保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
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統合的なアプローチで可能になる因果推論:アキアカネは農薬によって激減したのか
中西 康介 横溝 裕行 林 岳彦
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論文ID: 2304

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Abstract

要約:生物の野外個体群を脅かす要因を評価し、効率的な保全策を実施するためには、相関関係と因果関係を区別することは極めて重要である。しかし、保全生態学分野において、野外個体群を対象とした因果推論の枠組みによる研究はほとんどされてこなかった。本稿では、農薬による激減が疑われたアキアカネを例とし、著者らが実践してきた統合的な因果推論アプローチを解説した。1990年代後半以降、かつて全国の水田地帯で普通にみられた赤トンボの代表種、アキアカネSympetrum frequens (Selys) が各地で激減したことが報告された。その激減の主要因として疑われたのが、同時期に水稲の育苗箱施用剤として普及したネオニコチノイド系のイミダクロプリドやフェニルピラゾール系のフィプロニルなどの浸透移行性殺虫剤である。これらの殺虫剤は、室内毒性試験や模擬水田実験などによって、標的害虫以外のトンボ類の幼虫やその他の様々な無脊椎動物に対して強い毒性を示すことが明らかになってきたため、アキアカネの個体群減少との強い関連が指摘された。しかし、激減期の個体数や諸要因を記録したデータは限定的であり、これまで殺虫剤とアキアカネの個体群減少との因果関係は体系的に分析されてこなかった。そこで著者らは、(1)既存の知見の整理による因果性のレビュー、(2)殺虫剤の出荷量とアキアカネのモニタリングデータを用いた統計的因果推論、(3)実水田を用いた野外実験による殺虫剤影響のパラメータ取得、(4)殺虫剤以外の潜在的要因としての温暖化影響の評価、(5)個体群モデルを用いたシミュレーションによる諸要因の寄与度の評価、という5つのアプローチにより殺虫剤の因果的影響を統合的に分析した。その結果、1990年代後半以降のアキアカネの激減は、毒性の強い殺虫剤の使用と、圃場整備による乾田化の複合的な影響によって生じたことが示された。

Translated Abstract

Abstract: Distinguishing correlation from causation when evaluating factors threatening wild populations of organisms is crucial for the implementation of effective conservation measures. However, few studies in the field of conservation ecology have applied a causal inference framework to evaluate wild populations. In this study, we applied an integrated causal inference approach to explore the relationship between insecticide use and population decline, using the dragonfly Sympetrum frequens (Selys), which is among the most common dragonflies in Japanese paddy fields, as an example. In the late 1990s, S. frequens populations declined sharply in many regions. The main cause of these declines is suspected to have been the use of systemic insecticides such as the neonicotinoid imidacloprid and the phenylpyrazole fipronil, which were widely used in rice seedling nursery boxes. These insecticides were introduced immediately before the S. frequens population decline began, and subsequent laboratory- and field-based analyses have shown them to be highly toxic to dragonfly nymphs and other invertebrates. However, a causal relationship between insecticides and the decline of S. frequens has not been systematically determined, mainly due to the limited availability of quantitative data on species population size and habitat characteristics over the period of decline. Given these limitations, we applied five different approaches to investigate the relationship between insecticide use and S. frequens populations, as follows. First, we conducted a review of evidence based on currently available information, followed by the application of a statistical causal inference model using available insecticide usage and dragonfly monitoring data. Next, we conducted a field experiment to assess the effects of a novel insecticide on S. frequens and evaluated the effects of climate warming as a potential alternative explanation for the decline of S. frequens. Finally, we performed a mechanism-based evaluation of the effects of each factor using a population model. Our results suggest that the sharp population declines of S. frequens in the late 1990s were caused by the combined effects of highly toxic insecticides and habitat degradation due to its conversion to well-drained paddy fields.

はじめに

農薬は作物生産にとって重要な化学物質であるが、生態系へのリスクともなり得るため世界的な昆虫類の減少要因の一つとして指摘されている(Pisa et al. 2017; Sánchez-Bayo and Wyckhuys 2019)。適切なリスク評価と効率的な管理を実施する上で、相関関係と因果関係を区別することは極めて重要である(竹下ほか 2022)。しかし一般に、農薬が生物種の個体群動態に与える因果的な影響を推定するのは簡単なことではない。野外の生態系を対象とした大規模な介入実験は困難であること(Fick et al. 2021; Larsen et al. 2019)、調査観察によって得られるデータには原因と結果の両方に影響を与える様々な要因が含まれていることなどが理由である。

生態学や環境毒性学の分野において、野外個体群を対象とした因果推論の枠組みによる研究例はほとんどないが(Takeshita et al. 2020)、疫学や社会科学の分野では因果推論のための解析手法の発展が近年急速に進んでいる(Hernán and Robins 2020; Imbens and Rubin 2015; Pearl and Mackenzie 2018)。これらの因果推論手法を応用し、証拠を積み上げることで、野外個体群を対象とした因果推論が可能になる場合がある。本稿では、農薬による激減が疑われたアキアカネSympetrum frequens (Selys)を例とし、著者らが実践してきた統合的な因果推論アプローチを解説する。

アキアカネ(トンボ目:トンボ科)は北海道から九州にかけて分布するトンボの一種であり、水田等を繁殖場所として利用する(尾園ほか 2012)。一般には「赤トンボ」と呼ばれ、かつては水田でみられる普通種であり、田園風景の象徴として昔から日本人に親しまれてきた(上田 2004)。しかし、1990年代後半以降、アキアカネが日本各地で激減したことが報告された(二橋 2012; 福井 2012; 上田 2012)。アキアカネの個体数変動を定量的に記録した公表データは限られているが、1990年代から2000年代にかけて、個体数は100分の1以下まで減少したことが明らかになっている(上田・神宮字 2013)。

1990年代後半以降のアキアカネ激減の主要因として、もっとも疑われたのが水稲栽培で使用されるネオニコチノイド系のイミダクロプリドやフェニルピラゾール系のフィプロニルなど(以下、ネオニコチノイド等農薬)の育苗箱施用殺虫剤(以下、箱剤)である(上田・神宮字 2013)。その理由は、(1) アキアカネの主な繁殖場所は水田である、(2) イミダクロプリドやフィプロニルの使用が開始された直後にアキアカネの激減が起きた(上田 2008; 二橋 2012など)、(3) 農薬の曝露実験等によりアキアカネ幼虫への高い毒性が示されているためである(小山・城所 2003; 神宮字ほか 2009など)。しかし、ネオニコチノイド等農薬の使用とアキアカネの激減が単なる相関関係なのか、あるいは因果関係なのかを包括的に評価する研究は、これまで行なわれていなかった。

ネオニコチノイド等農薬の箱剤使用とアキアカネ激減との関連を分析する上で一番の障壁となるのが、利用可能なデータが不足していることである。分析可能な1990年代以降のアキアカネの定量的な個体数データや、水田における農作業や環境要因に関する時系列データは極めて限定的であった。そこで著者らは、異なる5つのアプローチによる研究を組み合わせることで、限られたデータの下で、「箱剤→アキアカネ」の因果効果の推定を試みた(図1)。1番目に、既存の知見を整理し、エビデンスレビューベースの研究を行なった(図1-(1))。その際、得られた証拠を「Hillの因果性基準」(後述)を用いて整理・評価した。2番目に、エビデンスレビューで得られた他の潜在的な要因や、原因や結果に影響を与えうる変数群から因果ダイアグラムを作成した。バックドア基準により交絡要因を抽出し、統計的因果推論の枠組みにより交絡要因を調整した重回帰分析を行なった(図1-(2))。3番目に、2番目の統計的因果推論の結果から明らかになった不足している知見を補うために、野外操作実験を実施し、次世代箱剤の毒性影響を検証した(図1-(3))。4番目に、箱剤以外にアキアカネ減少の主要因となりうると考えられた温暖化影響説について検証した(図1-(4))。これは、因果推論の枠組みにおいて、”explaining away”と呼ばれる主要競合仮説の棄却による間接的な因果検証のアプローチである(Sloman 2005)。5番目に、実データから調整することができなかった交絡要因に対処するため、個体群モデルを用いたメカニズムベースの分析を用い、反実仮想シミュレーションによって諸要因の寄与度の評価を行なった(図1-(5))。個体群モデルには、3番目の研究で得られた毒性パラメータも用いた。本解説では、それぞれの研究手法および成果を紹介するとともに、アキアカネの保全に向けた課題について考察する。

アキアカネの生活史

図2に水田における水稲の代表的な栽培管理暦とアキアカネの生活史を示した。アキアカネは年1化の昆虫である。成虫は9月下旬頃に、稲刈り後の水田にやってきて、水たまりや湿泥に産卵する。越冬した卵は灌漑開始直後の4月頃に孵化する。幼虫はミジンコ類やカ科やユスリカ科の幼虫などを捕食して成長し、6月から7月にかけて成虫になる。羽化直後の成虫は水田から離れた山間部へ移動し、成熟した後、9月下旬頃から水田に戻り繁殖を開始し、年内に死亡する(井上・谷 2010; 尾園ほか 2012)。仮に箱剤によりアキアカネの幼虫の生存率が低下し羽化個体数が減少すれば、年1化であるため、当年の個体数回復は見込めず、個体群成長率も低下することになる。

5つのアプローチによる因果推論

1) Hillの因果性基準を用いた既往知見のレビュー

 まず、ネオニコチノイド等農薬の生態影響に関する既往の知見を収集・分析し、農薬の出荷量データを解析することで、1990年代後半以降のアキアカネの激減に与えたネオニコチノイド等農薬の因果的影響を評価した(Nakanishi et al. 2018)。主要な箱剤9剤(原体)について、谷地ほか(2016, 2017)の手法を用いて、1989年から2011年までの都道府県別の箱剤普及率(水稲作付面積当たりの使用割合)を推定した。得られた箱剤普及率の変化と、富山県で観測されたアキアカネの個体数変動のデータ(二橋 2012)との関連を回帰分析した。この結果も踏まえ、箱剤の生態影響に関する既往の知見を分析した。本研究では「Hillの因果性基準」(Hill 1965)を指標として因果関係を評価した。 Hillの因果性基準とは、因果関係の推定のために疫学研究で用いられてきた9項目(強固性、一致性、特異性、時間性、生物学的用量関係、説得性、整合性、実験的証拠、類似性)からなる指標である(表1)。これらの基準に基づいて証拠を整理することで、因果関係をより客観的に俯瞰でき、不足している知見も明確にすることができる。

本研究では、 Hillの因果性基準をネオニコチノイド系農薬とミツバチの個体群減少との因果関係の評価に適用したCresswell et al.(2012)の手法を参考に、Hillの因果性基準の9軸に対して、証拠の強さを±3の7段階(仮説を支持する場合はプラス、否定する場合はマイナス、証拠がない場合は0)でスコア付けすることで、「ネオニコチノイド等農薬が1990年代後半のアキアカネの激減の原因である」という仮説を検証した。この評価プロセスには、分析者の主観性を完全には排除できないという限界があるが、9軸の評価基準は明示化されており、証拠が更新された場合の再評価が容易であるといった利点がある。本研究では、著者間の議論により最終的なスコアを決定した。

Hillの因果性基準を用いた評価の結果、すべての軸について仮説を支持する証拠が得られ、反証(マイナスのスコア)は見出されなかった(図3)。最も高いスコア+3をつけたのは、「強固性」「説得性」「整合性」であった。「強固性」に関して、模擬水田実験等により、アキアカネを含むアカネ属に対してネオニコチノイド等農薬(特にフィプロニル)処理区において羽化数がゼロになるレベルの強い負の影響が示されていた。個体群減少の直接的な原動力となり得るこれらの証拠は、仮説を確実に支持すると思われた。また、水田に依存したアキアカネの生活史と農薬の曝露時期とを考慮すると生物学的な「説得性」が高く、ネオニコチノイド等農薬の箱剤使用とアキアカネ激減との因果性は既存の知見との「整合性」が高いと判断された。

次に高いスコア+2をつけたのは、「一致性」「特異性」「実験的証拠」「類似性」であった。「一致性」については、12研究21実験を検討した結果、17の実験でネオニコチノイド等農薬の悪影響がみられたが、明確な影響がみられない実験結果もあった。ネオニコチノイド等農薬は他の農薬と比較してアキアカネ激減の要因としての「特異性」は一定程度の高さはあるが、中干しや転作等の他の農業的要因による減少の可能性も排除できなかった。また、農業的要因以外にアキアカネ激減の潜在的な主要因として気候の温暖化も考えられたが、支持する有力な証拠は得られなかった。実験室、模擬水田、実水田で行われたほとんどの実験では、フィプロニルやイミダクロプリドの使用量とアカネ属 の個体数との間に負の相関関係が見られた。しかし、殺虫剤の使用量とアキアカネの長期的な個体数減少との関連性については、利用可能な「実験的証拠」はなかった。「類似性」の証拠となる研究例として、海外においてチョウ類、両生類、鳥類などの個体群と農薬との間に負の関連が報告されているが、曝露経路が本研究で対象としているアキアカネとは異なっていた。

スコア+1をつけたのは、「時間性」「生物学的用量関係」であった。「時間性」の証拠については、殺虫剤9剤の箱剤普及率とアキアカネの個体群成長率との回帰分析の結果、フィプロニルとアキアカネとの間に負の関連がみられたものの、解析可能な時系列データが1例のみで、因果関係の推定は困難であった。同様に、毒性試験によりネオニコチノイド等農薬のアキアカネに対する致死量の勾配が示された研究は1例のみであり、環境中の農薬濃度とアキアカネの個体数との関連を調べることはできなかったため、「生物学的用量関係」の証拠も弱かった。

以上のような分析結果から、Hillの因果性基準に基づくスコアを総合的に判断すると、ネオニコチノイド等農薬、とくにフィプロニルは1990年代の水田のアキアカネ激減の主要因である可能性が高いと結論づけられた。一方、農薬以外の農業環境的な要因や気候の温暖化もアキアカネ減少の要因として同時に働いている可能性は否定できなかった。

2) 成虫の野外モニタリングデータと殺虫剤出荷量を用いた統計的因果推論

1)のHillの因果性基準を用いた既往知見の分析の結果、アキアカネの激減期を記録した個体数データの不足が、因果関係を検証する上での大きな課題として挙げられた。因果関係と相関関係を区別するためには、原因と結果の両方に影響を与える「交絡要因」(Hernán and Robins 2020)を調整した統計的因果推論が有効である。そこで、箱剤使用とアキアカネ激減に関する交絡要因を特定した上で、アキアカネのモニタリングデータを整備し、箱剤がアキアカネの個体群成長率におよぼす影響を解析した(Nakanishi et al. 2020b)。

まず、既存の生態学的および農学的な背景知識から、アキアカネの個体群減少と箱剤との関連の因果ダイアグラム(Directed Acyclic Graph (DAG);非巡回有向グラフ)を作成した(図4)。因果効果の推定における変数選択の理論的基準となるバックドア基準(Pearl and Mackenzie 2018)に基づき、因果ダイアグラムから箱剤普及率とアキアカネ個体群(個体数または個体群成長率)の両方に影響を与えうる交絡要因を抽出した。その結果、「年」「地域」「農地環境」の3つの潜在的な交絡要因が特定された。これらのうち、年の効果は説明変数にダミー変数として組み込むことで調整した。また、このモデルでは、年以外の説明変数を年差分としたため、年により変化しない地域固有の効果は相殺され、交絡要因によるバイアスは除去されたと判断した。もう一つの交絡要因である圃場整備(乾田化により促進される中干し影響)、転作・耕作放棄、有機栽培などの農地環境の効果は、定量データが得られなかったが、モデルには組み込まなかった。この理由は、本研究で対象としたのは2010年代を中心とした短期間(8年間)であり、調査対象とした北陸地方では圃場整備率が高止まりになっており、これらの要因の系統的な大きな変化がないと考えられたためである。

次に、2009年から2016年にかけて、北陸地方において自動車を用いたルートセンサスによって得られたアキアカネ成虫の個体数のモニタリングデータ(上田哲行,未発表)を整理した。解析に使用したデータは、新潟県、富山県、石川県、福井県、長野県の5県において、アキアカネの広域の個体数をモニタリングするために取得されたものであり、年ごとに異なる様々なルートのデータが含まれていた。このデータから年ごとに共通した5ルートを抽出し、年次比較可能なデータを整備した。次に、Nakanishi et al.(2018)と同様の手順で、アキアカネのモニタリングデータが得られた期間における、殺虫剤9剤の県別箱剤普及率を推定した。

これらのデータを用い、殺虫剤9剤の箱剤普及率とアキアカネの個体群成長率との関係を、交絡要因を調整した重回帰モデルで解析した。その結果、殺虫剤使用の指標としてフィプロニル、イミダクロプリド、クロラントラニリプロールなどを含む箱剤全体の使用が、アキアカネの個体群成長率を有意に低下させていることが示唆された。また、ネオニコチノイド等農薬の普及率の総和を説明変数として用いた場合にも、それらの箱剤がアキアカネの個体群成長率を(5%有意水準をわずかに超えるが)低下させている傾向が示唆された。しかし、箱剤以外の農地環境の影響に関しては、県別の実データが得られなかったため、潜在的な交絡要因としてさらに検討する必要があることが課題として残された。

3) 新規殺虫剤クロラントラニリプロールの影響に関する野外実験

2010年代以降、ネオニコチノイド系やフェニルピラゾール系に代わり、アントラニリックジアミド系殺虫剤のクロラントラニリプロールが水稲の育苗箱施用剤として普及し始めた(Nakanishi et al. 2020b)。模擬水田を用いた先行研究によって、クロラントラニリプロールのトンボ類への負の影響は小さいことが報告されているが(Kasai et al. 2016; Hashimoto et al. 2020)、2)で解説したNakanishi et al.(2020b)の結果では、クロラントラニリプロールを含めた箱剤全体がアキアカネの個体群増加を制限していることが疑われた。また、5)の個体群モデルを用いた動態シミュレーション(後述)において、箱剤使用に関連する生存率パラメータを薬剤ごとに設定する必要があったが、クロラントラニリプロールの値を設定するための根拠が不足していた。そこで、野外におけるクロラントラニリプロールのアキアカネに対する毒性影響(クロラントラニリプロールによる幼虫期の超過死亡率)を明らかにするため、実水田を用いた操作実験を行なった(Nakanishi et al. 2021a)。

石川県羽咋市において、農家の協力のもと、互いに隣接する10筆の水田を調査地とし、6筆をクロラントラニリプロール処理区、4筆を対照区として設定した。調査水田では、箱剤以外の管理条件は統一し、慣行的な管理方法でイネ Oryza sativa L.(品種名:コシヒカリ)を栽培した。これらの水田において、2019年6月から7月にかけて、およそ10日おきにイネ株上に残されたアキアカネの羽化殻を回収し、羽化数の指標とした。解析の結果、クロラントラニリプロール処理区と対照区の間でアキアカネの羽化数に有意な差は認められなかった。つまり、クロラントラニリプロールの水田施用はアキアカネの羽化率を低下させないことが示唆された。この結果に基づき、後述する個体群モデルを用いたシミュレーション研究(Nakanishi et al. 2021b)において、クロラントラニリプロールによるアキアカネの幼虫期の超過死亡率を0と設定した。なお、本研究では、同時に採集されたノシメトンボS. infuscatum (Selys)に対しては、クロラントラニリプロールによる負の影響を示す結果が得られたため、種による感受性の違いがあることも示唆された。

4) 殺虫剤以外の主要競合仮説である温暖化影響の評価

2)の統計的因果推論の研究において整理した因果ダイアグラムの中で、気象要因は「農薬→トンボ減少」の因果的影響に対する交絡要因としては特定されなかった(図4)。しかし、交絡要因であるかどうかに関わらず、気候の温暖化はそれ自体としてトンボの減少の主要因の一つでありうる。一般に、気候の温暖化は世界的な昆虫類の減少要因の1つとして懸念されており(Warren et al. 2018; Sánchez-Bayo and Wyckhuys 2019など)、特にトンボ類は気候変動に対して脆弱な分類群であることが指摘されている(Hickling et al. 2005; Bush et al. 2013)。アキアカネに関しても、夏季に冷涼な山間部へ移動する習性を持つことから(図2)、気候の温暖化は個体群減少の主要因の1つとして挙げられている(上田・神宮寺 2013)。そこで、1990年代後半以降のアキアカネの激減が気候の温暖化によって生じた可能性を検証するため、夏季の気温とアキアカネ個体群密度との関連を分析した(Nakanishi et al. 2020a)。

アキアカネの季節的な移動行動に関しては、2つの仮説的な解釈が示されている。1つ目は、アキアカネの祖先(S. Depressiusculum (Selys)の亜種)が最終氷期以降の日本の温暖な気候に適応した行動であるとする解釈である(Asahina 1984)。特に未成熟なトンボ成虫は、クチクラ層の硬化が不完全なため、水分が失われやすく、成熟個体よりも高温な気温に対して脆弱であると考えられている(May 1976)。2つ目の解釈は、夏季の移動によって前生殖期間(繁殖休眠期間)が確保され、卵越冬を可能にするというものである(上田 1988)。もし成虫が繁殖休眠期間なしに交尾・産卵を開始した場合、卵は秋に孵化し、若齢期の幼虫は冬に生き残ることができない可能性がある(上田 1988)。上田(1988)は、アキアカネの分布記録と平均気温のデータから、本種が繁殖休眠を行なうためには夏季の平均気温が23 °C以下の生息地が必要であることを示唆した。アキアカネの分布域の日本の多くの山間部では、夏季の平均気温は23 °Cを超えない。これらの理由から、アキアカネの個体群動態は夏季の気温に大きく影響されると予想される。

まず、1990年代以降のアキアカネの個体数モニタリングデータが入手可能な富山県、石川県、静岡県を対象に、1980年代から2000年代までの夏季(7、8月)平均気温の10年間ごとの変動を都道府県ごとに分析した。その結果、夏季気温の10年ごとの変動は、年変動の範囲内に収まっていた。さらに、アキアカネの激減のタイミングは3県で一致していなかったが、夏季気温の変動パターンはほぼ同じであった。これらのことから、夏季気温の上昇はアキアカネの激減を説明できないことが示唆された。

また、前述のアキアカネの季節的移動に関する2つの解釈に基づき、夏季気温の上昇と本種の個体群成長率との関連を、19年間の毎年の個体数データ(秋に成熟成虫の個体数を記録)が揃っている富山県のデータを用いた回帰分析によって解析した。解釈1では、夏季気温の上昇にともない、高温ストレス等によってアキアカネ成虫の死亡率が上昇することになるため、夏季気温と当年の個体数との間に負の関連があることを意味する。一方、解釈2では、夏季気温の上昇は繁殖休眠を妨げ、早期の産卵・孵化を促進し、冬季の乾燥や低温により幼虫の死亡率を上昇させる。つまり、解釈2の場合は夏季気温と翌年の個体数との間に負の関連があることが期待される。そこで、説明変数として当年および前年の2パターンの夏季気温を使用した回帰分析を行なった。その結果、アキアカネの個体群成長率と当年の夏季気温との間に負の関連が検出され、アキアカネ個体群は夏季気温の影響をある程度受けることが示唆された。この結果から、夏季の気温がアキアカネ成虫の死亡率に直接影響すると考えられ、アキアカネの季節的移動に関して、解釈1が支持された。

さらに、回帰分析で得られた夏季気温のパラメータのみを用い、気温要因のみで過去のアキアカネの個体群動態を予測した。その結果、気温だけではアキアカネの激減期も含めた個体群動態を説明できないことがわかった。以上のことから、アキアカネが1990年代後半以降に激減した主な要因は、気候の温暖化ではないことが示持された。

5) 個体群モデルを用いたシミュレーション研究

これまで解説した1)~4)の研究の結果、箱剤(特にフィプロニル)の使用が1990年代後半以降のアキアカネ激減の主要因である可能性が強く支持された。しかし、箱剤以外の農地環境の要因については交絡要因として特定されたものの(図4)、実データの不足により、十分に検討することができなかった。そこで最後に、個体群モデルによる数値シミュレーションを実施することで、アキアカネ激減に対する箱剤とそれ以外の農地環境の要因、および両者の複合的要因について分析した(Nakanishi et al. 2021b)。

まず、アキアカネの個体群動態に大きな影響を与えると考えられる圃場整備(乾田化により促進される中干し影響)、転作・耕作放棄、殺虫剤使用量、夏季気温に関連する生存率パラメータを用いて、以下のような個体群モデルを構築した。

N t = L dry , t × L rot , t × L ins , t × S t × r nat × N t 1 , (1)

ここで、 N t t年の個体群密度である。 L dry , t t年の圃場整備済み水田における中干しの影響に関連する生存率である。一般的に、中干しとアキアカネの羽化時期は重なるため(図2)、圃場整備により乾田化された水田では中干し期に田面が強度に乾燥し、羽化できずに死亡する幼虫が増加することが予想される。ここではt年の圃場整備率に、中干しによる死亡率(文献から得られた値: 0.8)を乗じることで圃場整備による死亡率を算出した。 L rot , t t年の転作と耕作放棄に関連する生存率、 L ins , t t年の箱剤使用に関連する生存率である。 L ins , t は、既往の実水田での調査データやライシメーター試験等の結果を参照し、殺虫剤のグループごとにアキアカネ幼虫の死亡率を設定して決定した。例えばフィプロニル処理により、アキアカネの羽化数が0になったという複数の報告をもとに、フェニルピラゾール系農薬による死亡率は1とした。同様に、ネオニコチノイド系農薬による死亡率は複数の報告値の平均をとり0.8とした。ジアミド系(クロラントラニリプロール)農薬はNakanishi et al. (2021a)の野外実験の結果をもとに 0と設定した。これらの死亡率に薬剤ごとの各県の箱剤普及率を乗じることで L ins , t を算出した。 S t はNakanishi et al. (2020a)の回帰分析の結果をもとにしたt年の夏季気温の影響の変数である。 r nat は1990年時点のアキアカネの増殖率を概ね平衡状態であったと仮定して求めた自然増殖率である。

まず、1式を用い、各パラメータに県ごとの値を代入し、富山県、石川県、静岡県における1990年代後半以降のアキアカネの急激な個体群減少を概ね再現することができることを確認した。次に、1式の各パラメータに仮想的な値を代入した数値シミュレーションを実施した。その結果、圃場整備率が1980年代以前の低い水準にとどまっていた場合、1990年代後半から2000年代前半にかけてのアキアカネの個体数の激減は起きなかった(図5a)。つまり、箱剤の使用が必ずしもアキアカネ激減の十分条件であるとはいえないことが示唆された。一方、箱剤の毒性を実際のレベルより弱めたシミュレーションを実施した結果、箱剤によるアキアカネ幼虫の死亡率を報告値よりも1/4以下に設定した場合、急激な個体群減少は生じなかった(図5b)。つまり、毒性の強い箱剤の使用は、アキアカネ激減の必要条件であることが示唆された。以上のことから、1990年代後半に生じたアキアカネの急激な個体群減少は、(1) 1990年代以降に普及した毒性の強い箱剤による死亡率の上昇と、(2) 1990年代までの圃場整備事業によって促進された乾田化・中干し等に起因する死亡率の上昇の2つの要因の組み合わせによって引き起されたと考えられた。本研究では、関連データが十分に得られない条件下であっても、個体群モデルを用いた仮想的なシミュレーションによって、箱剤の使用と生息地の劣化という様々な環境要因の個別および複合的な因果効果の検討を可能にした。

保全に向けて

上記の研究により、過去のアキアカネ激減は、毒性の強い箱剤の使用と圃場整備によるハビタット劣化の両方の影響なしには起こり得ないことがわかった。アキアカネに対してもっとも毒性の強い殺虫剤であるフィプロニルの箱剤普及率は、2000年代後半から全国的に減少しているが、イミダクロプリドやジノテフランなどのネオニコチノイド系農薬の使用量はむしろ増加し、生存率への影響は高いままであり(Nakanishi et al. 2021b)、乾田化の影響が低下しないことに加え、フィプロニルやネオニコチノイド系農薬以外の薬剤を含む箱剤の総合的な影響が2000年代後半以降のアキアカネの個体数回復を制限する主要因になっていることが示唆された(Nakanishi et al. 2020b, 2021b)。これまでの毒性試験や水田メソコズムを用いた実験等では、フィプロニルやネオニコチノイド系農薬などの強い毒性が注目されることが多かったため(Nakanishi et al. 2018)、今後は箱剤の影響を総合的に評価する必要がある。例えば、クロラントラニリプロールなど、アキアカネへの毒性影響の低い箱剤の普及率が代替的に高まると、水田で羽化するアキアカネの個体数も増加する可能性が考えられる。ただし、Nakanishi et al. (2020b)で示唆されたように、アキアカネ以外の種類のトンボや他の水生生物への影響については、今後さらに調査が必要である。

現在の水田における農薬管理では、殺虫剤の影響はハビタットの環境変化による影響とは別に評価されている。毒性の低い殺虫剤であっても、ハビタットの劣化が同時に起これば、両者の複合的な影響により個体数の減少が加速される可能性がある。また、今後実験による検証が必要であるが、乾田化・中干しにより水田の水位が低下し、殺虫剤濃度が一時的に高まることで、アキアカネ幼虫に対する殺虫剤の毒性影響が強化される可能性も考えられる。これらのことから、毒性の強い殺虫剤を同時に使用した場合には、ハビタットの劣化との相乗作用によりアキアカネは数年で絶滅に近い状態にまで減少しうると予測される。アキアカネのみならず、水田生態系におけるトンボ類の保全のためには、圃場整備等によるハビタットの劣化と殺虫剤の複合的な影響を考慮することが重要である。近年、日本各地で生物多様性保全型農法の一環として行なわれている中干しの延期は、圃場整備済みの水田においても幼虫の生存率や羽化数の上昇が期待されるため(Natuhara 2013; 中西・田和 2020)、ハビタット劣化の影響を緩和しアキアカネの保全につながる可能性がある。

本解説で紹介した一連の研究では、箱剤の普及率とアキアカネの個体群との関連を都道府県レベルのスケールで解析した。個体群モデルを用いたシミュレーションでは、モデルに空間構造を取り込むことができなかった(Nakanishi et al. 2021b)。アキアカネの生活史は概ね各都道府県内で完結していることが示唆されているため(上田・神宮字 2013)、解析スケールの制約は、結論に大きな影響を与えないと考えられる。しかし、実際には箱剤の使用状況や圃場整備の状況が、同一県内でも地域によって異なるなど、環境要因の空間的な不均質性があると推察される。また、土壌条件や気象要因の地域的な傾向が、箱剤や中干しによる影響のレベルを変化させる可能性がある。都道府県レベルの広い空間スケールでアキアカネの個体数が減少しても、箱剤や圃場整備の影響が小さい地域があれば、局所的な個体数が維持されているかもしれない。また、今回は耕作水田以外の生息地、例えば休耕田やいわゆる「水田ビオトープ」などは考慮しなかったが、これらの環境でアキアカネが大量に羽化した事例も報告されており(河瀬 2021)、それらの生息地がアキアカネの避難場所としての役割を果たす可能性がある。このような局所個体群は、アキアカネの個体数が激減したときに、広い空間スケールでの絶滅を防ぐ供給源となり得る。そのため、アキアカネの繁殖に適した状態で湛水管理した休耕田や水田ビオトープを各地に一定数造成することは、本種の有効な保全策の一つとなるかもしれない。一方、ほとんどの水田で箱剤の使用や圃場整備による高い死亡率が予想される状況では、局所的な空間構造に関わらず、都道府県レベルでのアキアカネ個体群の実質的な回復は望めないと考えられる。現在利用可能なデータでは、都道府県より小さいスケールでのアキアカネの個体群動態をモデル化することは困難である。しかし、絶滅レベル付近の個体群動態に注目する場合、そのギャップを埋め、空間構造やメタ個体群動態を考慮した野外調査やモデル開発による研究が重要になるだろう。

結 論

本解説で紹介した一連の研究の結果、1990年代後半のアキアカネ激減は、毒性の強いフィプロニルやイミダクロプリドなどの箱剤が主要因であるが、それだけでは個体群激減は起こらず、圃場整備による乾田化にともなうハビタット劣化との複合的な要因により生じたことが示唆された。本解説は、限られたデータの下でも多様なアプローチで因果推論が可能であることを示すものであり、アプローチの違いによって異なる性質のエビデンスが得られるため、保全生態学分野の様々な場面でも応用できる可能性がある。

謝 辞

本特集での執筆の機会を与えてくださった保全生態学研究の小池文人編集委員長に感謝申し上げます。本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20174001、JPMEERF23S12101)による支援を受けて実施されました。

著者情報

ORCID

Kosuke Nakanishi https://orcid.org/0000-0002-7530-7141

Hiroyuki Yokomizo https://orcid.org/0000-0001-9814-8465

Takehiko I. Hayashi https://orcid.org/0000-0002-1037-6795

引用文献

表1. Hillの因果性基準9軸の概説

基準 説明
強固性 要因と結果が強く関連するか
一致性 異なる研究者・場所・環境・時間で関連性が観察されるか
特異性 特定の要因から特定の結果が生じるか
時間性 要因が結果に先行するか
生物学的用量関係 要因の程度が大きくなるほど結果の頻度も高くなるか
説得性 関連性を支持する生物学的説得性があるか
整合性 既存の知見と矛盾しないか
実験的証拠 関連性を支持する実験的研究があるか
類似性 類似した関連性の例があるか

図1. 「箱剤→アキアカネ」の因果効果を推定するために用いた統合的な因果推論アプローチの概観。

図2. アキアカネの生活史と水稲の栽培管理暦。本州における典型的な殺虫剤散布のタイミングとその他の主な農作業を示した。Nakanishi et al.(2021b)を改変。

図3. Hillの因果性基準に基づく既往知見のスコアリング結果。各軸について仮説を支持する証拠がある場合はプラス、否定する場合はマイナス、証拠がない場合は0を付けた。Nakanishi et al.(2018)を改変。

図4. アキアカネ激減と箱剤使用との関連の因果ダイアグラム。因果関係の統計解析の際、箱剤(普及率)とアキアカネ(個体数または個体群成長率)の両方に影響を与える「年」「地域」「農地環境」は交絡要因として調整する必要がある。Nakanishi et al.(2020b)を改変。

図5. アキアカネの個体群モデルを利用した、(a) 圃場整備の影響、および(b) 箱剤毒性の影響のシミュレーション結果。富山県における1990年の値を1とした時の、個体群密度の相対変化を示した。(a)では圃場整備率を各年の報告値、および各年代の水準に固定してシミュレーションを行なった。(b)では箱剤毒性をデフォルト値から5段階的に低下させてシミュレーションを行なった。Nakanishi et al.(2021b)を改変。
References
 
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https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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