経毒性評価の新たな指針(No. 377)を制定するとともに,ゼブラフィッシュを用いた行動解析の利用について検討を進めている.本稿では,ヒトにおける発達神経毒性が疫学的に実証されており,OECDが定めた発達神経毒性陽性化合物でもあるバルプロ酸に焦点を絞り,ゼブラフィッシュ仔魚と成魚の行動解析を用いた医薬品の発達神経毒性評価の有用性・妥当性について考察する.
生成AIの急速な発展により,機械翻訳,プログラミングコード作成など,私たちの生活に欠かせない様々なサービスが生まれている.創薬においても,生成AIは,ケモインフォマティクスとともに発展をしており,シード/リード化合物の生成,並びに最適化(de novoデザイン)等に利用され,複数の成功事例が報告されるに至っている.In silico創薬におけるAI技術の活用は,これまで難しかった課題を解決し,創薬の成功確率を劇的に向上させるものと期待されている.株式会社理論創薬研究所(英名:ITM, Inc.)は,独自のケモインフォマティクス技術を活用したin silicoによる創薬支援を目的に2004年に設立されたベンチャー企業である.現在は,最先端のAI技術とこれまでに蓄積されたケモインフォマティクス技術を融合した創薬支援システムの開発を行っている.本稿では,生成AIを活用したITMの技術を中心に紹介をする.
透析そう痒症は,透析手法,透析膜,透析液の改良といった医療技術が向上した現在においても,血液透析患者のQOLを著しく低下させる症状のひとつである.透析そう痒症の要因には,皮膚の乾燥,尿毒症性物質の蓄積,ケミカルメディエーターの過剰産生や免疫機能の変化,そしてオピオイドバランスの崩壊などが考えられている.ジフェリケファリン酢酸塩(製品名:コルスバ®静注透析用シリンジ17.5 μg,同25.0 μg,同35.0 μg.以下,ジフェリケファリン)は新規κオピオイド受容体(KOR)作動薬であり,血液透析患者において末梢のKORを介したかゆみの抑制作用を発揮する.非臨床試験において,ジフェリケファリンはKORに高い選択性を示し,ヒスタミンやサブスタンスPによるそう痒モデル動物で抗そう痒効果を示した.また,ヒト単球由来マクロファージにおけるサイトカイン放出抑制やマウスでリポ多糖投与により誘発されたTNFαやIL-1βなどのサイトカイン放出抑制による抗炎症作用を示した.既治療のそう痒症を有する血液透析患者を対象とした国内第Ⅲ相臨床試験において,ジフェリケファリンは主要評価項目である投与4週時の平均かゆみNRSスコアのベースラインからの変化量でプラセボに対する有意な改善を示した.また,かゆみによる睡眠障害やかゆみに関するQOLの改善効果を示し,かゆみの改善効果は投与58週時まで持続した.さらに,長期投与に伴う副作用の増加傾向はなく,遅発性の有害事象及び副作用も認められなかった.これらの結果に基づき,ジフェリケファリンは血液透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)を効能又は効果として2023年9月に製造販売承認を取得した.透析回路を介した静注製剤であり服薬負担のないジフェリケファリンは,透析そう痒症の新たな治療選択肢になると期待される.
ベルモスジルメシル酸塩(以下,ベルモスジル)は,新規作用機序を有するステロイド依存性/抵抗性の慢性移植片対宿主病(chronic graft versus host disease:cGVHD)を対象に開発された,経口低分子薬である.ベルモスジルは選択的にRho-associated coiled-coil containing protein kinase 2(ROCK2)を阻害することで,免疫調整作用と抗線維化作用を示し,cGVHDで問題となる炎症と線維化を抑制しcGVHDの治療効果を示すと考えられる.日本国内で成人を対象とした臨床第Ⅰ相試験(ME3208-1試験)を実施した後,日本国内で実施した12歳以上のステロイド依存性/抵抗性cGVHD患者を対象にした臨床第Ⅲ相試験(ME3208-2試験)にて,有効性及び安全性を確認した.ベルモスジルは2023年5月に希少疾病用医薬品指定を受け,2024年3月に「造血幹細胞移植後の慢性移植片対宿主病(ステロイド剤の投与で効果不十分な場合)」を効能または効果として製造販売承認後,2024年5月に薬価収載・発売された.