論文ID: 2322
風力発電が生物多様性、特に鳥類やコウモリ類などの飛翔動物に負の影響をもたらすことが明らかになる中、温暖化対策を進めつつ生物多様性を保全するための情報の一つとして、鳥類センシティビティマップの重要性が高まっている。本特集号は、2018年日本生態学会第65回大会において、企画シンポジウムS03「鳥衝突を未然に防ぐセンシティビティマップの普及に向けて」が開催されたことを受け、特集号として企画された。本特集号では、鳥類に対する風力発電の環境影響に関し最前線で取り組む7人の識者が、鳥類のセンシティビティマップの有用性と課題について、それぞれの立場から解説する。
The generation of wind power negatively impacts bird and bat species. Therefore, bird sensitivity maps are important tools for conserving biodiversity while promoting the development of renewable energy. This special issue was created in response to Symposium S03 (“Toward the Dissemination of Sensitivity Maps to Prevent Bird Collisions”), which was held at the 65th Annual Meeting of the Ecological Society of Japan in 2018. In this special issue, seven experts at the forefront of research on the environmental impacts of wind power on birds provide their perspectives on the utility and challenges of bird sensitivity mapping.
国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から、気候変動に関する最新の知見をまとめた第6次統合評価書が2023年3月20日に発表された(IPCC 2023)。この報告の中で特に注目されるのは、パリ協定の長期目標である1.5度を達成するためには、温暖化ガスの排出量を2035年までに2019年比で60%削減することが必要であることが明示されたことであろう。地球規模の危機はより一層進行し、対策は一刻の猶予も許されない状況に差し迫っている。このような切迫した気候変動に対し、わが国も、2020年10月に脱炭素社会の実現に向け2050年カーボンニュートラルを宣言し、それに先駆け2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%、さらに50%削減の高みを目指すという野心的な削減目標を掲げたエネルギー政策の道筋を示した(経済産業省資源エネルギー庁 2022)。その実現に向けて大いに期待されているのが、太陽光発電や風力発電といった自然エネルギーを活かした再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化である。中でも、エネルギー変換効率が高く、発電コストが比較的安価に抑えられる風力発電に対する期待は大きく、特に海域に囲まれているわが国にとって導入ポテンシャルの大きい洋上風力発電は、経産省の第6次エネルギー計画において、再エネ主力電源化の切り札として位置づけされている(経済産業省資源エネルギー庁 2023)。2050年カーボンニュートラル達成に向けて、(一社)日本風力発電協会(2021)が試算したわが国における風力発電の導入目標では、2030年までに陸上風力を18〜26GW、洋上風力を10GW、2040年までに陸上風力を35GW、洋上風力を30〜45GW、2050年までに陸上風力を40GW、洋上風力を90GW掲げており、2050年カーボンニュートラルを達成するためには、2030年目標となる18GWの約7倍量が2050年までに導入される必要があるという、驚くべき試算が示されている。
このように2050年カーボンニュートラルの実現に向け、今後、風力発電の大量かつ加速的な導入が進むことが見込まれるが、その一方で、生活環境や自然環境に対する負の影響も顕在化してきている(錦澤 2017)。自然環境では、特に鳥類に対する影響が大きいといわれ、衝突死あるいは生息地の喪失が多数報告されている現状から、IUCN(2021)は、風力発電事業者に対し、風力発電の潜在的影響を注意喚起するとともに、影響緩和策のガイドラインを策定・公開した。わが国でも、平成24年10月以降から、総出力1万kW以上の風力発電の導入に当たっては法アセスの対象となり、環境アセスが義務づけられるようになった。しかし、風力発電はダム事業などのように土地の改変のみに留まらず、供用後に大型の風車ブレードが高速で回転するという事業の特殊性から、環境アセスによる影響評価の不確実性が高く、結果として供用後の予見性が十分担保できないという声も多い。
そこで予防措置の観点から、予め鳥衝突や生息地放棄が発生しやすいエリア情報をマップ化し、それを風力発電事業の計画・立案に早期に反映させることにより、影響を事前に回避するミティゲーションとして、鳥類の営巣地や採餌環境といった生態情報に加え、衝突確率に関わる飛翔高度や回避行動といった行動特性を反映した鳥類の脆弱性マップ(以下、センシティビティマップ)の整備が、現在、風力発電の先進国である欧米諸国を中心に進められている(浦ほか 2021)。事業の計画・立案段階において、センシティビティマップが適切に反映されれば、現在、発生している鳥類に対する重大な環境影響の多くが事前に回避できると期待されている。わが国でも、2018年に陸鳥、2020年に海鳥のセンシティビティマップがEADASを通じて公開され、風力事業の立案・計画に活かされつつある。
このような生物多様性を損なうことを未然に防ぐゾーニング情報の整備の必要性は、近年、環境アセス以外の観点からも高まりつつある。2022年4月、脱炭素社会の実現に向けて改正地球温暖化対策推進法(改正温対法)が施行された。改正ポイントの一つとして注目されているのが、地方創生につながる再エネ導入を促進するため、各地方自治体の実施目標を明確に定めるとともに、再エネを促進する促進エリアの設定を具体的に「見える化」することを求めたことであろう(環境省脱炭素ポータル 2022)。地域における合意形成を効率的に進めるためにも、ポジティブゾーニングとしてのエネルギーポテンシャルだけでなく、ネガティブゾーニングとなる生活環境および自然環境情報のマップ化が欠かせない状況となっている。また、2022年12月に新たな生物多様性に関する世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が生物多様性条約第15回締結国会議(COP15)において採択され、2030年までのミッションとして、「自然を回復の軌道に乗せるために生物多様性の損失を食い止め反転させるための緊急の対策を取る」ことが掲げられた(環境省生物多様性センター 2022)。それを実現するための対策の一つとして、環境省は海域と陸域それぞれの30%を生物多様性保全に資する地域として制定する30×30目標を策定した。30×30目標を達成するために、今後、国立公園などの保護区に加え、保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM)の選定が進められていくことになる。風力発電が生物多様性、特に鳥類を中心とした飛翔動物に負の影響をもたらすことが明らかになる中、温暖化対策を進めつつ生物多様性保全を担保する一つの情報として、鳥類センシティビティマップの重要性が今後ますます高まることが期待される。
本特集号は、2018年日本生態学会第65回大会において、企画シンポジウムS03「鳥衝突を未然に防ぐセンシティビティマップの普及に向けて」が開催されたことを受け、特集号として企画された。本特集では、企画シンポジウムの演者を中心とした、鳥類に対する風力発電の環境影響に関し最前線で取り組む7人の識者が、鳥類のセンシティビティマップについて、それぞれの立場から論考する。はじめに、関島ほかが「鳥類に対する風力発電施設の影響を未然に防ぐセンシティビティマップとその活用方法」において、センシティビティマップの概念について説明し、環境アセスメントとの関わり、これまでに提案されてきた様々なセンシティビティマップの特徴、適切な解像度などについて論じる(関島ほか 2023)。続いて、いくつかの鳥類を対象にセンシティビティマップの具体的な作成と活用方法あるいは課題として、関島ほかが「飛行高度を考慮した大型水禽類オオヒシクイの越冬地と渡りにおける陸上風力発電センシティビティマップ」(関島ほか 2021)、薮原ほかが「北海道北部地地域を対象としたオジロワシの営巣適地推定」(薮原ほか 2022)、風間・綿貫が「洋上風力発電の海鳥への影響を軽減するためのセンシティビティマップの作成手法とその課題」(風間・綿貫 2021)、浦ほかが「陸上風力発電に対する鳥類の高精度な脆弱性マップ作成の実践 -北海道北部地域における事例:手法調査,体制構築,対象種選択,データ収集,マップ作成」(浦ほか 2021)を論じる。また、環境省はすでに日本版鳥類のセンシティビティマップを作成し、環境アセスメントデータベース(EADAS)に公開しているが、作成を担った環境省野生生物課の福田が「環境省による風力発電における鳥類のセンシティビティマップ作成の経緯と課題」において、作成および活用方法を紹介する(福田 2023)。最後に、畦地が「事業者の観点からのセンシティビティマップの普及に向けた課題」として、事業者の立場から見た、環境アセスメント手続きにおいてセンシティビティマップが汎用されていく上での課題について言及し(畦地 2020)、丸山が「科学の不安定と意思決定:風力発電の鳥類への影響を題材として」において、科学の不定性を踏まえたリスク管理のあり方について論じる(丸山 2021)。
本特集号を通して、今後われわれが直面する風力発電の大量導入に対し、グローバルな気候変動対策とローカルな地域生態系保全を両立させる上でセンシティビティマップがその一助になり得ること、さらに、その普及や課題解決に向けて、さらなる情報整備が引き続き不可欠との認識が、われわれと読者との間で共有することができれば望外の喜びである。