論文ID: 2228
国指定天然記念物滋賀県湖南市「平松のウツクシマツ自生地」のウツクシマツPinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera'は2000年代に入ってマツ材線虫によるマツ枯れによって大量に枯死し,1924年に450本あった成木は2019年に86本に減少した。天然記念物指定時に記録された成木の80.9%が枯死しており、ウツクシマツの保全対策が急務とされるが、基礎情報の一つであるウツクシマツ自生地集団の遺伝構造を解析する実験研究はこれまで行われていない。そこで本研究では、本種の集団遺伝学的知見を保全対策に活用することを目的として、自生地および植栽のために育苗しているウツウシマツの遺伝構造を解析した。自生地のウツクシマツ(表現型が分枝型を以後、ウツクシマツと呼ぶ)と普通アカマツ(表現型として単幹型を以後、普通マツと呼ぶ)、自生地外で播種、育苗した計236個体を対象に、MIG-seq法によって遺伝解析を行った。その結果、自生地の分枝型ウツクシマツと単幹型普通マツの間には明瞭な遺伝的分化は認められなかった。ウツクシマツが劣性遺伝で発現するとした既往研究と今回の研究を総合的に判断すると、ウツクシマツの実態は、ウツクシマツの形状をもたらす遺伝子に生じた突然変異が平松のアカマツ集団中に存在し、先行研究で明らかにされている通り、その遺伝子がホモ接合になった個体がウツクシマツとして発現していると考えられた。しかしながら自生地集団には近親交配の傾向が検出されたことから、今後、近交化を避けるために、草刈りなどの林床管理を継続しながら、自然発生した実生および稚樹個体による森林更新をはかるとともに、周囲のアカマツを含めた、地域集団全体を保全単位とする「生息域内保全」を促進することが重要と考えられた。一方、「生息域外保全」に際しては、さまざまな母樹からの種子を播種し、近交化に傾かないように十分に留意する必要があると結論づけた。