保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
釧路湿原周辺の太陽光発電事業地内におけるキタサンショウウオの卵嚢の移転
照井 滋晴 深津 恵太
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML 早期公開

論文ID: 2333

詳細
抄録

現在、釧路湿原周辺域では太陽光発電施設の乱立によって、絶滅危惧種キタサンショウウオSalamandrella keyserlingiiの生息環境の消失・減少が生じており、効果的な保全対策の検討・実施が急務となっている。筆者らが、太陽光発電事業地内において本種の生息状況調査を行った結果、事業地全域に本種が生息することが明らかになり、保全対策を講じる必要性が生じた。そこで、筆者らは移転による保全対策を実施することとした。保全対策を実施する際は、(1)移転先の選定、(2)移転対象個体の捕獲・保護、(3)遺伝的攪乱への配慮、(4)移転元の選定などの点に留意した。事業地全域での卵嚢確認調査及び事業地南西部に設定した移転先水域への移転は、工事期間中(2018、2019年)及び開所後(2020、2021年)の4年間継続して実施した。加えて、2022年に保全対策後のモニタリング調査として移転先の卵嚢確認調査を実施した。調査の結果、2018年から2020年までは、改変区域内の卵嚢数が年々減少していたが、施設開所から2年目の2021年に産卵地点数及び卵嚢数が増加に転じた。この結果から、改変区域における繁殖水域や植生の回復・安定とともに残存していた亜成体や成体による産卵が増加したことが示唆された。保全対策の結果、2018年に移転した卵嚢由来の雌雄がともに繁殖活動に参加し始めると考えられた2021年に、移転先で確認された卵嚢数(333対)が、2020年(107対)と比べ約3倍に増加した。2022年に確認された卵嚢数も282対と同様の水準を維持していた。統計解析の結果でも、卵嚢数が年の経過とともに有意に増加していることが示された。そして、卵嚢数に影響を与えると考えられている繁殖期の降水量と移転先の卵嚢数の間に有意な関係性が検出されず、卵嚢数の増加の要因が繁殖期の降水量ではないことが示唆された。この結果から、2018年,2019年に実施した移転による効果が得られていると考えられた。本研究と先行研究により、少なくとも数年間の時間スケール(繁殖開始齢を越える程度)であれば個体群の一部を移転できることが明らかになった。ただし、5年から数十年の時間スケール(個体の寿命を越える程度)での移転を成功させるには、今後の継続したモニタリング調査とともに、野外での個体群密度の決定要因を明らかにする必要がある。

著者関連情報
© 著者

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
前の記事 次の記事
feedback
Top