ジェンダー史学
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論文
女性を作善にいざなう絵巻
――「当麻曼荼羅縁起絵巻」の制作意図と機能について――
成原 有貴
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2018 年 14 巻 p. 39-55

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抄録

「当麻曼荼羅縁起絵巻」(光明寺蔵、二巻、13 世紀)は、貴族女性が蓮糸で浄土曼荼羅を作り往生するという、当麻寺本尊の曼荼羅の縁起を描く。制作意図は未解明である。

2014 年の拙稿(『美術史』176)では、女性が当麻寺に奉納するため制作させたとの先学の説に対し、曼荼羅が懸かる下巻の建物が当麻寺ではなく貴族邸宅内の信仰空間であることを論証し、異論を呈した。画中の私的空間での曼荼羅信仰は、京都の貴族邸宅での曼荼羅転写本を用いた浄土宗西山派の布教形態と合致しており、同派の布教のために制作されたと推察した。

この結論を元に本論では、曼荼羅の制作過程を描く上巻第二段・第三段を対象として、蓮糸の製糸や染糸を行う主人公を含む女性たちの表現を分析し、制作意図と機能の発展的考察を試みた。上記の場面を、当麻寺寺家の制作とされる「当麻曼荼羅縁起」(当麻寺蔵、以下、掛幅本)の同場面と比較した結果、以下の特質が明らかになった。掛幅本では、蓮糸の製糸を支援する天皇の存在が強調されるが、本絵巻では、支援する側の天皇の存在を仄めかすに留め、女性たちが主体的に行動して天皇から支援を引き出し、製糸を行う。また、蓮糸を染める井戸は、掛幅本では当麻在地のものに描かれるが、本絵巻では、天智天皇に縁の場所に湧いた井戸として表され、その由緒により女性たちの染糸が神秘化され高められている。当時の貴族女性の手仕事は、夫の衣服調整に向けられ、男性を支えるためのものであった。しかし絵では、曼荼羅作成を以て手仕事の日常的意味が反転され、女性たちがその技を用い、男性の支援を得て、祈願を成就する。かかる意味の反転は、殊に女性たちの関心を惹起したと推測される。西山派の布教に関する記録中には、女性が発願したと思しき曼荼羅転写本の例もある。こうした記録と絵の特質から、本絵巻は、西山派の布教の中で、特に女性たちを曼荼羅の転写本制作へと誘うために制作されたと推察した。

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© 2018 本論文著者
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