2021 年 2021 巻 31 号 p. 266-274
1905年に出版された,バーネット (Frances Eliza Hodgson Burnett,1849-1924)が執筆した『小公女(A Little Princess)』1の舞台は19世紀後半のロンドンだ.当時のイギリス社会では社交におけるルール2が存在し,階層の違いは文化,言葉,価値観の違いでもあった.ミンチン女子学院においても生徒と使用人の間には目に見える隔たりがあり,生徒もそれを意識している3.これらを踏まえると,学院の使用人とも親しく接する主人公セーラ・クルーの振る舞いは注目に値する.
クルー大尉がセーラについて「困っている人を見ると,必ず戦ってあげたくなるんだ」(バーネット 27頁)[1]と考えていると,ナレーターが述べているように,セーラは薄情者や道徳心に欠ける者には苛立ちを覚える.それは,アーメンガード・セントジョンのフランス語の失敗を笑うジェシーやラヴィニア・ハーバートに対する,セーラの怒りにもいえよう.
とりわけ,セーラが反感を抱くのはマリア・ミンチンだ.セーラはこの教師の支配下に置かれ,飢えや寒さに襲われながらも,学院の使用人として過酷な労働に従事する.セーラはミンチンの命令に従っているが,この女教師の面目を意図せずにして最終的にまるつぶしにしてしまう.
セーラは出版当時のイギリスで理想とされていた良妻賢母型の女の子である一方,ミンチンは未婚でかつ冷徹な女性である.この二人の性格の違いを念頭に置きながら,『小公女』のクライマックスに着目すると,この本では少女たちが指針とすべき女性像について教訓的に教え説かれているのではないかという結論を導き出せた.