2021 年 2021 巻 31 号 p. 601-613
本稿は,1998年にイギリスで制定された全国最低賃金法の履行確保に関し,2019年および2020年に公表された低賃金委員会報告をもとに,現状および今後の課題と展望について検討,報告する.法の目的を遂行するためには,何より法の履行を確保することが不可欠である.この点,イギリスでも同様に認識されつつも,2016年に25歳以上を対象とする最低賃金額が新たに設定されて以降,法定の最低賃金額を得ることができない(過少払い)労働者数の増加が続いていた.こうした状況のなか低賃金委員会が,法の履行確保と執行を特に調査・検討し,報告したものが,2019年および2020年執行報告である.
同報告によれば,過少払いにある労働者数は2019年にわずかに減少したものの,2016年以降,基本的には増加傾向にある.他方で,最低賃金法の所管官庁である歳入関税庁が監督調査等を実施しており,労働者に支払われ解決した未払い総額も大幅に増えている.ただし,過少払いの原因が過失もしくは故意によるものか,あるいは使用者や労働者の無知によるものかは,統計上のデータからは判断できない.また,インフォーマルエコノミー事例など深刻な過少払い事案が,統計上には現れずに隠れている可能性もある.
全国最低賃金法の履行確保は,労働者を保護し,かつ,企業間の公平な競争条件を確保するための要であり,低賃金委員会も引き続き,事実を収集し,政府に報告するとともに,より効果的な方策を提案・勧告していくとしている.25歳以上の最低賃金は,その後,対象年齢引き下げによる対象範囲の拡大がなされ,2024年までのさらなる引き上げも予定されている。こうしたなかで,最低賃金額に近接し,過少払いリスクを負う労働者がますます増えることも危惧される.法の履行を確保するためには,いかなる方策が実行されるべきか,今後もイギリス最低賃金法の執行システムを注視する必要がある.