保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
原著論文
天然記念物ウツクシマツの遺伝構造と自生地保全
前迫 ゆり陶山 佳久廣田 峻
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2023 年 28 巻 2 号 p. 379-391

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Abstract

国指定天然記念物滋賀県湖南市「平松のウツクシマツ自生地」のウツクシマツPinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera'は2000年代に入ってマツ材線虫によるマツ枯れによって大量に枯死し,1924年に450本あった成木は2019年に86本に減少した。天然記念物指定時に記録された成木の80.9%が枯死しており、ウツクシマツの保全対策が急務とされるが、基礎情報の一つであるウツクシマツ自生地集団の遺伝構造を解析する実験研究はこれまで行われていない。そこで本研究では、本種の集団遺伝学的知見を保全対策に活用することを目的として、自生地および植栽のために育苗しているウツウシマツの遺伝構造を解析した。自生地のウツクシマツ(表現型が分枝型を以後、ウツクシマツと呼ぶ)と普通アカマツ(表現型として単幹型を以後、普通マツと呼ぶ)、自生地外で播種、育苗した計236個体を対象に、MIG-seq法によって遺伝解析を行った。その結果、自生地の分枝型ウツクシマツと単幹型普通マツの間には明瞭な遺伝的分化は認められなかった。ウツクシマツが劣性遺伝で発現するとした既往研究と今回の研究を総合的に判断すると、ウツクシマツの実態は、ウツクシマツの形状をもたらす遺伝子に生じた突然変異が平松のアカマツ集団中に存在し、先行研究で明らかにされている通り、その遺伝子がホモ接合になった個体がウツクシマツとして発現していると考えられた。しかしながら自生地集団には近親交配の傾向が検出されたことから、今後、近交化を避けるために、草刈りなどの林床管理を継続しながら、自然発生した実生および稚樹個体による森林更新をはかるとともに、周囲のアカマツを含めた、地域集団全体を保全単位とする「生息域内保全」を促進することが重要と考えられた。一方、「生息域外保全」に際しては、さまざまな母樹からの種子を播種し、近交化に傾かないように十分に留意する必要があると結論づけた。

Translated Abstract

The Japanese red pine form utsukushimatsu (Pinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera') is characterised by a trunk composed of numerous stems of similar diameter. It occurs only in Hiramatsu, southern Shiga Prefecture, western Japan, where it is preserved as a natural monument. However, wilt disease has caused high tree mortality in this species, decreasing the population from 450 in 1924 to 86 in 2019. To obtain population genetic data for conservation, we collected 236 samples from seedlings, saplings, and mature trees in the utsukushimatsu forest and experimental plantations. We performed multiplexed inter-simple sequence repeat genotyping by sequencing and found no clear genetic differentiation between the common Japanese red pine and its utsukushimatsu form. This suggests that the Hiramatsu red pine population has a genetic mutation that causes the utsukushimatsu form in individuals homozygous for this gene, consistent with previous reports. Inbreeding was observed in the native populations. Conservation of the utsukushimatsu habitat requires the maintenance of a population made up of individuals of all life stages (seedlings to adults); therefore, understory management through frequent undergrowth thinning is essential. Monitoring surveys should be conducted for in situ plant conservation, and seeds from various mother trees should be sown to reduce inbreeding in ex situ plant conservation.

はじめに

 滋賀県湖南市平松には、マツ科マツ属のウツクシマツと呼ばれる樹木が自生している。このウツクシマツは、アカマツ Pinus densiflora Siebold et Zucc.の変種であり(三好 1925)、単幹のアカマツとは異なる分枝形状を有している。北村(1983)は、ウツクシマツは分枝型マツの園芸品種タギョウショウとは異なること、この平松が唯一のウツクシマツ生育地であることを報告している。YListにおいて米倉・梶田(2003)はウツクシマツとタギョウショウは同種として扱い、 Pinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera'という学名を当てている。本稿では三好(1925)と北村(1983)と同様に、この地域に自生しているウツクシマツはタギョウショウとは異なるという見解に立つ。ただし、本稿の学名については植物分類学において汎用されているYListに記載の Pinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera'を用いることとする。

 ウツクシマツ自生地は滋賀県湖東に位置する(滋賀県湖南市平松美松山)、約1.9 ha;標高220 m; 北緯34度59分36.7秒、東経136度4分30.9秒)。江戸時代より景勝地として知られ、「東海道名所図会」(1795)や「伊勢参宮名所図会」(1797)にも描かれている。平松のウツクシマツ自生地は、1921年に「三雲村美松自生地」として国指定天然記念物に指定された(三好 1925)。指定事由として、「美松山における一区域の松樹が皆傘形となっているのは他に類がない点、さらに学問上の参考資料として価値が大きい」ことがあげられている(三好 1925)。

すなわちウツクシマツはアカマツの変種であるが、幹の形状がアカマツと大きく異なること、アカマツは主幹が1本のみであるが、ウツクシマツは多くの場合、地上0~3mで2~5本に分枝し、これらの幹がさらに上方で分枝する場合もあり、樹形は傘型またはほうき型の形態的特徴を有している(三好 1925;太田ほか 1987)。

湖南市(2021)の記録に残されているウツクシマツの1924年時点の成木は450本であったが、マツ材線虫病によってウツクシマツの枯死が進行し、1980年には264本、2019年には86本に減少している。95年間の成木の生残率を単純計算すると19.1%、逆に、80.9%が枯死したことになる。2003年から2019年までの詳細な記録は欠落しているが、1924年から1980年までの期間に年間3.4本、2003年から2019年には年間9.0本が枯死しており、江戸時代から継承された自生地のウツクシマツ集団は近年急激に減少している。稚樹から成木までの生残に関する詳細は不明であるが、1980年から2005年に植栽された256本の個体のうち、2020年の生存木は30本にとどまっている(湖南市 2021)。

ウツクシマツ自生地集団は1.9haという限られた面積で維持されている。この自生地集団ではマツ材線虫病の感染症対策として1979年より薬剤の空中散布、1988年より幹毎に薬剤樹幹注入が実施されてきたが(湖南市 2021)、薬剤による効果は十分に発揮されず、多くのウツクシマツの成木が枯死し、現在に至っている。その対策として苗の植栽が推進されているが(湖南市 2021)、これまで限られた分枝型ウツクシマツの母樹から種子採取し、播種後、分枝型ウツクシマツ苗を植え戻してきたことから、下層の植栽を続けることによって遺伝的多様性の減少や近交による遺伝的劣化が生じる可能性が危惧される。植栽苗の集団によって、今後、ウツクシマツ自生地集団としての維持が可能であるかどうか、遺伝構造に関する研究がなされていない。

1970年代の甲西町誌(甲西町教育委員会 1974)に掲載された写真にはウツクシマツ自生地の下草刈りをするために集まった平松区婦人会の30名以上の人々が写っており、定期的に地域で下草刈りが行われていたことがうかがえる。現在も地元で林床の下刈りや、平松地域内に苗畑をつくり、ウツクシマツ苗を育てる努力がなされているが、高齢化などの問題もあり、1970年当時のような定期的な下草刈り管理が難しい状況にある。

既往研究として、ウツクシマツ成木の形状に関する研究や実生の形態、生残率に関する研究が報告されている(古川 1986;三宅ほか 1986;太田ほか 1987;川那辺 1990)。分枝形状の遺伝性を探る研究として、太田・村川(2003)は播種から育成したF1苗の交配からF2苗を12年育てることによって、ウツクシマツ形状を発現する分離比を算出し、ウツクシマツ形状が劣性遺伝であることを明らかにしている。しかしDNA抽出によるウツクシマツの遺伝構造の解析はなされていない。アカマツの遺伝的多様性の地理パターンを検証した研究では、全国天然林の62集団のうち32集団で観察されたヘテロ接合度の期待値が浮動-突然変異平衡下で期待されるヘテロ接合度よりも有意に小さく、それらの集団は西・南よりも東・北に多い傾向があることが示された(Iwaizumi et al., 2013)。一般的にボトルネックを受けると頻度の低い対立遺伝子が機会的に失われ、対立遺伝子数はヘテロ接合度よりも速く減少するため(Maruyama and Fuerst 1985)、アカマツの東・北集団ではボトルネックを経験したことが示唆されている。日本のアカマツは大きく3つの遺伝的要素に分かれることが示されているものの(Iwaizumi et al., 2013)、ウツクシマツ自生地集団の集団遺伝学的なデータ収集・解析はこれまで行われていない。

そこで本研究では今後のウツクシマツ自生地の生態的保全管理に活用することを目的として、次世代シーケンス手法の一つであるMIG-seq法(Suyama and Matsuki 2015)を用いて、ウツクシマツの自生地集団、播種による苗畑のウツクシマツ集団(2年生~7年生)および滋賀県試験場で播種されたウツクシマツ植栽木集団の遺伝構造を明らかにした。なお、本稿では分枝型のアカマツを表現型の呼称として「ウツクシマツ」とした。サンプリングにおいても単幹型は普通マツとして、分枝型はウツクシマツとして採取した。

ウツクシマツ自生地の植生

指定当時の森林植生は、下層にヤマツツジ Rhododendron kaempferi Planch. var. kaempferi、モチツツジ Rhododendron macrosepalum Maxim.、ヒサカキ Eurya japonica Thunb. var. japonicaなどが記載され、いわゆるモチツツジ - アカマツ群集の種組成を示している(湖南市,2021)。1920年代の写真をみると(湖南市 2021)、指定地全体にウツクシマツが生育している。

本調査地で2022年4月にBraun-Blanquet(1964)の植生調査方法に基づいて植生調査を行った(表1)。高木層および亜高木層にはウツクシマツが優占するが、普通マツも含まれている。低木層には植栽ウツクシマツが優占していた。草本層にはネザサ、ソヨゴ、ワラビ、アクシバ、コバノミツバツツジ、モチツツジなどヤブツバキクラス域の二次林としてアカマツ林によく出現する種が生育していた。本調査地周辺のアカマツ林にはモチツツジやヒサカキも生育しており、種組成はモチツツジ – アカマツ群集に属する。下層の刈り取りが行われていることから、林床植生の遷移は大きく進行していないものの、刈り取り頻度が頻繁ではない場所ではネザサが被覆している。現状では、自然発生の実生個体数はきわめて少ない。

ウツクシマツ天然記念物指定地周辺の半径2km圏内の植生はモチツツジ-アカマツ群集が約4割を占めている(湖南市 2021)。半径1km範囲内(図1)においても、調査地の周辺はモチツツジ – アカマツ群集、スギ・ヒノキ植林、アベマキ-コナラ林がパッチ状に分布し、アカマツの花粉流動が高い環境にある。

材料と方法

試料のサンプリング

平松のウツクシマツ自生地および2地点の苗畑(滋賀県湖南市平松地区の苗畑:以降、平松の苗畑、滋賀県甲賀市甲賀町油日の滋賀県林業普及センター 油日林木育種場:以降、油日試験場)、計3地点6カテゴリーのウツクシマツおよびその母種であるアカマツ(普通マツ)を対象としてサンプリングを行った(図2.写真a:サンプルU、サンプルP、写真b:サンプルF,写真c:サンプルX、写真d:サンプルH、写真e:サンプルG、表2)。

平松のウツクシマツ自生地で高木層に達した成木および実生の葉を採取した。草本層に生育し、低木層に達していない3-4年生以下の個体で分枝型か単幹型が未定の個体は自然発生実生として採取した。自生地では植栽稚樹にはナンバーテープがつけられ、湖南市で記録されているため、植栽か自然に発芽したかの識別は可能であった。

ウツクシマツ自生地において分枝型のウツクシマツ成木(サンプルU)、単幹型の普通マツ成木(サンプルP)、自然状態で発芽した3-4年生以下の実生(サンプルH)からそれぞれ葉を採取した。また自生地で採取した種子を播種後、育苗し、分枝型になった時点で自生地に植え戻したウツクシマツ稚樹(サンプルX)の葉を採取した(図2)。このウツクシマツ植栽苗(サンプルX)は平松と油日試験場の育苗個体であるが、いずれの植栽苗であるかは記録がないため、不明である。自生地近くに設置された湖南市平松の苗畑(図2)では自生地で採取した種子を播種して育てた4年生から8年生までの分枝型ウツクシマツ稚樹(サンプルG)の葉を採取した。

なお、育苗事業に協力している地元の方によると、種子の採取においては各年とも限られた(採取しやすい)母樹から採取していたとのことである。油日試験場(図2)では平松のウツクシマツ自生地から播種し、その後交配実験により得られた50年生の雑種第一代(F1)、雑種第二代、雑種第三代(F3)の保存木がある。それら三代(F1-F3)のウツクシマツ成木からそれぞれ葉を採取した(サンプルF)。

これらの生葉サンプルは、2021年4月21日および4月30日に採取し、合計236サンプルを分析に用いた(表2)。

DNA次世代シーケンス技術による分析

シリカゲルを用いて乾燥した葉からCTAB法によりDNAを抽出し(Doyle and Doyle 1990)、MIG-seq法(Suyama and Matsuki 2015)を用いて一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)を取得した。Suyama et al.(2022)のプロトコルに従って2回のPCRにより、ライブラリを作成した。まず、1st PCRではMIG-seq primer set 1(Suyama and Matsuki 2015)を用いて単純反復配列(SSR)に挟まれた領域(inter-simple sequence repeat, ISSR)を増幅した。次に、AMpure XP(Beckman Coulter, Brea, California)を用いて1st PCR産物の精製を行った。2nd PCRでは、精製された1st PCR産物にIllumina sequence adaptorとサンプルを識別するためのインデックス配列を付加した。その後、2nd PCR産物を等量ずつ混合し、350 bp以上の断片を抽出した。シーケンスにはMiSeqとMiSeq Regent kit v3 150 cycle(Illumina, San Diego, California)を用いた。シーケンスでは、Darkcycleを用いて、Read 1, 2ともに先頭の17塩基をスキップすることにより、80塩基ずつのリードを得た。

配列データはTrimmomatic 0.39 (Bolger et al. 2014)を用いて低品質およびアダプター配列を含む短いリードを除去し、さらに各リード80塩基のうち読み取り精度の低い両末端の1塩基ずつを取り除いた。SNPの検出はStacks 2.56(Rochette et al. 2019)を用いた。Stacksではまずサンプル毎に同一の配列を持つリードをまとめたStacksを作成し、一定のミスマッチを許してStacksをまとめることにより候補遺伝子座を作成する。次に、サンプル間で候補遺伝子座を比較することにより、全サンプルでの候補遺伝子座のカタログを作成する。本解析では、各Stackの最低Depth(m)=3、サンプル内の遺伝子座内で許容するミスマッチ(M)=2、サンプル間の遺伝子座内で許容するミスマッチ(n)=2のパラメータを用いた。SNPの選抜には3つの条件を用いた。サンプルの80%以上が保有するSNPを対象に、ヘテロ接合度の観察値が0.6以上およびマイナーアリルの観察数が3未満のSNPを除外した。

 得られたSNPを用いて、最尤系統樹の構築と集団遺伝構造解析、遺伝的多様性および近交度を推定した。最尤系統樹はRAxML 8.2.10(Stamatakis 2014)を用いて、Lewisによるascertainment biasを補正したGTRモデルにより推定した。集団遺伝構造解析として、PLINK 1.9(Chang et al. 2015)を用いた主成分分析(PCA)とADMIXTURE 1.3.0(Alexander et al. 2009)による遺伝的クラスタリング解析を行った。ADMIXTURE解析では、各個体が共通の祖先集団からいくつかの想定集団(クラスター:K)に分化したことを仮定し、各個体がそれぞれの想定集団に由来する遺伝的要素をどのような割合で保有しているのかを100%積み上げ棒グラフによって可視化した。最適KはCV error(交差検証)に基づいて推定した。また、Pophelper 2.3.1(Francis 2017)によりクラスタリング結果を可視化した。遺伝的多様性および近交度を評価するために、Stacksのpopulationsプログラムにより、遺伝的多様性の指標としてヘテロ接合度の観察値(Ho)・期待値(He)、塩基多様度( π)を、近親交配の程度を示す指標として近交係数(F IS)を推定した。

結 果

取得したデータ量(配列数)

 MIG-seq法に用いた236サンプルのうち、同一個体からの重複サンプルを除いた合計221サンプルを以降の解析に用いた。合計64,316,020リード(1サンプルあたり平均291,022 ± 5,074リード、159,654〜505,370)の配列が得られ、Quality controlにより60,945,325リード(1サンプルあたり平均275,770 ± 4,822リード、151,481〜486,104)が選抜された。Stacksによる解析により、80%以上のサンプルが保有する2782 SNPを決定した。

ウツクシマツと普通マツの遺伝的関係

 主成分分析の結果、第一主成分の寄与率は6.4%、第二主成分の寄与率は3.0% だった。多くのサンプルが図の中心部にまとまり、自生地ウツクシマツ(U)と自生地普通マツ(P)の間に明瞭な違いが認められなかった(図3)。一方、平松育苗ウツクシマツ稚樹(G)の一部は他の集団の近くに配置されたものの、残りの多くは離れた位置に配置された。

最尤系統解析

 最尤系統関係解析を行った結果、ブートストラップ値は、多くの主要な分岐で極めて低い値であり、全体として明瞭な分化が認められなかった(図4)。自生地ウツクシマツ(U)は、まとまったクラスターを形成することなく散らばっており、自生地普通マツ(P)との間にも明瞭な分化が認められなかった。一方、平松育苗ウツクシマツ稚樹(G)の多くは比較的明瞭なクラスターを形成し、互いに遺伝的に近縁な個体群であると推定された。

遺伝的集団構造解析(ADMIXTURE解析)

ADMIXTURE解析の結果、自生地ウツクシマツ(U)と自生地普通マツ(P)の間には、どのKの値においても明瞭な違いが認められなかった(図5)。最適な想定集団数を示すCV error(交差検証)の値は2から10までの間に大きな違いはみられなかった。

遺伝的多様性・近交度

 ウツクシマツと普通マツの遺伝的多様性を比較評価するために、それぞれのカテゴリー群におけるヘテロ接合度の観察値(H o)・期待値(H e)、および塩基多様度( π)を算出した(図6)。比較した結果、いずれの尺度においても自生地ウツクシマツ(U)と自生地単幹型普通マツ(P)およびその他の集団の間に明瞭な違いが認められなかった。

自生地の普通マツ(P)と平松の育苗ウツクシマツ稚樹(G)はF ISの0からの偏りは有意ではなかったのに対し、自生地ウツクシマツ(U)、油日ウツクシマツ植栽木(F)、自生地自然実生(H)および植戻しウツクシマツ稚樹(X)のF ISはそれぞれ有意差を示し、近親交配が進行している兆候がみられた(図7)。ただし、自生地の普通マツ(P)と平松の育苗ウツクシマツ稚樹(G)のF ISはサンプル中、高い値を示していた。

考 察

ウツクシマツの集団遺伝学的実態

次世代DNAシーケンシング技術を用いたゲノムワイドDNA分析法の一つであるMIG-seq法により、ウツクシマツおよび普通マツの集団遺伝学的解析を実施し、ウツクシマツの集団遺伝学的位置付けを行った。その結果、ウツクシマツと普通マツの間には、明瞭な遺伝的分化は認められなかった。このことから、自生地のウツクシマツは、普通マツと任意交配していると考えられ、ウツクシマツとしての独立した交配集団あるいは遺伝的系統は存在しないと考えられた。

ウツクシマツ形状(分枝型)は劣性遺伝することから(太田ほか 1987; 太田・村川 2003)、ウツクシマツの形状をもたらす遺伝子がホモ接合になった個体がウツクシマツとして生育しているものと考えられる。

以上のことから、自生地のウツクシマツ集団を保全するためには、集団内に保持されている「ウツクシマツ遺伝子」が浮動によって失われないよう自生地集団の個体数を十分に維持することが重要である。すなわち「ウツクシマツ遺伝子」をプールする集団を大きくする必要があり、そのため、自生地に現存するウツクシマツ成木のみならず、ウツクシマツ稚樹ならびに自生地内(特にウツクシマツ成木下)で更新した実生、すなわち「ウツクシマツ遺伝子」を保有している可能性の高い個体を、できる限り自生地で保全する「生息域内保全」が重要となる。その一方、自生地におけるマツ枯れや台風による倒木・枯死など不測の事態を避けるために、貴重な遺伝資源を自生地以外で保全する「生息域外保全」によっても維持することが重要である。

自生地ウツクシマツ集団内において目立った遺伝的まとまり・構造は認められず、集団内の活発な遺伝子流動によって集団が維持されていると考えられる。したがって、自生地ウツクシマツの保全単位としては、周囲の普通マツを含めた地域集団全体として考えることも必要である。ウツクシマツ天然記念物エリアのマツ林を孤立させないためにも、自生地周辺のマツ林を保全することは重要である。自生地周辺にはマツ林がパッチ状に分布している(図1)。たとえば半径1km範囲に分布するマツ林は遺伝的多様性を保全するためのバッファゾーンとして防除対象とするなどの視点も必要であろう。

 自生地ウツクシマツと普通マツは前述の通り、遺伝的に同一の交配集団を構成していると考えられるため、両集団の遺伝的多様性に差異は認められなかった。その多様性レベルについてみると、ウツクシマツの塩基多様度は、日本産針葉樹の塩基多様度(およそ0.004 ~ 0.015. 陶山・津村 2013)を大きく下回るものではなかった。しかし自生地ウツクシマツ(U)はじめ、油日ウツクシマツ植栽木(F)、自然実生(H)および植戻しウツクシマツ稚樹(X)においては近親交配の傾向が検出され、さらに自生地普通マツ(P)の近交係数も高いことから、自生地集団全体で近親交配が進んでいる可能性が示唆された。そのため、近交化を避けるために周囲の普通マツを含めたできるだけ多くの個体数を対象とした、地域集団全体を保全単位として捉えることが重要である。さらには、精鋭型樹種の選抜育種ではなく、できる限り、地域のアカマツの遺伝子集団からなら表現型ウツクシマツを保全することによって、集団の遺伝的多様性を維持するという視座が不可欠である。

育苗ウツクシマツ集団の遺伝的偏り

 前述のとおり、ウツクシマツと普通マツの間には明瞭な遺伝的分化は認められなかったが、遺伝的分化に関するいずれの解析においても「平松育苗ウツクシマツ稚樹(G)」のサンプルが特異な遺伝的クラスターを形成していることが示された。これは、この集団に由来する種子プールが特定の限られた親木から採種されたことに起因すると考察される。この集団の遺伝的多様性が他と比べて最も低いレベルであることもこの考察と矛盾しない。

したがって、今後ウツクシマツの育苗を目的とした採種に際しては、できるだけ離れた場所に生育する、できるだけ数多くの母樹から採種することにより、育苗集団の遺伝的多様性を高く保ち、遺伝的偏りが生じないように十分、留意することが重要である。本研究において、自生地の特定母樹の種子由来と推察される「植戻しウツクシマツ稚樹(X)」についてはこのような遺伝的偏りが認められなかった。これは、「平松育苗ウツクシマツ稚樹(G)」は4-8年生であり、5年間にわたって特定の母樹から採取された稚樹集団であるのに対して、「植戻しウツクシマツ稚樹(X)」は8年生から十数年生の分枝型ウツクシマツ稚樹個体群であり、かつ大量に植え戻されている。この植栽苗は平松だけでなく、油日試験場で育苗されたものも含まれているため、複数の母樹から採取された植栽苗(X)であったことが考えられる。したがって稚樹個体群(X)は、(G)に比べて多数の母樹由来であることから、遺伝的偏りが認められなかったと考えられる。

ウツクシマツ保全対策の提案

1924年時点のウツクシマツ型の成木は450本であったが、1980年には264本、2019年には86本に減少している。平松自生地では自生木と植栽木が大量に枯死し、1978年当時(図2写真f)と比較した場合にも、上層を形成する成木のウツクシマツおよび下層のウツクシマツ植栽木の減少が明らかである。

ウツクシマツ稚樹の被陰実験を9年続けた川那辺(1990)は、実生および稚樹の生育には下草刈りなど下層植生の管理が不可欠であること、傘状の形態発現には8-9年かかる個体もあることを明らかにしている。植生調査表(表1)に示したように、現在、林床はネザサが優占しているところもあり(図2.写真a、c)、マツの実生が発生・定着するのは困難な状態である。しかし日当たりがよい場所では自然発生のマツの実生が定着している(図2.写真d)。これらの事象は、明るい林冠下において定期的な下草刈りおよび定期的な落ち葉掻きをすることによって、マツの実生が発生し、定着する可能性を示している。今後、マツの自然実生を積極的に保全する管理対策が必要不可欠である。

ウツクシマツと普通マツに遺伝的分化はみられず、両タイプは任意交配していることが示唆された。その一方、自生地ウツクシマツでは近親交配の傾向が検出された。このことから、実生から成木まで普通マツも除去することなく、自生地内で森林更新を促進する「生息域内保全」が重要であり、ウツクシマツの実生、稚樹および成木の生残および成長に関するモニタリング調査、さらにはウツクシマツ自生地集団の遺伝的多様性および近交度をモニタリング調査することが必要不可欠である。

なお江戸時代の絵図にはいわゆる普通マツはみられず、すべて分枝型からなるウツクシマツの景観が描かれている。このことはウツクシマツの景観を維持するために、一定の樹高に達したウツクシマツだけを選択的に残し、普通マツを伐採するといった選択圧が働いていた可能性が考えられる。林床の自然発生実生、稚樹および成木個体群がきわめて少ない現状では、遺伝資源を確保する点から本種の「生息域外保全」(楠本・久保田 2020)も強化する必要がある。

自生地ウツクシマツ集団を今後も維持するために今回の研究から提言できる保全対策はつぎの通りである。1)本研究で得られた集団遺伝学的情報に基づいた視点から、平松のウツクシマツ自生地集団を維持・保全していくために、現存するウツクシマツ成木・稚樹・実生個体のあらゆるステージのマツ(表現型に関係なく)を自生地、すなわち生息域内で保全する。すなわちウツクシマツ集団の遺伝的多様性の劣化を招かないために、表現型ウツクシマツだけを残すのではなく、自生地集団内およびその周辺の普通マツを含めたアカマツ地域集団全体を保全単位とする、2)ウツクシマツの生息域外保全に際しては、できるだけ離れた場所に生育する、数多くの母樹から採種することにより、育苗集団の遺伝的多様性を高く保ち、遺伝的偏りが生じないように留意する、3)本研究と同様の遺伝構造の調査を定期的に実施し、ウツクシマツ自生地集団(天然記念物指定域)と平松の苗畑(表現型のウツクシマツおよび普通マツ)集団において、遺伝的多様性の低下が生じていないか評価するためのモニタリング調査をする、4)今後、定期的に実生、稚樹および成木の生残について森林動態のモニタリング調査を継続する、5)生息域内保全においても、自生地のみの保全にとどまらず、ウツクシマツ遺伝子を含むマツの地域生態系を保全するという広域的視点が必要である。

謝 辞

本研究は湖南市の受託研究によって実施されるとともに、現地調査に際して湖南市ウツクシマツ再生室のみなさまにお世話になった。京都大学名誉教授二井一禎博士には1978年当時のウツクシマツ自生地の写真(古野東洲博士撮影)を提供いただいた。記して各位にお礼申し上げる。

表1

湖南市平松ウツクシマツ天然記念物自生地の植生調査組成表(調査年月日:2022年4月16日)

緯度・経度: N34˚59'35"/ E136˚4'28"、 標高(m): 210、 斜面方位: S20˚E、 傾斜角度: 20˚、 高木層 高さ(m): 16、 高木層 植被率(%): 70、 亜高木層 高さ(m): 8、 亜高木層 植被率(%): 5、 低木層 高さ(m): 3、 低木層 植被率(%): 5、 草本層 高さ(m): 0.7、 草本層 植被率(%): 80、 調査面積: 30 m×30 m、 種 数: 16

種 名 階層 被度・群度
 モチツツジ-アカマツ群集標徴種および区分種
ウツクシマツ Pinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera' T1 4・4
    T2 1・1
(植栽含む)   S 1・2
(植栽含む)   H +・2
普通アカマツ Pinus densiflora Siebold et Zucc. T1 1・2
    T2 +・2
ワラビ Pteridium aquilinum (L.) Kuhn H 1・2
モチツツジ Rhododendron macrosepalum Maxim.  H +
 随伴種
コバノミツバツツジ Rhododendron reticulatum D.Don ex G.Don H +
アクシバ Vaccinium japonicum Miq. H +
ネザサ Pleioblastus argenteostriatus (Regel) Nakai f. glaber (Makino) Murata H 4・4
スミレ Viola mandshurica W.Becker H +・2
スズメノヤリ Luzula capitata (Miq.) Miq. ex Kom. H +・2
ノアザミ Cirsium japonicum Fisch. ex DC.  H +・2
イワニガナ Ixeris stolonifera A.Gray H +・2
コハコベ Stellaria media (L.) Vill.  H +・2
クサイ Juncus tenuis Willd.  H +・2
タチツボスミレ Viola grypoceras A.Gray var. grypoceras  H +
ウマノアシガタ Ranunculus japonicus Thunb.  H +
ヤブタビラコ Lapsanastrum humile (Thunb.) Pak et K.Bremer H +
ヘビイチゴ Potentilla hebiichigo Yonek. et H.Ohashi  H +

T1: 高木層,T2: 亜高木層, S: 低木層,H: 草本層

表2

マツ(ウツクシマツおよび普通アカマツ)の生葉を採取した236サンプル一覧

略称 葉の採取場所 自生/植栽 生育段階 形状 サンプル数
U 湖南市平松天然記念物エリア 自生 成木 分枝型 33 1a
P 湖南市平松天然記念物エリア 自生 成木 直幹型 56 1a
X 湖南市平松天然記念物エリア 平松の苗畑で播種・育苗後、自生地に植え戻し 稚樹 分枝型 32 1c
H 湖南市平松天然記念物エリア 自生 実生 未定 5 1d
G 湖南市平松の苗畑 自生地の種子を播種・育苗 (4年生から8年生) 稚樹 分枝型 98 1 e
F 甲賀市油日試験場 播種・育苗 成木 分枝型 12 1 b
  F1) 自生地から雑種した50年生 播種・育苗 成木 分枝型 (4) -
  F2) F1から採取した種子を播種 播種・育苗 成木 分枝型 (4) -
  F3) F3から採取した種子を播種 播種・育苗 成木 分枝型 (4) -
        236  

図1

平松ウツクシマツ自生地周辺の植生図(環境省生物多様性センター植生図1/25000より引用)。地図には主な群集を示している。円は調査地点(白い矢印:平松ウツクシマツ自生地)から半径1kmの範囲を示している。

図2

a) ウツクシマツ自生地(2021年6月撮影)。黒矢印は分枝型ウツクシマツを、白矢印は単幹型マツを示している(以後、同様)。分枝型(サンプルU)と単幹型(サンプルP)の両方が生育、b)油日試験場のウツクシマツ試験地(1980年播種試験スタ-ト)。播種し、育苗した分枝型ウツクシマツ成木(サンプルF)、c)平松苗畑あるいは油日試験場で育苗し、ウツクシマツ自生地に植え戻されたウツクシマツ植栽木(灰色矢印:サンプルX).写真(f)と同様の地点から撮影、d)自生地の林床に生育する実生(3-5年生)。分枝型か単幹型かまだ明確ではない(2021年10月撮影)(サンプルH)、e)平松の苗畑。播種後、4年生程度で分枝型にならないものは間引いて、分枝型だけを残している(2021年6月撮影)(サンプルG)、f)1978年のウツクシマツ自生地。林床には苗畑で育てられた多数の稚樹が植栽されているが、a)およびc)で示すように、現在では植栽苗の多くが枯死している。古野東洲博士撮影(二井一禎博士提供)。

図3

ウツクシマツおよび普通マツの遺伝的関係を示す主成分分析。第一主成分の寄与率は6.4%、第二主成分の寄与率は3.0%であった。F)油日ウツクシマツ植栽木、G)平松で育苗しているウツクシマツ稚樹、H)自生地自然実生、P)自生地普通マツ、U)自生地ウツクシマツ高木、

X)植戻しウツクシマツ稚樹。

図4

ウツクシマツおよび普通マツの遺伝的関係を示す個体間最尤系統関係図。各集団の略称(アルファベット)は図3および表2に示す通り。

図5

(a) ウツクシマツおよび普通マツの遺伝的関係を示す遺伝的集団構造解析図

想定集団数( K)が2から10までの結果を描画した。各個体内の遺伝的組成を、各推定集団に由来する要素の割合として100%積み上げ棒グラフで色分けして表している。自生地普通マツ(P)と自生地ウツクシマツ(U)の個体を黒枠で囲んだ。各集団の略称(アルファベット)は図3および表2に示す通り。(b) CV errorと( K)の関係。

図6

ウツクシマツおよび普通マツ集団の遺伝的多様性。ヘテロ接合度の観察値( H o)・期待値( H e)、および塩基多様度(全サンプル)( π)。自生地ウツクシマツ(U)、自生地普通マツ(P)のほか、横軸の集団の略称(アルファベット)は図3および表2に示す通り。

図7

ウツクシマツおよび普通マツ集団の近交係数(F IS)。* ( P<0.05)と**( P<0.01)は有意であることを示す。自生地ウツクシマツ(U)、自生地普通マツ(P)のほか、横軸の集団の略称(アルファベット)は図3および表2に示す通り。

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