論文ID: 2331
要旨:コウモリ類の保全には、その生息洞穴の保全が重要である。本研究では、千葉県の洞穴性コウモリ類の基礎的情報を得ることを目的とし、コウモリ類の生息洞穴の分布を明らかにするとともに、保全上優先すべき洞穴の評価を試みた。コウモリ類の現地調査は、千葉県内の119ヶ所の洞穴で行った。保全上優先すべき洞穴の評価については、コウモリの生息状況から評価するCave Biotic Potential(BP)を用い、相対的な個体数などから最も保全上重要と判定されるLevel 1から最も低いと判断されるLevel 4の4段階で評価した。評価はコウモリの出産哺育等の時期を考慮し4期間に分けて行った。現地調査の結果、70ヶ所の洞穴において、ニホンキクガシラコウモリRhinolophus nippon、コキクガシラコウモリRhinolophus cornutus、モモジロコウモリMyotis macrodactylus、ユビナガコウモリMiniopterus fuliginosusの4種の生息が確認された。ユビナガコウモリについては、初めて県内で出産哺育洞穴が確認された。この出産哺育洞穴では、16,331頭のユビナガコウモリが確認されたことから、千葉県における本種の個体群維持上重要な洞穴と考えられた。春から冬の4期中、少なくとも1期以上についてBPによる評価がLevel 1となった洞穴は15ヶ所と全体の12.6%であった。本研究の結果は、千葉県においてコウモリ類が生息する洞穴ついてその保全対策の優先順位を決める上で有効な情報になると考えられた。一方、ニホンキクガシラコウモリの出産哺育が確認された10ヶ所の洞穴のうち、Level 1とLevel 2となった洞穴はそれぞれ1ヶ所のみであった。本研究でのBPは、確認個体数が大きな影響を及ぼす値であり、ニホンキクガシラコウモリのような少数で出産哺育集団を形成する種に対して、出産哺育洞穴の重要性が過小評価される可能性がある。
Abstract: The conservation of cave-dwelling bats can be improved by prioritization of cave habitat. We surveyed 119 caves in Chiba Prefecture, Japan to determine bat presence and evaluate the caves’ conservation priority value. Using a cave biotic potential (BP) index, which was based in part on bats’ relative abundance, we classified the caves as levels 1–4, where Level 1 indicated the highest priority for conservation. Cave surveys were completed over four seasons, inclusive of nursery and hibernation periods. In total, four bat species (Rhinolophus nippon, R. cornutus, Myotis macrodactylus, and Miniopterus fuliginosus) were confirmed to inhabit 70 of the surveyed caves. Fifteen caves were classified as Level 1 within at least one survey season. In addition, the first nursery cave of M. fuliginosus in Chiba Prefecture was identified, containing 16,331 bats. This cave is likely critical to maintaining the population of M. fuliginosus in Chiba Prefecture. For R. nippon, of 10 nursery caves identified, only one was classified as Level 1, with one additional cave classified as Level 2. Given that R. nippon form small nursery colonies, the BP index, which is strongly influenced by abundance, may underestimate the conservation value of caves inhabited by this species.
コウモリ類は夜間飛翔し、日中はねぐらで過ごす。ねぐらは、コウモリ類の冬眠場所、繁殖場所、スワーミングSwarming(Glover and Altringham 2008)する場所、日中の休息場所として利用され、コウモリ類の生存上重要な場所である(Kunz 1982;Furey and Racey 2016)。洞穴は、コウモリ類の利用するねぐらタイプの一つであり、坑道などの人工的な地下空間や鍾乳洞などの自然洞穴がコウモリ類に利用されている(Furey and Racey 2016)。洞穴は、多くの地域において稀なものであり、またコウモリ類に適した洞穴は限られている(Furey and Racey 2016)。洞穴を利用する種では、一般的にねぐらへの依存性(fidelity)が高く、また、洞穴では、コウモリ類の大規模な集団がみられ、時に100万頭を超える集団もみられる(Furey and Racey 2016)。
世界規模では、既知のコウモリ種のほぼ半数(679種、48 %)が生活史の中で洞穴を利用する(Tanalgo et al. 2022a)。IUCN絶滅危惧種のリストの分析から、洞穴を利用するコウモリのおよそ4分の3が様々な脅威にさらされており、主要な脅威としては、森林伐採、管理されていないツーリズム、採鉱および採石、移動農業がある(Tanalgo et al. 2022a)。旧北区に限れば、主要な脅威は、管理されていないツーリズム、森林伐採、汚染、都市化等となっている(Tanalgo et al. 2022a)。例えば、生息洞穴の放棄の事例として、カナダにある洞穴では観光化によりMyotis leibiiの冬眠場所が放棄された例、洞穴におけるコウモリ類の利用個体数の減少例として、洞穴内への人の侵入や、洞内での作物栽培やグアノ採掘、研究のための捕獲、周辺地域での殺虫剤散布等が原因と思われる例が知られている(Furey and Racey 2016)。日本においては、開発などとともに人為的な洞口閉鎖による生息洞穴の消失等が報告されており(佐野2021)、コウモリ類のねぐらとしての洞穴の保全は課題となっている。
生息洞穴の保全には、人間は侵入できない構造を持ち、コウモリのみの通過を可能にするためのゲートであるバットゲートの設置などの洞穴自体の保全対策と周辺環境の保全対策が必要であるが、どちらも労力やコストがかかる。そのため、優先的に保全すべき洞穴を把握する必要がある(Eurobats 2016)。コウモリ類における保全上重要な洞穴の定量的な評価方法としては、洞穴の生物ポテンシャルCave Biotic Potencial(BP)に基づく評価、脆弱性Cave Vulnerablity(BV)に基づく評価、さらに両者を統合したBat Cave Vulnerability Index (BCVI)による評価方法がある(Tanalgo et al.2018, 2022a)。世界のコウモリ類の生息洞穴については、データベース化が進められており(Tanalgo et al. 2022b)、これを基にBCVIにより評価も行われている(Tanalgo et al. 2022a)。また、フィリピンなどでは地域スケールでもBCVIによる評価が利用されている(Tanalgo et al. 2018;Dundarova et al. 2021;Akmali et al. 2022)。しかし、日本の洞穴については、Tanalgo et al. (2022b)のデータベースには含まれておらず、解析対象に含まれていない。また、ねぐらとなる洞穴の保全対策や保全研究は日本各地で実施されているものの(安井ほか 2012;佐野 2017a, 2023など)、コウモリ類の生息洞穴の評価を試みた報告はみあたらない。一方、日本のコウモリ類の生息洞穴については、鍾乳洞等の自然洞穴とともに、廃坑や隧道等の人工洞穴が生息洞穴となっている(佐野 2017b)。全国コウモリ生息洞穴データベースでは、自然洞穴か人工洞穴か不明のものを除き、生息洞穴1141ヶ所のうち約6割が人工洞穴であり、地域や種により人工洞穴への依存度は異なるものの人工洞穴の重要性が指摘されている(佐野 2017b)。
調査対象地である千葉県では、コウモリが生息する洞穴が42ヶ所確認されており、すべて人工的な洞穴であり(三笠ほか 2005)、主に洞穴を利用する種であるニホンキクガシラコウモリ Rhinolophus nippon、コキクガシラコウモリ Rhinolophus cornutus、モモジロコウモリ Myotis macrodactylus、ユビナガコウモリ Miniopterus fuliginosusの4種が確認されている(三笠ほか2005)。この他、樹木や高架橋等をねぐらとして利用するヤマコウモリ Nyctalus aviator、建物を主に利用するアブラコウモリPipistrellus abramus、高架橋や建物、樹洞、洞穴を利用するヒナコウモリVespertilio sinensisの計3科7種が記録されている(千葉県環境部自然保護課 2019)。
千葉県のレッドデータでは、洞穴性コウモリ4種のうち、モモジロコウモリが「重要保護生物」、ニホンキクガシラコウモリとコキクガシラコウモリが「要保護生物」、ユビナガコウモリが「一般保護生物」に選定されている(千葉県環境部自然保護課 2019)。この内ユビナガコウモリは、洞穴内で大集団を形成するという特徴があり、千葉県においても冬眠期に80,000頭を超える越冬集団が確認されている(三笠ほか2005;繁田ほか2005)。一方、確認されている4種の出産哺育洞穴について着目すると、ニホンキクガシラコウモリ、コキクガシラコウモリ、モモジロコウモリについては出産哺育洞穴が県内で確認されているが、ユビナガコウモリについては確認されていない (三笠ほか2005;繁田ほか2005;前田2009)。このように千葉県では、多くのコウモリの生息洞穴が記録されているが、ユビナガコウモリの出産哺育洞穴などが把握されていないといった課題とともに、確認された洞穴の保全上の重要性について定量的に検討されていない。
そこで本研究では、千葉県における洞穴性コウモリの保全のための基礎的情報を得ることを目的とし、未調査の洞穴が多数存在することから、既知洞穴を含めコウモリが生息する洞穴を明らかにするとともに、Cave Biotic Potencial(BP)を用いて、保全上、優先すべき洞穴の定量的評価を試みる。
調査対象洞穴は、三笠ほか(2005)によりコウモリの生息が確認された洞穴42ヶ所の内の37ヶ所を含む119ヶ所とした (図1、表1)。なお、人工灯の設置された洞穴や陸から近づくことができない洞穴は含まれていない。また、三笠ほか(2005)により生息が確認されていた洞穴のうち、調査を実施できなかった洞穴は、発見できなかった洞穴が4ヶ所、崩落していた洞穴が1ヶ所であった。119ヶ所の内、人工洞穴が118ヶ所、自然洞(海蝕洞)が1ヶ所であり、洞穴の長さは3 m-1850 m であった。人工洞穴のタイプについては、三笠ほか(2005)を参考として、農業用水隧道、防空壕跡、川廻しトンネル、軍事施設跡、隧道・隧道跡、石切場跡、白土採掘抗・跡、水路、放水路跡、海蝕洞、その他・不明に区分した (表1)。
調査は、2009年12月から2010年10月に実施した。調査期間については、三笠ほか (2005) に基づき、冬期、春期、夏期、秋期の4期間実施した。それぞれの期間は、洞穴性コウモリの冬眠期、妊娠期、出産哺育期、交尾期と対応する。各時期の調査は、冬期調査が2009年12月-2010年2月に計85ヶ所、春期調査が2010年4月-6月に計99ヶ所、夏期調査が2010年7月-8月に計106ヶ所、秋期調査2010年9月-10月に計110ヶ所の洞穴でそれぞれ実施された。なお、洞穴の水没などにより入洞できない場合があったこと、調査期間中に洞穴の存在が新たに見つかった場合があるため、一部の洞穴については4期間全てでの調査はできなかった。4期すべて調査できた洞穴は73ヶ所であり、3期が24ヶ所、2期が14ヶ所、1期のみが8ヶ所であった。
各洞穴ではコウモリの生息状況と個体数を把握するため、洞内調査または出洞調査を行った。個体数については、成獣または亜成獣を対象とし、雌親に抱擁されている個体など飛翔能力のない幼獣は対象としなかった。洞内調査では、日中洞穴内部へ入り、懐中電灯を使っての目視観察、またはビデオカメラ(DCR-TRV9 SONY)による写真及び動画撮影により、種と個体数を記録した。ヘテロダイン式のバットディテクター(Mini-3 Bat Detector, Ultra Sound Advice社製)により強く入る周波数帯を記録し、種判別の参考にした。出洞調査は、洞内全体の確認が困難な4洞穴で行った。なお、2洞穴については、コウモリの出洞は確認できなかった。出洞調査では、50 kHz、70 kHz、103 kHzに設定したバットディテクター(Mini-3)3台と赤外線ライト、可視光カットフィルターで覆った光源、ナイトショットモードに設定したビデオカメラ(DCR-TRV9)を用いて撮影を行った。バットディテクターによる種判別については、これまで千葉県内の洞穴で確認されている4種を対象とした。Ohdachi et al.(2009)を参考にして、50 kHzで入感したときはユビナガコウモリまたはモモジロコウモリ、70 kHzで入感したときはニホンキクガシラコウモリ、103 kHzで入感したときはコキクガシラコウモリとそれぞれ判別した。撮影については、日没の30分前から開始し、コウモリの出入りが少なくなるまで出入洞を撮影した。撮影した動画をパソコンへ取り込み、動画を目視することで出洞数と入洞数を数えた。個体数は出洞数から入洞数を引くことで求めた。調査は晴れ、または曇りの日に行った。なお、出洞調査を行った4洞穴には複数の洞口があるが、それぞれ1ヶ所の洞口でのみ調査を行ったため、実際の個体数より少ない可能性がある。
コウモリ類のねぐらの保全上の優先順位ついては、洞穴で確認された生息種の希少度と個体数に着目したTanalgo et al.(2018)のCave Biotic Potential(BP)で評価を行った。また、本調査地ではコウモリは出産哺育時期と越冬時期で異なる洞穴を利用するなど洞穴の利用に関して季節的な相違があり、特定の季節のみであっても重要なねぐらの損失は、個体群の存続に大きな影響を及ぼす可能性があることから、本研究では、冬期、春期、夏期、秋期の4期間ごとにBPを求めた。BPは以下の式で求められる。
BP = Σindividual species score (S)
ここでSは任意の洞穴内で確認されたコウモリの種数を示し、individual species scoreはコウモリの種ごとに以下の式により求められる。
individual species score = A Ar E cons site
ここでA は任意の洞穴内における任意の種の個体数、Arはその種が確認された調査地全体の個体数に占めるその洞穴におけるその種の個体数の割合、Eはその種の固有性、cons はその種の保全上の指標、siteは調査洞穴数に対するその種が確認された洞穴数割合を逆数にしたものである。さらに、Eとconsについては、Tanalgo et al.(2018)により、それぞれ2から5の4段階と2から6の5段階に区分され、Eでは5が最も固有性が高く、consでは6が最も絶滅のおそれの程度が高い。各種のEの区分の判定はコウモリの会(2023)に、consについては環境省レッドリスト(環境省2020)にそれぞれ基づいた(付録1表1)。 ニホンキクガシラコウモリがE = 3、cons = 2、コキクガシラコウモリがE = 4、cons = 2、モモジロコウモリがE = 3、cons = 2、ユビナガコウモリがE = 3、cons = 2となった。また、出洞調査によりコウモリが確認された2洞穴の内、洞穴内調査について実施できなかった1洞穴に関して、バットディテクターにより50 kHzで入感したときはモモジロコウモリまたはユビナガコウモリと判定した。その際のBP算出については、洞穴の重要性の過小評価を避けるため、BPのスコアの高いモモジロコウモリの値を用いた。
得られたBP値は、Tanalgo et al.(2018)に基づき、保全上の優先順位が最も高いLevel 1(BP > 100,000)から、Level 2(100,000 ≧BP > 60,000)、Level 3(20,000 ≧BP > 60,000)、Level 4 (BP < 20,000)までの4段階に区分した。
コウモリ類の生息状況
調査の結果、70ヶ所の洞穴で計4種のコウモリが確認された(付録表2-5)。コウモリが確認された洞穴は千葉県南部に多かった(図1)。また、北部で確認されたコウモリは、ユビナガコウモリ、およびユビナガコウモリとモモジロコウモリの種判別ができなかったコウモリであった(図1)。
利用洞穴数は、ニホンキクガシラコウモリ56ヶ所、ユビナガコウモリ30ヶ所、コキクガシラコウモリとモモジロコウモリでは25ヶ所であった(図1、表1)。洞穴タイプ別の利用洞穴数は、ニホンキクガシラコウモリでは川廻しトンネル、コキクガシラコウモリでは軍事施設跡、モモジロコウモリでは隧道・隧道跡と白土採掘坑・跡、ユビナガコウモリでは隧道・隧道跡が最も多かった。一方出現率では、4種ともに白土採掘坑・跡が高く、6ヶ所すべてがコウモリに利用されていた。
出産哺育集団については、ニホンキクガシラコウモリが10ヶ所、コキクガシラコウモリが3ヶ所、ユビナガコウモリが1ヶ所で確認された。ユビナガコウモリの出産哺育集団は千葉県で初確認となり、16,331頭であった。モモジロコウモリについては、三笠ほか(2005)で出産哺育が確認された洞穴も調査したが、本研究では確認できなかった。
1つの洞穴での最大個体数は、ニホンキクガシラコウモリでは冬期の324頭、コキクガシラコウモリでは夏期の561頭、モモジロコウモリでは夏期の20頭、ユビナガコウモリでは冬期の75,756頭であった。
洞穴の評価
Tanalgo et al.(2018)のBPに基づいて算出された保全上最重要とされるLevel 1に該当した洞穴は、冬期で2ヶ所(2.4%)、春期で7ヶ所(7.1%)、夏期で8ヶ所 (7.5%)、秋期で10ヶ所(9.1%)であった(図2、表2)。
冬眠期に着目すると、冬期にLevel 1となった2洞穴の一つは、年間を通じてLevel 1であり、洞穴タイプは隧道跡であった。この洞穴では冬期に75,756頭のユビナガコウモリの越冬集団が確認されており、これは冬期に確認されたユビナガコウモリの総個体数の99.3%に該当した。もう一つの洞穴については、324頭のニホンキクガシラコウモリの冬眠集団が確認され、洞穴タイプは軍事施設跡であった。
出産哺育期に着目すると、夏期でLevel 1となった8ヶ所の洞穴タイプは軍事施設跡が2ヶ所、川廻しトンネルが1ヶ所、隧道跡が1ヶ所、白土採掘鉱跡が2ヶ所、防空壕跡が1ヶ所、石切場跡が1ヶ所であった。そのうち、川廻しトンネルにおいて、ユビナガコウモリの出産哺育が確認された。この洞穴は、夏期以外の季節はLevel 4であった。また、8ヶ所のうち3ヶ所でコキクガシラコウモリの出産哺育が確認され、うち1ヶ所でニホンキクガシラコウモリの出産哺育が確認された。ユビナガコウモリの出産哺育洞穴とコキクガシラコウモリの出産哺育洞穴については全てLevel 1と評価された。また、三笠ほか(2005)においてモモジロコウモリの繁殖が確認された洞穴もLevel 1だった。一方で、ニホンキクガシラコウモリの出産哺育が確認された10ヶ所の洞穴のうち、Level 1となった洞穴は1ヶ所のみであり、他は、Level 2が1ヶ所、Level 4が8ヶ所であった。
1季節でもLevel 1となった洞穴は、119ヶ所中15ヶ所(12.6%)であった(表1、付録1表2)。Level 3まででは21ヶ所(17.6%)であった(表1)。また4季節すべてLevel 1に該当した洞穴と、3季節がLevel 1に該当した洞穴は、それぞれ1ヶ所であった(付録1表2)。4季節のうち1期でもレベル1となった洞穴については、南端部に多い傾向にあった(図3)。洞穴タイプは白土採掘坑・跡と軍事施設跡が多かった(表1)。また、洞穴の長さについては、計測できなかったものが多いものの、Level 1に該当した洞穴については最も短いもので50 mであった(付録1表5)。
最も確認個体数が少なく、千葉県において重要保護生物に指定されているモモジロコウモリに着目すると、確認された洞穴25ヶ所のうち、8ヶ所がLevel 1となった。
コウモリ類の生息状況
本調査において、洞穴性コウモリ類は4種とも千葉県中南部で多く確認された。これは、人工洞穴自体が山地地形からなる南部に多いことが関係していると考えられる(三笠ほか2005)。一方、山地地形が少ない県北部においても、農業用水隧道においてユビナガコウモリ(一部、ユビナガコウモリとモモジロコウモリの種判別ができなかった個体を含む)が確認された。川廻トンネルや軍事施設跡がみられない台地や平地においては、農業用水隧道が数少ない洞穴性コウモリ類の生息地として機能している可能性がある。
本研究の結果、千葉県においてこれまで確認されていなかったユビナガコウモリの出産哺育洞穴をはじめて確認できた。その個体数は約17,000頭であり、千葉県における本種の個体群維持上重要な洞穴と考えられる。一方、これまで千葉県の隣接地域では、東京都(重昆2023)、茨城県(竹内ほか2015)、埼玉県(町田2018、ただし、絶滅したとされている)、神奈川県(味埜ほか2019;秋山・山口2024)で本種が確認されているが、出産哺育洞穴の報告はない(前田2009)。このことから、本研究で確認された洞穴は近隣地域を含め、ユビナガコウモリの保全上重要性の高い洞穴と考えられる。
洞穴の評価
保全上最も重要とされるLevel 1の洞穴について洞穴タイプに着目すると、白土採掘坑・跡と軍事施設跡が多かった。これらの洞穴は農業用隧道のように直線状ではなく、内部がさらに掘削され複雑に分岐しており、コウモリの休息環境として適した環境を提供している可能性が指摘されている(三笠ほか2005)。一方、これらの洞穴は現在利用されていないため、危険防止のための洞口の封鎖や、崩落後に放置されねぐらとして機能しなくなる恐れがあり(佐野2021)、バットゲート設置や崩落防止等の保全のための対策を行う優先順位を高くする必要があると考えられる。穴の崩落については、本調査でも、三笠ほか(2005)に記載の洞穴No.31の外房線大風穴トンネル上部の隧道で確認されている。
洞穴の評価について季節性に着目すると、4季節すべてLevel 1であった洞穴は1ヶ所のみであった。また、夏期にLevel 1だったユビナガコウモリの出産哺育洞穴は、夏期以外の季節はLevel 4であった。このように、本調査地のようなコウモリの洞穴利用の季節変化が大きい温帯域では、季節ごとの評価が必要であることが示された。
Level 1と出産哺育洞の関係をみると、ニホンキクガシラコウモリ以外の3種はすべての出産哺育洞が含まれたのに対し、ニホンキクガシラコウモリは10ヶ所中1ヶ所とほとんど含まれなかった。本研究で用いたBPは、確認個体数により大きく影響を受ける値であり、ニホンキクガシラコウモリのような少数で出産哺育集団を形成する種に対して、出産哺育洞穴の重要性を評価できない場合があることを示している。
まとめ
本研究の結果、BPにより評価されLevel 1となった洞穴が15ヶ所、Level 1からLevel 3までとなった洞穴が21ヶ所であった。その一方で、ニホンキクガシラコウモリの出産哺育洞が低い評価となった。そのため、千葉県における優先的に保全対策を行うコウモリ類の生息洞穴として、Level1に、Level1以外のニホンキクガシラコウモリの出産哺育洞を加えた24洞穴からLevel 3までを含めた29洞穴とするのが一つの提案として考えられる。一方、本研究では、人為的な攪乱に関連した脆弱性に着目したBVの評価は行えておらず、今後はBVもあわせた評価(すなわちBCVI)が必要である。さらに、日本全体においても、優先的に保全する洞穴の評価が必要と考えられる。
本研究を行うにあたり、繁田祐輔氏には研究、調査手法、調査資料に関するご助力をいただいた。大藪健氏には調査手法に関する助言に加えて、調査にも同行していただいた。福島努氏には南房総を中心に多数の洞穴を紹介していただいた。相沢伸雄氏、相澤敬吾氏、須田守儀氏、池田恵美子氏には洞窟に関する情報を提供していただいた。鈴木康平氏には、地図情報の解析について、協力いただいた。さらに、三笠暁子氏、長岡浩子氏をはじめコウモリの会の方々、明治大学の応用植物生態学研究室の方々、筑波大学の育林・自然保護学研究室の方々、また、杉田正昂氏には、本研究でも調査には多く来ていただき、多大なる協力をしていただいた。心より厚く御礼申し上げる。
表1.千葉県におけるコウモリ類の洞穴タイプ別調査洞穴数、ならびに種ごとLevelごとの確認洞穴数と出現率 | ||||||||||
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洞穴タイプ | 全期間の調査洞穴数 | ニホンキクガシラコウモリ | コキクガシラコウモリ | モモジロコウモリ | ユビナガコウモリ | モモジロコウモリ、またはユビナガコウモリ | コウモリ類の確認洞穴数 ()は% | level 1-3の洞穴数 ()は% | level1の洞穴数 ()は% | |
農業用水隧道 | 23 |
10 (43.5) |
3 (13.0) |
1 (4.3) |
2 (8.7) |
1 |
13 (56.5) |
2 (8.7) |
1 (4.3) |
|
防空壕跡 | 23 |
8 (34.8) |
3 (13.0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 |
9 (39.1) |
1 (4.3) |
0 (0) |
|
川廻しトンネル | 19 | 11(57.9) |
1 (5.3) |
5 (26.3) |
7 (36.8) |
0 |
13 (68.4) |
3 (15.8) |
1 (5.3) |
|
軍事施設跡 | 17 |
8 (47.1) |
8 (47.1) |
5 (29.4) |
4 (23.5) |
0 |
11 (64.7) |
5 (29.4) |
4 (23.5) |
|
隧道・隧道跡 | 15 |
6 (40.0) |
2 (13.3) |
6 (40.0) |
9 (60.0) |
0 |
10 (66.7) |
1 (6.7) |
1 (6.7) |
|
石切場跡 | 7 |
3 (42.8) |
0 (0.0) |
1(14.3) |
2 (28.6) |
0 |
4 (57.1) |
1 (14.3) |
1 (14.3) |
|
白土採掘坑・跡 | 6 |
6 (100) |
6 (100) |
6(100) |
4 (66.7) |
0 |
6 (100) |
6(100) | 5(83.3) | |
水路 | 3 |
1 (33.3) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (33.3) |
0 |
1 (33.3) |
0 (0) |
0 (0) |
|
放水路跡 | 1 |
1 (100) |
1 (100) |
1 (100) |
1 (100) |
0 |
1 (100) |
1 (100) |
1 (100) |
|
海蝕洞 | 1 |
1 (100) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 |
1 (100) |
0 (0) |
0 (0) |
|
その他・不明 | 4 | 1(25.0) |
1 (25.0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 |
1 (25.0) |
1 (25.0) |
1 (25.0) |
|
合計 | 119 | 56(47.1) | 25(21.0) | 25(21.0) | 30(25.2) | 1 | 70(58.8) | 21(17.6) | 15(12.6) |
表2.千葉県における調査期間別の BP の Level ごとの洞穴数、およびコウモリ類の種ごとの出産哺育洞穴数 | ||||||||
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調査期間別の洞穴数と割合(%) | 種ごとの出産哺育洞穴数 | |||||||
冬 | 春 | 夏 | 秋 | ユビナガコウモリ | ニホンキクガシラコウモリ | コキクガシラコウモリ | ||
Level 1 | 2(2.4) | 7(7.1) | 8(7.5) | 10(9.1) | 1 | 1 | 3 | |
Level 2 | 2(2.4) | 1(1.0) | 3(2.8) | 3(2.7) | 0 | 1 | 0 | |
Level 3 | 3(3.5) | 0(0) | 1(0.9) | 3(2.7) | 0 | 0 | 0 | |
Level 4(コウモリ確認) | 43(50.6) | 51(51.5) | 57(53.8) | 52(47.3) | 0 | 8 | 0 | |
Level4(コウモリ未確認) | 35(41.2) | 40(40.4) | 37(34.9) | 42(38.2) | - | - | - | |
合計 | 85 | 99 | 106 | 110 | 1 | 10 | 3 |
図1.千葉県内で洞穴性コウモリ4種が確認された洞穴位置図。図の白から黒のグラデーションは標高を示す。○が調査したが該当種が不在だった洞穴地点、●は該当種が確認された洞穴地点を指す。(a) ニホンキクガシラコウモリ、(b) コキクガシラコウモリ、(c) モモジロコウモリ、(d) ユビナガコウモリ
図2.季節ごとの各Levelの洞穴数
図3.Tanalgo et al. (2018) のCave Biotic Potential (BP)でLevel 1評価となった洞穴の位置図 (左) と出産哺育洞穴の位置図 (右)。○が調査したがコウモリ類が不在だった洞穴地点、●は左図ではLevel 1、右図では出産哺育洞穴に該当する洞穴地点を指す。
付録1表1.種の属性(固有性Eと保全状況Cons)
固有性は、コウモリの会(2023)に基づき、保全状況は、環境省レッドリスト(環境省2020)に基づいた。
Rn: ニホンキクガシラコウモリ、Rc: コキクガシラコウモリ、Mm: モモジロコウモリ、Mf: ユビナガコウモリ
付録1表2.千葉県における調査期間ごとの各洞穴のBPの値とLevel、出産哺育が確認された種。洞穴については、4調査期間のBPの合計値が大きい順に並べている。ただし、Level 4のうち、コウモリが確認されなかった洞穴は除いた。
付録1表3.千葉県におけるコウモリ類各種の調査期間ごと、個体数ランクごとの洞穴数と合計個体数。夏の () 内の数値は、出産哺育が確認された洞穴数を示す。
付録1表4.千葉県でコウモリ類の確認された洞穴における調査日ごとの種別の個体数
付録1表5.コウモリ類の確認された洞穴の市町村、標高、洞穴タイプ、長さ、内部の壁。長さは、トンネルの全長または行き止まりの穴の場合は最深部までの長さ(m)とした。行き止まりの穴の場合は()で示した。