抄録
カッコソウは群馬県の鳴神山とその周辺にのみ分布する異型花柱性のクローナル植物である。拡大造林にともなう落葉広葉樹林の減少と過剰な園芸採集のため近年個体群の衰退が進んでおり、日本のレッドリストにおいて絶滅危惧IA類に指定されている。また、先行研究において相互に和合なジェネットの減少・孤立にともなうとみられる種子生産のいちじるしい低下が報告されている。したがって、長期にわたって持続可能なカッコソウ個体群の再生のためには、開花から実生の定着にいたる有性繁殖の諸過程が健全に行われる環境を整えることによって、個体群サイズを回復させる必要がある。筆者らは、(1)花粉添加処理による種子生産の促進、(2)種子の発芽処理、(3)実生の育成と自生地への移植からなる個体群再生プログラムを提案し、桐生市や市民らの協力のもと、6年にわたって実践を続けてきた。鳴神山に残存するジェネットおよび自生地外において系統保存されているジェネットを花粉親あるいは種子親として、異なる花型間で花粉添加を行ったところ、概して良好な種子生産が認められた。種子の発芽促進には、4℃の冷湿処理を2ヶ月以上実施した後に明24℃/暗10℃の変温条件下におくことが有効であった。しかし、発芽率には交配の組み合わせによって2%〜64%のばらつきがあり、近交弱勢に由来すると推測される種子の健全性低下の可能性も示唆された。これらの実験において得られた実生をインキュベータ内および圃場において育成した後、落葉広葉樹の優占する谷壁斜面4地点への移植を2004年から2006年にかけて3度にわたって実施した。その結果、15%〜100%のラメットが少なくとも移植翌年春まで生残し、開花に至るものも観察された。以上の結果から、上記のプログラムを用いたカッコソウ個体群再生の可能性が示唆された。