抄録
兵庫県川辺郡猪名川町杉生新田に湧出する含鉄炭酸食塩水の湧出口付近に棲むバクテリアによる化学成分の挙動を検討した.温泉の水質は,pH 5.57,電気伝導度174 ms/m,ORP 98 mV,DO(溶存酸素)0 mg/Lであった.主な溶存成分は,Cl-(328.25 ppm),NO2-(0.089 ppm),SO42-(4.74 ppm),Fe(7.44 ppm),Mn(0.48 ppm)であった.これは,この温泉の水質が,DOを含まない嫌気的な環境にある一方で,亜硝酸や硫酸イオンを含む程度には酸化的であることを示している.源泉が湧き出ている井戸の壁面に赤褐色の沈殿物が多く形成されていた.SEM-EDSを用いた分析では,球菌のまわりに非結晶質で,FeとわずかなSiを含んだ沈殿物が覆っていた.したがって,少なくとも一部のFeは温泉中に含まれる微生物の代謝によって酸化されていることが示唆された.また,その沈殿物に含まれている微生物を,5mLバイアルを用いて,O2とFe2+の濃度勾配をつけた寒天培地で培養すると,上層に赤褐色の水平な帯状のコロニーが形成された.また,沈殿物からバクテリアのDNAを抽出し,鉄酸化バクテリアの一種であるGallionellaをターゲットにしたプライマーを用いて,PCR(Polymerase Chain Reaction;ポリメラーゼ連鎖反応法)にかけ,16S rRNAを増幅させた後,塩基配列決定のためにシークエンスを行った.塩基配列から近縁種を同定したところ,鉄酸化バクテリアの一種であるGallionella capsiferriformansに近縁な種が優勢であった.よって,この源泉では,鉄酸化バクテリアが多く棲みついており,その代謝によって鉄を含んだ沈殿物が形成されていることが明らかになった.