人文地理学会大会 研究発表要旨
2008年 人文地理学会大会
セッションID: 210
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第2会場
冬季オリンピック以降の長野市中心部における宿泊産業の再編成
*鈴木 富之
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抄録

_I_.はじめに  近年、日本の地方中核都市やリゾートでは、ヒルトン・ホテルズ・インターナショナルなどの外資系ホテルチェーンなどの外資系高級ホテルの参入がみられようになった。このような外資系ホテルは、五万円を超える高額な宿泊料金で富裕層や外国人旅行客をターゲットにしており、低料金の宿泊施設とのすみわけが可能だった。一方、長野市や盛岡市のような地方中心都市では、中央資本の宿泊特化型宿泊施設(ビジネス客をターゲットとしたホテル)の台頭により、客室の過剰供給が生じた。それに伴って、従来の地元資本の旅館・ホテルでは稼働率が低下し、経営不振に陥っている。  日本の地理学における宿泊施設研究として、都市部のホテルを指標に都市の拠点性・中心性を明らかにした都市地理学的研究や、観光と農業・地域社会との関係を考察した観光地理学的研究が挙げられる。前者については、宿泊施設の立地に着目した研究(松村1996;石澤1991など)や宿泊施設の集客圏から都市の中心性を明らかにした研究(河野,1993)がある。しかしながら、都市部の宿泊施設自体を対象にした研究に関しては、東広島市における客室過剰供給の実態を明らかにした淺野ほか(2005)などに限られており、さらなる研究の蓄積が必要である。  本研究の目的は、冬季オリンピック以降の長野市中心部における宿泊産業がどのように再編成されたかを明らかにすることである。その際、宿泊施設経営の変遷や宿泊客をとりまく環境の変化に着目した。

_II_.結果と考察  冬季オリンピック以降、長野市中心部の宿泊施設では、客室の過剰供給がみられるようになった。地元資本のホテル・旅館では、長野新幹線開通以前の稼働率が70%程度の高い割合を示していた。ところが、現在、地元資本のホテルの稼働率が50%前後、旅館が30%前後と低迷している。一方、中央資本のホテルでは、70%程度の稼働率を維持している。冬季オリンピック期間中ではほとんどのホテルが100%近い稼働率を記録していた。現在の過剰供給は、このようなオリンピック需要に合わせて開業された中央資本のホテルの増加によってもたらされたといえる。  オリンピック以降も多数の中央資本のホテルが参入している。これらは、省力化した経営を行っている。たとえば、コストがかかり、採算をとることが難しい飲食・婚礼部門を設けず、宿泊に特化した経営を行っている。また、近年、地元資本のホテルが廃業した中古物件を買い取りもしくは賃借することによって、低コストで新規参入した中央資本のホテルもみられた。 一方、開業年次が早い地元資本のホテル・旅館の中には、施設の老朽化や宿泊客の減少、料飲部門のコスト増大によって、宿泊業を廃業し、観光客向け土産店や飲食ビル、結婚式場、マンションなどに転換するケースもみられた。また、空きビルになったまま放置させた施設もいくつも出現している。現在営業している地元資本のホテルは、知名度の低さや施設の老朽化によって、ホテル中央資本のホテルと競合しない低価格(1泊5000円以下)路線を選択し、集客を行っている。  このような宿泊施設経営の変化は、宿泊客をとりまく環境の変化とも大きくかかわっている。長野市中心部のホテルでは、ビジネス客による利用がほとんどで、関東地方在住の宿泊客が多かった。しかしながら、長野新幹線の開通により、日帰り出張が可能になり、長野市中心部の宿泊施設を利用する関東地方在住のビジネス客が減少したといえる。また、従来ビジネス客は、定宿に宿泊するか、自社が提携・予約する宿泊施設に宿泊してきた。しかしながら、近年では宿泊施設のホームページによる割引や宿泊予約サイトによって、直接予約を行うようになった。また、中央資本のホテルは、マイレージなどによる「顧客の囲い込み」を行っている。さらには、シティホテルの場合、ハウスウェディングの台頭や少子化によって、長野市周辺の結婚式需要が減少したことも指摘できる。

_III_.結論 近年、長野市中心部では、中央資本の宿泊特化型ホテルの出現により、客室の過剰供給が生じている。これらの宿泊特化型ホテルは、低コストで省力化された経営を行っている。それによって、地元資本の宿泊施設は、宿泊料金の低価格化や廃業、業種転換を余儀なくされた。この背景には、客室数の増加、長野新幹線の開通による東京大都市圏との近接性の改善、インターネットの普及、結婚式需要の変化も大きくかかわっている。

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