2014 年 146 巻 p. 83-108
本稿では,2000年前後から類型論的な指示詞研究に導入された注意概念を用いて,日本語指示詞研究で残された問題とされる「中距離指示」のソ系を分析する。自発的な相互行為場面を見ると,従来「中距離指示」とされてきたソ系は,トルコ語のşuとは対照的に,発話時に聞き手の視覚的注意が向けられている対象,もしくは発話時以前に一度注意が向けられた対象を指す。従って,このソ系は「聞き手の注意の不在」を示すşuとは反対に,「聞き手の注意の存在」を示す形式であると考えられる。şuとソ系は談話・テクスト内でも対照的な分布を示す。ソ系が聞き手が注意を向けうる前方の言語的対象を指すのに対し,şuは発話時にまだ談話に導入されていない後方の言語的対象を指す。この事実は,「聞き手の注意」という概念を用いることで指示詞の直示用法と非直示用法の統一的な分析も可能になることを示唆している。