人文地理学会大会 研究発表要旨
2008年 人文地理学会大会
セッションID: 109
会議情報

第1会場
帝国議会の議事内容からみた公権力の国土空間認識
―「帝国議会衆議院議事速記録(第一回議会 明治二三年)」の分析―
*山根 拓
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

本研究は,19世紀末のわが国における「拡大された公権力者」の場所としての帝国議会に注目し,議員や政府メンバー等の各アクターの発言内容を分析解釈し,当時の公権力の空間認識を解明する。
 そのために,議事内容を収録した「帝国議会衆議院議事速記録」を通覧し,議会での多様な発言・議論のうち「地理的テクスト」と見做されるものを摘出し,その内容を分析し整理する。地理的テクストとは,具体的には各アクターの場所・地域への言及内容や言及の仕方(量的質的な場所・地域への言及の実態),また国土の領域や空間組織形態に関わる言及等である。帝国議会を構成する多様なアクターは,政府関係者か,議員か,また議員であってもその立場は民党か吏党か,政府側か反政府側か,出身地はどこかといった,複数の基準で区分され,ある程度類型化できる。これらの属性と関連付けて,各発言を位置づけることもできる。
 1890年11月25日に第1回帝国議会衆議院は開会し,翌年3月7日に閉会した。衆議院議員と政府関係者が演壇で陳述した内容のうち、複数の場所・地名が言及されたのは,(1)特別輸出港規則追加議案,(2)商法及商法施行条例期限法律案,(3)郡分合に関する法案,(4)予算案に関する全院委員会,(5)予算案歳出臨時部追加内務省部,等の審議においてであった。(1)では,釧路港の特別輸出港への追加が提案されており,同港とこの件に関連した地名群が見られる。(2)では,神戸・大阪・東京等の商業都市の商人・商法会議所の,商法施行への見方や対応が示されている。(3)は,宮城から鹿児島に至る全国40府県での大規模郡分合案を内務省が提示したものである。その際に,内務次官の白根専一は,郡分合や新郡命名の基準や事例を,具体的な場所の事例を引用しながら説明した。(4)は,北海道開発,水道・築港,治水,軍事,鉱山,司法,教育,海運,電信等の事業が議論され,国内各地が言及された。(5)では鉄道敷設関係予算が議論され,当時東京と日本海側を結ぶ路線建設が進められた折柄,関係する地名が頻出した。この鉄道建設の可否に関して,二人の民党系議員が,地理的条件を踏まえて議論した。双方の議論は各々の地元地域の位置や社会事情を反映していた。総じて、殖産興業に関わる場所、特に首都東京と内国植民地が言及される機会の多い場所であった。
 一方、国土領域や国土空間組織に関する見解の表明の中で注目されるものとして、山県有朋首相の「主権線」「利益線」概念の披瀝や白根専一内務次官の郡分合原理に関する説明、綾井武夫議員による国防上の首都整備最優先説などがあった。
結局、本研究は,第1回帝国議会(衆議院)の議事速記録を地理的テクスト群として解釈し,公権力の空間認識解明を試みた。国政の諸問題を扱う議会は,種々の立場の人間が異説を戦わせる場である。議論を経て国土の空間的情報や認識は,議会=公権力により共有される。ここでは国土の場所情報や空間組織形態に関する見解を摘出し整理して,公権力の空間認識の一端を提示することができた。

著者関連情報
© 2008 人文地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top