抄録
人間活動が引き起こす景観の変化と生物多様性の応答との間には、長いタイムラグが存在する場合がある。これは、種の絶滅や移入が、景観の変化に対して遅れて生じるためであり、このような多様性の応答のタイムラグは"extinction debt"や"colonization (immigration) credit"と呼ばれる。近年、欧米を中心とした研究事例から、絶滅や移入の遅れにともなう生物多様性の応答のタイムラグが、数十年から数百年にも及ぶことが明らかになってきた。タイムラグの長さは、種の生活史形質(移動分散能力や世代時間)によって、また、対象地の景観の履歴(変化速度や変化量)によって異なると考えられる。過去から現在にかけての生物多様性の動態を正しく理解し、将来の生物多様性変化を的確に予測していくためには、現在だけでなく過去の人間活動による影響を考慮する必要がある。景観変化と種の応答の間にある長いタイムラグの存在を認識することは、地域の生物多様性と生態系機能を長期的に維持していくために欠かせない視点であり、日本国内においても、多様な分類群を対象とした研究の蓄積が急務である。