遺伝学雑誌
Online ISSN : 1880-5787
Print ISSN : 0021-504X
ISSN-L : 0021-504X
タンポヽ類に於る屬間交雜
第一報 Crepis capillarisTaraxacum platycarpum との雜種
篠遠 喜人小野 記彦
著者情報
ジャーナル フリー

1934 年 10 巻 2 号 p. 160-164

詳細
抄録

茲に報告するのは Crepis capillaris(n=3) と Taraxacum platycarpum (タンポヽ n=8)との雜種で, タンポヽ類(Cichorieae)の多くの植物の間に交雜を試みて得た屬間雜種の一である。
授粉は Collins (1922)が Crepis 屬で用ひた水洗法によつた。染色體の觀察には Karpechenko 液で固定した根端を12μに切り, Heidenhain 鐵明礬ヘマトキシリン法により染色した。
1929年初めて C. capillaris にタンポヽを掛けて2個の痩果を得た。夫等より生じた幼植物の一つは非常に弱く間もなく死んだが, 他の1株は1932年迄生存し(圖1), 其年植替の際に菌類の犯す所となつて枯死した。此植物は葉の樣子は寧ろ兩親の中間形を示してゐたが, 多年生の傾向を現し又莖を抽出しない等の點は父植物に似て居た。終に花を見ることができなかつた。
1931年に同じ交雜を行ひ9株の雜種植物を得た。之等は初め温室で育て翌春戸外に移した所, 葉は不相同となりロゼットには多數の生長點が生じ極めて不規則な生長をした。1929年に得た植物の如く莖を抽出する事なく又花を着けるに至らず, 8株は其年に, 殘りの1株は翌年の夏に枯れた。
1932年にも若干の雜種を得たが成熟しない中に不注意で枯死させた。翌年又11個の痩果を得た。之等の痩果の長さは C. capillaris (母親)の痩果よりも約1/5だけ短かかつた(表1)。之等の11個の痩果より生じた植物は初めより戸外にて育て1931年の場合と比較した。此場合でも1931年の如く異常の生育をし(圖2, 3),花を着けず莖も抽出しなかつた。對照としたCrepis 植物は正常に發育し開花した。之により1931年の植物が異常な生長を示したのは温室より戸外に移したといふ環境の影響の結果とは考へられない。又1932年に除雄して其儘に放置した Crepis 植物より若干の子植物を得た。之等は幼時の葉の樣子は親と異つてゐたが, 終には莖を抽出して開花した。
各雜種植物は根端の細胞に於て母植物と同じやうな6個の染色體を有する(圖4)。然し以上の諸觀察より吾々の謂ふ雜種が母植物が授粉操作の誤により自家授精して生じたものとも考へられず, 又花粉とは全然無關係に單爲生殖の結果生じたとも考へられない。其成因の細胞學的乃至核學的證明を缺くが, 單純な偽授精の一例でないことは明かである。茲に言ひ得ることは父植物の染色體がたとへ卵核中に入らなくとも, 或は少くとも子植物の細胞核中に父の染色體が形態學的に認められなくとも, 父植物の性質の幾つかは子植物に表現され得るといふことである。之に關しては尚二三の老察(例へば gene と cytoplasm 又は plasmon との關係, genomoploidy, dominancy 等の觀點より)をなし得るが茲には省くことにする。
1933年に此相反交雜を試み2株の子植物を得た。一株は母植物に似て居り2n=16の染色體を有したが, 他は兩親の中間の形質を持ち弱小であつた。此後者の植物は不幸にして染色體を調査するに至らずして枯死した。

著者関連情報
© 日本遺伝学会
前の記事 次の記事
feedback
Top