論文ID: 2310
要旨:特定外来生物に指定されているアライグマ Procyon lotor は、生態系被害や農業被害が全国各地で問題となっており、被害低減を目指した捕獲が行われている。外来生物法に基づく捕獲であっても捕獲の動機は農業被害防止であることが多い。自治体職員には地域の捕獲対策を主導する役割が求められるが、これまでに市町村主導でアライグマを低密度化させた事例は限られている。従って本研究では、外来生物法や鳥獣保護管理法などの既存制度下で行われた捕獲強化対策の効果を評価することで、市町村の担当職員ができる外来種対策の改善の可能性について検討することを目的とした。2019年度から3年間、アライグマの捕獲強化対策が実施された北海道新十津川町を対象に、町で収集されたアライグマの捕獲数やわなかけ日数、捕獲個体の雌雄内訳を整理したところ、捕獲数やわなかけ日数は2019年度以降大きく増加し、2019年度以降の町内のアライグマの生息密度指標(CPUE)は年々減少、2021年度末時点での推定生息頭数は0.840 頭/km2だった。また捕獲強化対策の内容を整理したところ、交付金を活用した捕獲報奨金の導入や貸し出し用箱わなの増量といった捕獲環境の整備、町内のアライグマの生息状況に関する担当職員による調査と防除従事者への働きかけ、町の取り組み等に関する積極的な広報といった3つの活動が行われていた。わなかけ日数の増加には、交付金の導入による貸し出し用箱わなの増量や捕獲報奨金の導入による貸し出し用箱わなの申請者数の増加が寄与していると考えられた。また数値的根拠は明確に得られなかったが、広報による普及啓発にも一定効果があると考えられた。以上のことから、ヒト・モノ・カネ・情報といった町の対策資源を充実させることで地域の個体数を抑制するような強力な捕獲対策になりうることが示された。農業被害防止としての捕獲は、外来種対策全体の一部にすぎない。しかし、本事例のように、自治体の対策資源が充実化すれば地域の捕獲活動を活発化させることができ、根絶への道筋に一定程度貢献することが可能だと考える。今後対策事例の蓄積や共有を進めることで、各自治体が実情に応じた捕獲強化対策を図ることが期待される。
Abstract: In Japan, the raccoon (Procyon lotor) is an invasive alien species that causes ecological and agricultural damage nationwide. Trapping is typically conducted to limit agricultural damage, even when performed on the basis of the Invasive Alien Species Act. Local government officials are expected to play leading roles in local trapping efforts; however, few municipal initiatives have reduced raccoon populations to adequately low densities. This study examined the enhanced countermeasures undertaken by a municipality in Japan and their efficacy in reducing the local raccoon population. The study area was Shintotsukawa in Hokkaido, Japan, where enhanced raccoon capture measures were implemented for 3 years beginning in fiscal year 2019. We compiled municipal data on the trapping efforts conducted, numbers of raccoons captured, and sex of individual raccoons. Both the trapping efforts and the number of captures increased after fiscal year 2019; the raccoon population density index decreased each year, with an estimated population of 0.840 raccoons/km2 in fiscal year 2021. To enhance capture measures, three activities were undertaken: improvements to the capture program such as the introduction of capture grants and increasing the number of box traps available for rent, raccoon distribution surveys and capture support by town officials, and public awareness campaigns. Overall, the number of box trap applications increased due to the availability of rental box traps and capture grants, which enhanced trapping efforts. Although no numerical evidence could be obtained, the public awareness campaigns likely also supported the enhancement of trapping efforts. These results imply that improving municipal resources (e.g., workforce, goods, money, and information) can greatly promote the control of raccoon populations. Capture as a means of preventing agricultural damage represents only one measure employed to combat invasive alien species. However, as shown in this case study, enhancing the resources available to local authorities can stimulate local trapping activities and assist in eradication efforts. Sharing the outcomes of such cases will encourage more local authorities to improve capture programs according to their unique situations.
外来生物根絶の試みは、島嶼や分布が限定的な種で成功してきており(Burbidge and Morris 2002;Tershy et al. 2002;Campbell and Donlan 2005;Genovesi 2005;白井 2018:鈴木ほか 2019)、外来種対策における現実的な目標となりつつある。一方で開放系に広く分布した種では根絶に向けた対策は難航しているといえる。例えば北アメリカ大陸に生息するアライグマ Procyon lotor は、毛皮獣、伴侶動物としてヨーロッパや日本に導入され(池田 2000)、逸出し、あるいは野外に放逐された個体が広く分布拡大しているが(揚妻-柳原 2004)、これまでに根絶の事例はない。日本においては、1962年に愛知県、1979年に北海道など各地で野生化が確認されており、2007年における環境省の報告では35都道府県で生息が確認されるほど分布が拡大した(環境省自然環境局生物多様性保全センター 2007)。農作物被害の発生に伴い許可捕獲や狩猟による捕獲が行われ、2005年に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(以下,外来生物法)」が施行されると、狩猟免許を所持していない場合でも防除実施計画に基づく防除従事者への登録によって捕獲が行えるなど、捕獲を進めるための法的整備が行われてきた(阿部 2011)。しかし2018年には44都道府県で分布情報が報告されるなど、分布拡大が続いている(環境省自然環境局生物多様性保全センター 2018)。外来生物法においては特定外来生物に指定され、対策の最終目標を野外からの完全排除とされる中で、このように広く分布が拡大した種に対して、関係者がどのような目標を掲げ、どのように対策を進めていくべきなのか検討することは、さらなる分布拡大を防ぐ上で非常に重要である。
アライグマは在来生物の捕食など、在来の生態系への影響をもたらすことが指摘されているが(Matsuo and Ochiai 2009;Kobayashi et al. 2014;Matsunaga 2018;Osaki et al. 2019)、定着し個体数が増加する中で農作物被害が深刻化するなど人間との軋轢が社会的な問題になっている(Ikeda et al. 2004)。このため、例えば2018年度に北海道が全ての道内市町村を対象に行ったアンケート調査では、外来生物法に基づく防除従事者の約7割が農業者であることが確認されるなど(北海道 非公開)、生態系保全よりも農業被害防止を目的とした防除従事者が大きな割合を占めている。農業者が防除実施計画に基づいて捕獲を行う場合、都道府県や市町村など、計画を策定している自治体に申請を行う必要があり、講習等を受講することでアライグマの捕獲を行う資格が得られる。従って、主要な捕獲の担い手である農業者が捕獲に関する知識を得る過程において、自治体職員はその機会を提供する立場にあり、自治体職員は管轄する地域の捕獲対策において鍵を握る存在といえる。つまり、農業者による捕獲対策を強化するために市町村職員が実行できる対策を見いだすことが地域における被害の低減につながると期待される。
これまでに県の捕獲事業や、研究者と農業者の協働、地域住民の協働によって地域的にアライグマを低密度化させた事例が報告されており(阿部 2011;浅田 2013;横山・西牧 2020)、既存制度においても捕獲対策を効果的に進める余地はあるといえる。一方で、市町村が核となって捕獲対策を強化するための具体的な選択肢や、実行のプロセスについては明らかではない。国内の都道府県や市町村職員を対象とした担当者が経験した管理における課題や管理体制に関するアンケート調査では、予算不足、人員不足、専門知識の不足といった課題を自治体職員が感じていることが明らかとなり、国内の取り組み事例の共有を促進することの重要性が指摘されている(Suzuki and Ikeda 2019)。従って、市町村職員の立場において既存制度の中でどのような措置を講じれば捕獲対策を強化できるのか探ることが重要である。
本研究では、農業被害防止を主な捕獲の動機とした外来種対策において、市町村職員が外来生物法や「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(以下、鳥獣保護管理法)」などの既存制度下における実行可能な対策についてどのような改善が図れるか検討することを目的とした。2019年度から市町村によるアライグマの捕獲対策が強化された北海道新十津川町を対象として、捕獲強化対策の効果や、具体的な捕獲強化対策の内容を評価し、市町村職員による対策の選択肢について検討した。
調査地
北海道樺戸郡新十津川町(北緯43.5 °、東経141.9 °、年間降水量(平年値)1608.7 mm、年平均気温(平年値)6.6 ℃)は稲作が盛んな農村地域である(図1)。町の西部に山林が広がり、東部に農地が広がる。北海道のアライグマの生息状況は一様ではなく、新十津川町の位置する空知総合振興局管内では、2020年度の道内における捕獲数25,806頭の約4分の1を占める6,307頭が捕獲されており(北海道, https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/alien/araiguma/araiguma_top.html, 2022年9月5日確認)、14振興局の中で最もアライグマの捕獲数が多い。また農業等被害額についても、空知総合振興局管内では、2020年度の全道の被害額1億4,220万円の約4分の1を占める3,798万円が報告されている(北海道, https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/alien/araiguma/araiguma_top.html, 2022年9月5日確認)。
北海道においては、基本的には外来生物法に基づいて捕獲が行われているが、アライグマによる被害のうち農業被害が深刻であるため、多くの市町村では鳥獣被害防止計画に基づいた捕獲が実施できるよう設定しており、結果的にほとんどの市町村では両方の法的根拠に基づく捕獲が実施されている。新十津川町においても、防除実施計画、鳥獣被害防止計画の両方が存在するが、農業者、狩猟免許保持者、一般住民全てが外来生物法に基づいた防除従事者となり、箱わなの設置や見回りが行われるなど、外来生物法に基づく捕獲体制がしかれている。なお、本稿における狩猟免許保持者は全て農業者である。
材料・方法
新十津川町の捕獲強化対策の効果を評価するため、対策前後における捕獲状況の比較、捕獲強化対策による生息状況の推移、また捕獲強化対策における取り組みの内容の整理を行った。
捕獲強化対策前後の捕獲状況について、新十津川町で初めてアライグマが捕獲された2008年度から強化対策期間(2019-2021年度)までの町内における捕獲数と捕獲努力量の推移を整理した。アライグマは箱わなを使った捕獲が主流であることから、捕獲努力量の指標として箱わな設置日数の合計(以下、わなかけ日数)を使用した。北海道では2004年度から捕獲数、わなかけ日数の情報を各市町村から毎年度収集しており、本研究では新十津川町から北海道へ報告されたわなかけ日数を整理した。新十津川町では、わなかけ日数の情報は、役場による防除従事者への聞き取りや、箱わなの貸し出し記録を通じて集計されている。2019年度からは、新十津川町役場がより詳細な捕獲実施状況を整理するためのカレンダー形式の捕獲記録表の記入を、一部の捕獲に従事した農業者に協力依頼した(以降、協力農家)。協力農家は、防除従事者のうち2019年度では4割、2020-2021年度では8割を占めており、町から調査協力への役務費として報酬10,000円/年度が支給された。2018年度以前は聞き取りした箱わなの設置日数に基づいてわなかけ日数が算出されていたが、2019年度以降のわなかけ日数は、箱わな設置日や捕獲日の日付記録に基づいて算出されている。貸し出し用箱わなにはHavahart社製モデル1079や1089(共にW26.5 cm×H31.5 cm×L81.5 cm)が導入され、誘引餌には米ぬかや酒かす、煮干し、菓子類、肉類、キャットフードやドッグフード、果物などが用いられた。貸し出し用箱わな以外に防除従事者が個人で購入して使用されている箱わなもあるが、どの程度稼働しているのかなどの実態は不明である。
捕獲強化対策期間(2019-2021年度)前後における町内のアライグマの生息状況の推移について、生息密度指標として一般に用いられる単位努力量あたりの捕獲数(CPUE; Catch Per Unit Effort)や、定着状況の指標(捕獲個体数に占めるオスの捕獲数の比率(オス比))(浅田 2013)、農業被害額を年度ごとに整理した。また、捕獲強化対策によってどの程度にまで生息密度を低減できたのか評価するため、除去法に基づく推定生息密度へCPUEを換算する計算式に基づき(環境省北海道地方環境事務所 2008)、捕獲強化対策の最終年度である2021年度における町内の推定生息密度を算出した。
CPUEは800わな日/年度以上のわな稼働があった年度のみ、100わな日/年度あたりの捕獲数を算出した(浅田 2013)。このとき、800わな日/年度を連続して上回った2017-2021年度を分析対象とし、農業被害額についても同期間を比較対象として整理した。CPUEの多寡を評価する上では、「地域からアライグマを排除するための手引き」に記載されている密度区分を参照した(環境省北海道地方環境事務所 2008)。密度区分は、除去法で推定された生息密度とCPUEの相関に基づいて、CPUEの値を0-1頭/km2(CPUE 0-0.913)、1-2頭/km2(CPUE 0.914-2.517)、2-3頭/km2(CPUE 2.518-4.120)、3頭以上/km2(CPUE 4.121-)の4カテゴリに分類されている。ここではこの4カテゴリを便宜的に「低密度」、「中密度」、「高密度」、「超高密度」として生息密度を評価する。
オス比については、捕獲個体の雌雄に関する記録が収集されていた2019-2021年度のみ算出し、値が0.5よりも高いほど遅滞相に近いと評価した(浅田 2013)。遅滞相とは、分布の辺縁部や捕獲等による低密度化によって性比がオスに偏り、繁殖が困難な状態にあることを示す。特に捕獲により低密度化した地域においては、周辺部から出生後分散等でオスが移入することで、オス比が上昇する(浅田 2013)。
農業被害額は、農業者が申告した被害面積に、北海道農政部が提示する作物毎の単価を掛け合わせることで算出されている。新十津川町では、2019年度から家庭菜園等の被害についても参考情報として農業者への農業被害調査と併せて調査されているが、本研究において参照した農業被害データは、収入に関係する被害のみである。従って、農業被害額には家庭菜園被害は含まれておらず、アライグマによる被害を過小評価している可能性は否定できない。しかし現状では、捕獲記録以外に使用できる統計資料で、対策の効果が反映されうる且つ過去から継続的に追跡することができる唯一の指標である。また情報収集の手法は経年変化していないことから、本研究では対策効果を反映する一指標として採用した。
最後に、市町村の担当職員の立場からどのような対策の強化が可能であるか、その選択肢について明らかにするため、新十津川町役場産業振興課農林畜産グループが2019-2021年度に実施した捕獲強化対策や捕獲強化対策に至った経緯について整理した。
捕獲強化対策前後における捕獲状況の比較
新十津川町役場で収集された捕獲記録に基づくと、初めてアライグマの捕獲があった2008年度から、捕獲強化対策を開始する前年の2018年度にかけて、捕獲数は8頭から129頭にまで、年平均12.10頭ずつ増加した(標準偏差22.63)(図2)。捕獲強化対策が始まった2019年度の捕獲数は311頭と2018年度の2倍以上であった(図2)。その後は2020年度の349頭をピークに2021年度には捕獲数は255頭に減少した。
わなかけ日数は、2008年から2018年までの間、240日から2,420日の間で推移したが、捕獲強化対策以降、わなかけ日数は急増し2019年度13,750日、2020年度22,888日、2021年度38,916日と年々増加した(図3)。
捕獲強化対策による生息状況の推移
CPUEは2017年度では7.309、2018年度で5.331となり、密度区分における「超高密度」にとどまっていたが、捕獲強化対策が開始された2019年度のCPUEは前年度の半分以下である2.262に減少した。2020年度にはCPUEは1.525に減少し、2021年度には「低密度」に区分される0.655にまで減少した(図4)。CPUEを生息密度に換算すると、2021年度における新十津川町内のアライグマの生息密度はおよそ0.840 頭/km2だった。捕獲数に占めるオス比は、捕獲強化対策を始めた2019年度では0.585、2020年度0.702、2021年度0.722と年々増加した(図4)。農業等被害額は、対策強化前の2017年度から2018年度にかけて増加しており、2019年度以降では年々減少した(図5)。
捕獲強化対策における取り組みの内容
新十津川町では、1998年から役場にアライグマの目撃情報が寄せられるようになり、2008年7月に初めて箱わなによる捕獲が報告された(平川 2020)。また2008年にはスイートコーンを中心とした果菜類などの農業被害が初めて報告された(平川 2020)。その後、被害防止の目的で被害農家による箱わなを使った捕獲が行われてきたが、農業被害額と捕獲数は増加の一途を辿った(図2、5)。そのため、新十津川町は2019-2021年度の3か年を捕獲強化対策期間として対策に乗り出した(平川 2020)。捕獲対策を強化するために町で行われた取り組みは、捕獲環境の整備、担当職員による調査や働きかけ、積極的な広報活動の3つの概念に大きく分けられる(図6)。
2016年度までは捕獲個体の運搬・殺処分・廃棄場までの運搬の作業を担当職員が担っていたが、2017年度からは担当職員の負担軽減のため、町は捕獲個体の役場までの運搬を防除従事者へ委ね、また町の予算を使って捕獲個体の殺処分を役場の退職者で構成されたアライグマ駆除協議会や猟友会へ、廃棄場までの運搬を一般廃棄物運搬業者に委託していた。
1)捕獲環境の整備町では、2019年度から捕獲報奨金制度の導入を開始した。財源には農林水産省の多面的機能支払交付金を活用し、多面的機能支払交付金で適用される日当単価1,600円/時間を参考に、アライグマの捕獲・積込運搬・箱わなの再設置までに要する時間を1時間と想定して、1頭あたりの金額を1,600円と設定した。2020年度以降は環境省の鳥獣被害防止総合対策交付金も報奨金の財源に加えており、さらに3-6月では1頭につき1,600円から2,000円に増額した。北海道では、3-6月はアライグマの繁殖期にあたり、また一年の中で最も捕獲効率が高い時期であることから(阿部 2008)、個体数削減に効果的な捕獲時期として同時期を春期捕獲推進期間に設定している(北海道, https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/alien/araiguma/spring.html, 2022年9月5日確認)。多面的機能支払交付金は1,200-1,300千円/年度、鳥獣被害防止総合対策交付金は230千円/年度が導入されていた。
農業者が捕獲した場合の捕獲報奨金には多面的機能支払交付金が活用され、農業者以外の防除従事者が捕獲した場合の捕獲報奨金については鳥獣被害防止総合対策交付金(1000円/頭)が活用されるとともに、不足分は町の予算で負担することで、捕獲個体を役場に持ち込んだ者全員に捕獲報奨金が支払われている。また町は、鳥獣被害防止計画において外来生物法に基づく防除従事者証の発行を明記することで、鳥獣被害防止総合対策交付金からの捕獲報奨金の支払いを可能とした。
役場は、作物に被害があった農業者等から捕獲について相談を多数受けていたことから、多面的機能活用交付金を活用し、貸し出し用の箱わなを増量した。町から貸し出すことのできる箱わなは、2017年度には12基、2018年度には20基だったが、2019年度に50基、2020年度に60基、2021年度に20基の箱わながそれぞれ追加で導入されている。このことにより、農業者等へ貸し出しされた箱わな数は2017年度ではのべ38基(24人が申請)、2018年度ではのべ40基(33人が申請)だったが、2019年度にはのべ79基(63人が申請)、2020年度にはのべ129基(103人が申請)まで増加した。また、貸し出し用箱わなを使用している防除従事者は、捕獲個体を役場に搬入した際に、搬入施設に常備されている他の貸し出し用箱わなをその場で借りることができ、迅速に次の捕獲を開始できるような工夫がなされていた。
2)担当職員による調査・働きかけ町では、捕獲記録表を使用し、協力農家から正確なわなかけ日数や使用した誘引餌、箱わなの設置環境(田、畑、納屋など)に関する記録を収集していたが、さらに捕獲報奨金を受け渡す対象者の管理や、町内のアライグマの生息状況把握のための情報収集も行っていた。防除従事者は捕獲個体を役場施設に搬入するため、施設に記録表を配置することで、捕獲者の氏名、持ち込み年月日、捕獲日の記録を収集し、捕獲報奨金の対象者を把握していた。さらにこの記録表に、殺処分担当者が生殖器や体重に基づいて判別した捕獲個体の性齢を追記することで、町内のアライグマの定着状況の調査を行っていた。
また町から防除従事者への働きかけとして、捕獲報奨金の支払いの際など防除従事者と対面で接触がある際に、担当職員が捕獲に関連する相談に乗っていた。自動撮影カメラを使用して箱わな周辺におけるアライグマの出没状況のモニタリングを行い、相談のあった防除従事者に箱わなの設置位置の指導を行うなど、得られた結果の細やかな情報還元がなされていた。
3)積極的な広報活動町では複数の方法で情報発信が行われていた。上記2つの取組みの内容や得られた成果、またアライグマ捕獲に関する情報が、町内広報紙に掲載された。2017-2021年度では計13回掲載があり、2017年度、2018年度は1回ずつ、2019年度は2回、2020年度は4回、2021年度は5回掲載された。全ての年度で年度末である2月または3月に春期捕獲の呼びかけや町が主催する捕獲強化対策開始に当たっての対策説明会や成果報告会の宣伝が行われていた。
成果報告会は、町内での捕獲状況や防除従事者が使用した誘引餌、春期捕獲の重要性などを共有するために捕獲対策強化期間中ではほぼ毎年度末に行われた。成果報告会の実施については、防除従事者に限らず町民全体に広く参加を募るため、各家庭に設置されている防災無線を通じた宣伝や、農協を通じた農家へのチラシ配布が行われていた。参加者数は、対策強化を行う前年度である2018年度に行われた対策説明会では52名(町民18名、関係団体21名、報道機関3名、主催者等10名)、対策強化期間中の2020年度では37名(町民12名、関係団体14名、報道機関1名、主催者等10名)が参加した。2019、2021年度は新型コロナウイルスの感染拡大のため中止となったが、2021年度は代替策として新十津川町役場ホームページ上で成果をとりまとめた動画の配信が行われた。
新十津川町でアライグマの捕獲があるのは11地区中9地区だが、地区ごとに捕獲状況が異なっており、例えば2021年度では花月地区で59頭、総進地区で56頭、大和地区で45頭捕獲された一方で、弥生地区で11頭、中央地区で9頭、幌加地区で3頭捕獲された。そこで、2021年度には、特に捕獲数の多い花月地区、総進地区、大和地区を対象に地域検討会が実施され、捕獲圧を高めるべき場所の共有等が行われた。地域検討会は1月または2月に各地区1回開催され、大和地区では7名、花月地区では4名の防除従事者が参加した。総進地区では新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催ができず、回覧板を通じて地域検討会で使用される予定だった資料の共有が図られた。
2021年度には、3年間の捕獲強化対策の結果を町民に共有するために、2022年3月14日から同年3月25日まで役場のバス待合室でのパネル展示が行われた。さらに2022年1月には普及用リーフレットが作成され、役場窓口や役場主催イベントで配布されている。
本研究によって、自治体、特に市町村職員によるアライグマの捕獲対策において、既存の制度を活用して地域の個体数を抑制するような対策の改善が望めることが示唆された。これまでに国内で報告された地域的なアライグマの低密度化事例は、県が捕獲を主導したもの(浅田 2013)、研究者が農家と共同したもの(阿部 2011)、集落の住民が主導したもの(横山・西牧 2020)が挙げられ、本研究は市町村が主導して行われた数少ない低密度化の報告事例といえる。生息密度の代替指標であるCPUEの低下、捕獲個体に占めるオスの割合の増加、農業被害額の減少から、2019年度から実施された捕獲強化対策を通じて捕獲努力量が大きく向上した効果は大きいといえる。2019年度以降におけるわなかけ日数の収集方法の変更がわなかけ日数の急増に影響している可能性は否定できないが、役場に箱わなの貸し出し申請を行った人数は2019年度およびそれ以降も着実に増加している。従って、2018年度以前のわなかけ日数を過小に評価しているとしても、2019年度以降のわなかけ日数は確実に増加していると考える。また農業被害額の減少については、電気柵や網などによる防護柵の導入による効果も含まれている可能性はあるが、少なくとも対策強化期間においてアライグマの被害に対する防護柵導入への公助はなく、捕獲による効果が大きかったと考えられる。以上のことから、本事例のように、自治体の取り組みの活発化は捕獲対策の大きな推進力になり得るといえる。
捕獲強化対策期間において、貸し出し用箱わなの申請者数は年々増加した。このことにより、新十津川町でのわなかけ日数は増加したと考えられる。防除従事者が増加した背景として、捕獲強化対策の中で貸し出し用の箱わなが増加し、農業者や家庭菜園などを行う一般住民が捕獲に挑戦する機会が増加したこと、捕獲報奨金というインセンティブがあったこと、広報によって町民が捕獲技術や町内の捕獲状況に触れる機会が増加したこと、担当職員による補助体制があったことが挙げられる。貸し出し用箱わなの増加や捕獲報奨金といった捕獲環境の整備には、農林水産省の多面的機能支払交付金や鳥獣被害防止総合対策交付金、町単独予算が活用されていた。過去の低密度化事例でも、対策の体制構築の予算に農林水産省や総務省などの交付金が活用されている(阿部 2011;横山・西牧 2020)。これらの他にも、中山間地域等直接支払交付金や特定外来生物防除等対策事業交付金、地域づくり総合交付金、特別交付税措置など、アライグマの捕獲対策に適用できる交付金や税措置には複数の選択肢がある。これらを活用すればモノ・カネの拡充を通じてヒトの拡充など段階的に町の対策資源を充実させることができる。一方で、広報や担当職員による補助体制は、知識や技術に関する情報共有をするための無形の資源といえる。研究者や地域住民が、対策を主導する立場から捕獲の重要性や捕獲情報を防除従事者やその他地域住民と共有する普及啓発活動は、捕獲努力量の増加に一定の効果があることが認められている(阿部 2011;横山・西牧 2020)。本事例では数値的根拠を明確に得ることはできなかったが、広報誌の掲載回数の増加や貸し出し用箱わなの申請者数の増加を踏まえると、普及啓発には一定の効果があったと考えられる。従って、自治体による捕獲強化対策が効果的となる上では、ヒト・モノ・カネといった町の対策資源に加えて、情報という無形の対策資源を充実させることが重要であるといえる。
本事例を通じて、外来哺乳類の対策において、自治体による対策資源の充実化により農業被害防止を目的とした捕獲が生息密度の低減に貢献したことが実証された。市町村単位では、予算不足や人員不足、知識不足といった課題が挙げられているが(Suzuki and Ikeda 2019)、事例が蓄積されれば、予算拡充の選択肢だけでなく、専門業者や防除従事者等へ作業の一部を委託・協力依頼することで自治体職員の作業負担を分散させるような選択肢も見えてくる(Suzuki and Ikeda 2020)。さらにこれら選択肢の共有が進むことで、各自治体の状況に応じた対策の強化を図ることができ、低密度の密度区分にまでに生息密度を低減することは可能だと考えられる(環境省北海道地方環境事務所 2008)。従って、農業被害防止が目的の捕獲であっても、活動の基盤が整えば地域の捕獲活動を著しく活発化させることができ、根絶への道筋に一定程度貢献することが可能だと考える。ただし、上記のような農業被害防止のための捕獲努力の向上だけで対象種が「根絶」することは考えにくい。外来種対策の中でも比較的広域を対象としている奄美大島のフイリマングース Urva auropunctata の対策事例では、有害捕獲に対して捕獲報奨金のようなインセンティブがあっても、捕獲によって生息密度が低下し捕獲効率が下がることで、捕獲意欲が下がることが指摘されており(石井 2003)、自治体主体の捕獲では、一定の密度までの低下は望めても、根絶の達成は困難と予想される。生息密度が低下し仮に捕獲意欲を維持することができても、高密度なわな配置や、森林などヒトの居住環境から外れた環境での捕獲は、防除従事者の大半が農業者などの地域住民である限りは困難と考えられる。2022年度に全国的に外来生物法に基づく防除実施計画の更新が行われ、多くの自治体ではアライグマについて段階的な対策目標が提示されているが、最終的な対策目標は野外からの完全排除とされている。定着が進んだ自治体においては、まず生息密度の低密度化による被害軽減を第一段階の目標に据え、実行可能な取り組みの改善を図ることが大切であると考える。
捕獲報奨金については、導入によって短期間での捕獲努力量の大幅な増加に寄与できることが本事例で確認されたが、長期的な視点では、いつまで捕獲報奨金を継続するのか、密度低下時における捕獲報奨金の魅力の低下といった課題が残る。これらに加えて事前に想定していた捕獲数以上に捕獲された場合に設定予算によって間接的に捕獲数の制限に繋がる可能性がある。これから導入を検討する地域においては導入に際して検討が必要といえる。
本研究を通じて、市町村が主導するアライグマの捕獲対策では、既存の交付金制度等を活用して町の対策資源であるヒト・モノ・カネ、さらに情報を充実化させることで、農業被害防止を目的とした捕獲であっても町内の生息密度を一定程度にまで低減できることが示された。本研究では一事例を詳細に整理したが、今後市町村による対策事例の蓄積や共有が進めば、強化対策の多様性が増し、アライグマ個体群の低密度管理や被害軽減が推進されることが期待できる。
本稿の作成は、新十津川町役場産業振興課農林畜産グループの皆さまの強力なサポートとご理解によって実現した。アライグマの捕獲に従事されている新十津川町の方々、特に詳細な捕獲記録の収集に協力いただいた協力農家のみなさまなくては、本稿で使用する捕獲情報は得られなかった。また、2名の匿名査読者には数多くの有益なコメントをいただいた。この場をかりて厚くお礼申し上げます。
ORCID iD
Saya Yamaguchi https://orcid.org/0000-0001-9664-8925
Mayumi Ueno https://orcid.org/0000-0002-8257-8011
図1.北海道において2020年度に最もアライグマの捕獲数の多かった空知総合振興局(点線部)の北西部に位置する新十津川町(濃灰色).
図2.北海道新十津川町におけるアライグマの捕獲数の推移.
図3.北海道新十津川町におけるアライグマを捕獲するためのわなかけ日数の推移.
図4.北海道新十津川町における2017-2021年度における町内の生息密度指標(100わな日あたりの捕獲数、CPUE)と2019-2021年度における捕獲数にしめるオス比の推移.2019-2021年度に捕獲強化対策が行われた.
図5.北海道新十津川町におけるの2017-2021年度における町内の農業被害額の推移.2019-2021年度に捕獲強化対策が行われた.
図6.北海道新十津川町において2019-2021年度の間に実施された捕獲強化対策の内容.