保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
統合的なアプローチで可能になる因果推論:アキアカネは農薬によって激減したのか
中西 康介 横溝 裕行 林 岳彦
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論文ID: 2304

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抄録

要約:生物の野外個体群を脅かす要因を評価し、効率的な保全策を実施するためには、相関関係と因果関係を区別することは極めて重要である。しかし、保全生態学分野において、野外個体群を対象とした因果推論の枠組みによる研究はほとんどされてこなかった。本稿では、農薬による激減が疑われたアキアカネを例とし、著者らが実践してきた統合的な因果推論アプローチを解説した。1990年代後半以降、かつて全国の水田地帯で普通にみられた赤トンボの代表種、アキアカネSympetrum frequens (Selys) が各地で激減したことが報告された。その激減の主要因として疑われたのが、同時期に水稲の育苗箱施用剤として普及したネオニコチノイド系のイミダクロプリドやフェニルピラゾール系のフィプロニルなどの浸透移行性殺虫剤である。これらの殺虫剤は、室内毒性試験や模擬水田実験などによって、標的害虫以外のトンボ類の幼虫やその他の様々な無脊椎動物に対して強い毒性を示すことが明らかになってきたため、アキアカネの個体群減少との強い関連が指摘された。しかし、激減期の個体数や諸要因を記録したデータは限定的であり、これまで殺虫剤とアキアカネの個体群減少との因果関係は体系的に分析されてこなかった。そこで著者らは、(1)既存の知見の整理による因果性のレビュー、(2)殺虫剤の出荷量とアキアカネのモニタリングデータを用いた統計的因果推論、(3)実水田を用いた野外実験による殺虫剤影響のパラメータ取得、(4)殺虫剤以外の潜在的要因としての温暖化影響の評価、(5)個体群モデルを用いたシミュレーションによる諸要因の寄与度の評価、という5つのアプローチにより殺虫剤の因果的影響を統合的に分析した。その結果、1990年代後半以降のアキアカネの激減は、毒性の強い殺虫剤の使用と、圃場整備による乾田化の複合的な影響によって生じたことが示された。

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