抄録
本稿の目的は,明治中期のわが国における電灯会社の普及を事例にして,イノベーションの拡散過程と,拡散チャンネルとしての都市群体系との対応関係を検討することにある.対象時期の市内配電時代(明治20~31年)に全国48市町村で開業した電灯会社は,大都市から小都市に向かって拡散していった.他方,関連文献・資料からは, (i) 溌電方式の違い, (ii)工場照明として電灯を採用した紡績会社への近接性,といった要因の介在も示唆された.しかし,統計的分析を通じて,主に都市規模や都市の配置関係が,全体の普及過程を規定していることがわかった.そこで,対象都市を人口2万人以上の36市町に限定し,相互作用空間における人口の空間的自己相関を手がかりにして,都市群体系内での各都市の近接性と開業年次との相関関係を調べた.その結果,両者の間には一定の相関がみられ,電灯会社が当時の都市群体系を通して拡がっていった可能性があることが明らかとなった.