抄録
I はじめに
町丁目や字単位など,市区町村よりも空間的に小さい単位で集計された小地域統計は,よりミクロな視点からの定量的な分析のために不可欠な統計資料といえる。国勢調査結果に関して作成される小地域単位の人口統計は,最も一般的な小地域統計であり,多くの研究で利用されている。国勢調査結果に関する小地域人口統計の全国的な整備は,統計局によって1960年代から進められてきた一方で,それまでの小地域人口統計に関しては,自治体が個々に作成してきたと考えられるが,その作成状況についてはまだ十分に整理されていない。
本発表の目的は,明治末期以降の日本の6大都市における,国勢調査を中心とする小地域人口統計の作成状況を整理し,基本的な空間単位の大きさと集計項目の詳細さに注目して,小地域人口統計の特徴を検討することである。本発表で分析の対象とする小地域人口統計は,国勢調査のような悉皆調査によってなされた人口調査に基づくものとする。悉皆調査による人口調査が本格的に実施され始めたのは明治末期であるため,対象とする時期を明治末期以降とし,対象とする地域は,6大都市(東京,横浜,名古屋,京都,大阪,神戸)に絞った。
近年,欧米では,歴史地理学などへのGISの応用を図るHistorical GISのための研究基盤の構築が進んでいる(Gregory, 2005)。本発表は,日本における同様の取り組みの初期の段階にあたり,今後,小地域人口統計に関するデータ整備を進める予定である。
II 6大都市における小地域人口統計とその特徴
1.作成状況
1920年の第1回国勢調査よりも前のものは,1909年の東京・神戸,1911年の京都のみである。東京では,1909年の「東京市市勢調査」に関する町丁目単位の統計表が作成されており,神戸や京都でも,それぞれの人口調査の結果をもとにした小地域人口統計が作成されている。1920年以降に関しては,ほとんどが国勢調査結果によるものであり,第2次世界大戦前後の時期を除く大半の国勢調査結果に関して作成を確認できた。その空白期を埋めるように,横浜および神戸を除く4都市で実施された「市民調査」に関する小地域人口統計が作成されている。
2.基本空間単位と集計項目
小地域人口統計で利用されている基本空間単位は,大きく分けて,町丁目・字単位と学区単位とに分けることができる。まず,町丁目・字単位が基本空間単位として利用されるものに関して,集計項目の詳細さから,総人口,男女別人口,世帯の種類別世帯数などの基本的な項目(基本項目)のみのものと,年齢階級や職業などの様々な項目(詳細項目)も含まれるものとに区別する。1909年の東京・神戸および1911年の京都に関しては,詳細項目で集計されているものの,戦前の町丁目・字単位の小地域人口統計の多くは,東京を除けば基本項目のものがほとんどである。1940年代の「市民調査」に関する小地域人口統計は,京都および大阪に関しては詳細項目,東京に関しては基本項目のみとなっている。戦後の町丁目・字単位の小地域人口統計は,1960年までは基本項目のみのものに限られ,詳細項目を備えた小地域人口統計が作成され始めるのは,統計局が「調査区別人口・世帯資料」を初めて作成した1965年以降である。一方,学区単位を基本空間単位とする小地域人口統計は,1970年以降に統計局が実施し始めた国勢統計区別集計を除けば,名古屋と京都に限られる。名古屋では,1960年の国勢調査結果に関して,町丁目・字単位のものよりも集計項目が詳細な学区単位での市独自の集計が行なわれ,それ以降,現在まで学区単位での集計がなされている。その一方で,名古屋に関しては,詳細項目による1960年以降の町丁目・字単位の小地域人口統計はあまり作成されていない。
III おわりに
これまでに確認した小地域人口統計の作成状況によれば,東京,京都,神戸の3都市については1900年代から,横浜および大阪については1920年から,名古屋については1930年から,第2次世界大戦中の若干の空白期を除いて,現在までの小地域人口統計を利用することができる。しかし,町丁目・字単位で集計され,集計項目が詳細であるものは,戦前においては東京以外の都市ではほとんどなく,戦後は1965年以降に限られる。また,京都においては最初期から,名古屋においては1960年から学区単位の集計がなされており,町丁目・字単位よりも詳細な集計項目が利用されている。これらを利用することで,集計項目の少ない町丁目・字単位の小地域人口統計を補完することができよう。
今後は,小地域人口統計のさらなる収集を進めつつ,デジタルデータ化も行なう。また,統計データに対応するGISデータの整備も行ない,日本の6大都市における小地域人口統計のGISデータベースの構築を目指す。