抄録
日本の水害における農業被害の現われかたは.その地域の農業の生産力構造と不可分の関係をもつ.すなわち被害主体のもつ社会的性格は,そのおかれた地域的諸条件のもとで,洪水という自然力に対決し,これを克服する過程を媒介としつつ,被害の形態と深さを窮極的に規定するのであつて,被害の社会的本質は,このような具体的過程の中ではじめて構造的に把握される.ここでは商品生産の比較的発達した狩野川流域における農業被害の構造について,上中下流の標本4集落を対象とする実態調査資料によつて分析検討した.被害の主要な形態は耕地の流失埋没で,その量・質的程度は上下流で大きな地域差を示す.しかしそれが農業経営に及ぼす打撃は,小農経営層から賃労働兼業層への転落という形を中心に,各集落共通して一定の階層的傾向を示し,それがまた災害からの復興過程をも支配している.つまり被害は農業構造の弱点に集中し,階層差を拡大強化する方向に作用しているのであるが,その具体的な現われかたは地域によつて異り,商業的農業の発達,とくに農業生産力の担当者たる農民層の成長の如何が.被害構造の規定要因であることを示している.