日本薬理学雑誌
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特集 薬理学-免疫学-構造生物化学から視る新たながん治療戦略
滑膜肉腫発生機構の解明を目指した構造生物学の急展開
岩崎 憲治竹中 聡
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2025 年 160 巻 3 号 p. 167-171

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抄録

滑膜肉腫は,軟部肉腫の一種であり,若年成人の四肢関節近傍に好発する.その特徴は,再発性かつ病的特徴をもつ染色体転座t(X;18)(p11.2;q11.2)であり,結果としてSSX1またはSSX2遺伝子がSS18と融合する.発現したSS18-SSX融合タンパク質は,クロマチンリモデリング複合体であるSWItch/Sucrose Non-Fermentable(SWI/SNF)複合体(本稿中,ヒトの場合に限定してmSWI/SNFと記載する)に異常を引き起こす.この肉腫発生のプロセスにおける最初のイベントともいえる分子メカニズムについて,2020年から急激な研究の進展があった.特に構造生物学的研究が進み,structure-based drug design(SBDD)の可能性が開けてきた.SS18-SSX1は,正常なmSWI/SNFの構成サブユニットである野生型SS18のかわりに入り込み,これもまたmSWI/SNFの構成サブユニットであるSMARCB1を追い出す.こうしてできた異常なmSWI/SNF(ssSWI/SNF)は,H2A K119Ubを含むヌクレオソームの位置に移動する.H2Aは,コアヒストンタンパク質の一つであり,その119番目のリシン残基がユビキチン化されたものが,H2A K119Ubである.この修飾を含むヌクレオソームが存在するクロマチン領域は,遺伝子発現が抑制されていることが多い.さらにこの位置にはポリコーム複合体が存在するが,それと競合してssSWI/SNFが局在することによって,遺伝子の活性化が起きる.これが肉腫発生の最初のイベントである.本来主に精巣に発現するSSX1がクロマチンリモデリング複合体に異常性をもたらしていることは容易に想像がつく.これまでSS18-SSXを含むssSWI/SNFがどのようにクロマチンと結合するかは不明であったがついにSSX1のC末端領域がヌクレオソーム中の酸性パッチという領域に結合することがわかり,さらにその構造がクライオ電子顕微鏡によって解明された.

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