抄録
本稿は,旧ソ連邦のツングース系言語のひとつであるエヴェン語における構文で,伝統的には受身または許容使役と呼ばれてきたものをとりあげる.この構文は,その統語的・意味的特性から日本語の迷惑受身に通じるところがあるので,本稿では,これを「迷惑構文」と呼ぶことにする.迷惑構文は,動詞接辞-V-によって派生され,意味的には表層主語にとって迷惑を及ぼす事象を表す.例えば,次の例のように,日本語の迷惑受身のように自動詞からの派生も可能で,意味的にもそれに匹敵する.
a. (Imanra-φ) iman-ra-n snow-NOM snow-NONFUT-3SG ‘It is snowing.’ b. Etiken-φ (imanra-du) imana-v-ra-n old man-NOM snow-DAT snow-AD-NONFUT-3SG ‘ The -old man is caught by the snowfall.’
本稿の目的は,エヴェン語の迷惑構文の実体を記述するとともに,一方では,それと受身構文との関係を追究し,他方では,使役構文との関係を明かにし,結論的には,意味記述において迷惑構文を受身構文と使役構文の連続線上に位置付けることにある.