地理学評論 Series A
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論説
飛騨白川村にみる山村像の変容
――明治期から昭和戦前期を中心として――
加藤 晴美
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2011 年 84 巻 1 号 p. 22-43

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抄録

現在,合掌造りの里として知られる飛騨白川村は,明治・大正期には山奥の別世界とみなされ,大家族制をはじめとする「奇異」な風習が残る地域として認識されていた.本稿では,このような認識が変容し,白川村が「古い文化」を有する貴重な地域として高い評価を獲得していくのはいつ頃であるか,またその背景はいかなるものであったかを検討し,山村が近代日本の中でどのように位置付けられていたのかを考察した.本稿では山村像が変容した時期を昭和戦前期と位置付け,この時期における白川村の生活変容や,当時盛んに行われた郷土研究や観光開発などが,白川村に対する認識の変容に影響を与えたことを明らかにした.白川村はブルーノ・タウトによってその価値が初めて認められたとも言われるが,実際にはタウト以前に始まった日本人郷土研究者らによる認識像の変容が,白川村に対する評価の高まりを導いたと考えられる.

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© 2011 社団法人日本地理学会
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