論文ID: 2333
現在、釧路湿原周辺域では太陽光発電施設の乱立によって、絶滅危惧種キタサンショウウオSalamandrella keyserlingiiの生息環境の消失・減少が生じており、効果的な保全対策の検討・実施が急務となっている。筆者らが、太陽光発電事業地内において本種の生息状況調査を行った結果、事業地全域に本種が生息することが明らかになり、保全対策を講じる必要性が生じた。そこで、筆者らは移転による保全対策を実施することとした。保全対策を実施する際は、(1)移転先の選定、(2)移転対象個体の捕獲・保護、(3)遺伝的攪乱への配慮、(4)移転元の選定などの点に留意した。事業地全域での卵嚢確認調査及び事業地南西部に設定した移転先水域への移転は、工事期間中(2018、2019年)及び開所後(2020、2021年)の4年間継続して実施した。加えて、2022年に保全対策後のモニタリング調査として移転先の卵嚢確認調査を実施した。調査の結果、2018年から2020年までは、改変区域内の卵嚢数が年々減少していたが、施設開所から2年目の2021年に産卵地点数及び卵嚢数が増加に転じた。この結果から、改変区域における繁殖水域や植生の回復・安定とともに残存していた亜成体や成体による産卵が増加したことが示唆された。保全対策の結果、2018年に移転した卵嚢由来の雌雄がともに繁殖活動に参加し始めると考えられた2021年に、移転先で確認された卵嚢数(333対)が、2020年(107対)と比べ約3倍に増加した。2022年に確認された卵嚢数も282対と同様の水準を維持していた。統計解析の結果でも、卵嚢数が年の経過とともに有意に増加していることが示された。そして、卵嚢数に影響を与えると考えられている繁殖期の降水量と移転先の卵嚢数の間に有意な関係性が検出されず、卵嚢数の増加の要因が繁殖期の降水量ではないことが示唆された。この結果から、2018年,2019年に実施した移転による効果が得られていると考えられた。本研究と先行研究により、少なくとも数年間の時間スケール(繁殖開始齢を越える程度)であれば個体群の一部を移転できることが明らかになった。ただし、5年から数十年の時間スケール(個体の寿命を越える程度)での移転を成功させるには、今後の継続したモニタリング調査とともに、野外での個体群密度の決定要因を明らかにする必要がある。
The construction of solar power generation plants in the Kushiro wetlands has led to loss of habitat for the endangered Siberian salamander (Salamandrella keyserlingii), and effective conservation measures are urgently needed. At the request of the solar power producers, the Siberian salamander habitat within the project site was surveyed. The results showed that a broad area within the project site was inhabited by this species, necessitating conservation measures. The solar power producers agreed to the proposed conservation measures, which included translocation of salamander egg sacs. The following points were considered for implementing conservation by translocation of egg sacs: selection of translocation destinations, selection of individuals to be translocated, consideration of genetic disturbance, and selection of translocation sources. Over a 4-year period, during both construction of the site (2018–2019) and after its opening (2020–2021), egg-sac surveys were conducted annually across the project site, and egg sacs were continuously transported to waters in the southwest area of the project site. A final egg-sac survey was conducted in the translocated water area in 2022. The results of the surveys showed annual reductions in the numbers of spawners across the project site from 2018 to 2020. However, the numbers of spawning sites and spawners increased in 2021, the second year of operation of the facility, likely due to increased spawning by surviving subadults and adults as the habitat recovered and stabilised. The 2021 survey, which was conducted following egg-sac translocation, recorded 333 egg sacs in the translocated water area, representing a ca. three-fold increase compared to 2020 (107 egg sacs), likely through the reproductive activity of both males and females derived from egg sacs relocated in 2018. In the 2022 survey, 282 egg sacs were recorded, again representing a ca. three-fold increase compared to 2020. Thus, the numbers of egg sacs increased significantly over time. No significant relationship was detected between precipitation during the breeding season and the numbers of egg sacs in the translocated water area, indicating that precipitation was not responsible for the observed increases in egg-sac numbers, and that translocation efforts in 2018 and 2019 were effective. This study and previous studies have demonstrated the efficacy of translocating a portion of a Siberian salamander population over a time scale of several years (beyond the age at which individuals begin to reproduce). However, achieving successful population translocation over time scales from 5 years to several decades (beyond the life span of individuals) will require continued monitoring and clarification of the determinants of Siberian salamander population density in the field.
キタサンショウウオSalamandrella keyserlingiiは、全長約11-13 cm の小型サンショウウオで、ロシア、カザフスタン、モンゴル、中国、北朝鮮、日本の6ヶ国に分布している。日本国内では北海道の釧路湿原と上士幌町、北方領土の国後島に局所的に分布する(佐藤・松井 2013;Matsui et al. 2019)。国内で本種が主に分布する釧路湿原域では、ヨシPhragmites australis (Cav.) Trin. ex Steud.やスゲ類Carex spp. が優占する低層湿原が主要な生息地であり、3月下旬から5月上旬にその湿地内の止水域で繁殖活動を行う(Hasumi and Kanda 1998;照井・野本2022)。非繁殖期は、主に陸上で活動し(Hasumi and Kanda 2007;照井ほか 2012),小型の無脊椎動物を採餌する(佐藤 2014)。冬期は、ヤチボウズ(根本から隆起したカブスゲC. cespitosa L.)やミズゴケ類Sphagnum spp.のブルテ、土中などに入り越冬すると考えられている(橋本 1972;高山 1975;佐藤・松井 2013)。行動圏の詳細は明らかになっていないが、繁殖水域で捕獲した個体が、非繁殖期に約100 m 離れた地点で再捕獲された報告がある(佐藤・松井2013)。
釧路湿原域では、国立公園の特別保護地区指定や地方自治体による天然記念物指定によって保護されている個体群もあるが、本種の生息地の3分の2 程度が保護区外にあり、道路建設、宅地・農地開発などによる生息地の分断化や消失が継続している(佐藤・松井 2013)。特に、近年では太陽光発電施設の乱立による生息環境の悪化が著しい(環境省 2020a)。このような背景から、環境省のレッドリスト(環境省 2020b)では、それまで選定されていた準絶滅危惧のカテゴリーから、より絶滅の危険性が高いという評価である絶滅危惧IB類に2ランク上昇した。北海道のレッドリスト(北海道 2015)においても絶滅危惧IB類に選定されており、保全対策が急務となっている。
太陽光発電施設の建設を含む大規模開発事業が実施される際は、両棲類に対する環境保全措置として、ミティゲーション5原則に則り、事業影響の「回避」、「低減」、「代償」のいずれかを目的とした対策が行われているが、多くの場合「代償」措置として移転事業が実施される(長谷川ほか 2015)。移転による保全対策は国内外で行われており、国外では多くの移転事例の報告やレビューがなされている(例えば、Germano and Bishop 2009;Smith et al. 2020)。国内においても、トウキョウサンショウウオHynobius tokyoensisの保全措置として道路建設時に卵嚢や幼生を代替産卵水域へ移転した事例があり、事業後20年以上経過しても個体群が維持されていることが報告されている(大磯ほか 2020)。しかし、国内の移転事例の多くは、その効果を判断できるほど十分なモニタリングが行われていない状況にある(長谷川ほか 2015)。キタサンショウウオの保全対策としては、過去に大規模な移転事業が実施されているが、長期モニタリングの結果、十分な効果が得られているとは言えない状況であることがわかり、移転による保全には留意するべき課題が多いことが報告されている(照井ほか 2022)。釧路湿原域における大規模開発事業におけるキタサンショウウオの保全対策の一例として、太陽光発電施設建設事業地で実施した本種の生息状況調査の結果に基づいて、本種の主要な繁殖水域及び非繁殖期の活動場所が確認された区域への太陽光発電パネルの設置を部分的にやめる(「回避」する)ことに事業者が同意し、保全区域として保全した事例も存在する(照井・佐藤 2020)。ただし、開発計画が変更される事例は太陽光発電施設の建設に関わらず全国的に見ても非常に稀であり、必ずしも開発事業者と合意形成ができるとは限らない。そして、事業計画の変更が難しく、選択可能な保全対策が移転しかない場合も十分に考えられる。
そこで本報告では、太陽光発電施設とキタサンショウウオとの共存の可能性を図るために実施した移転による保全対策の事例について、事業地内で実施した本種の卵嚢確認調査の結果とともに報告し、今後の本種保全の一助となる情報として蓄積することを目的とする。本調査が実施されるに至った経緯としては、2017年に筆者が事業者から事業地周辺域における希少生物の分布状況などについてのヒアリングを受けたことに始まる。その際に、これまでの本種の分布情報から事業地内にも本種が生息する可能性が高く、生息していた場合は保全対策を講じる必要がある旨を指摘した。そして、その保全対策として、生息確認地点におけるパネル設置位置を変更して環境改変の影響を「回避」することを提案したが、計画の変更は困難であるという返答を受けた。そこで、改めて「代償」措置として本種の移転を実施することを提案し、了承を得た。そして、本種の生息状況調査を実施し、その結果をもとに随時事業者と協議を行い、移転対象個体や移転元・移転先の選定などについて具体的に議論して保全対策を講じていくことで合意した。なお、太陽光発電施設の建設当時(2017-2020年)は、建設にかかる環境アセスメントの実施義務はなかったが、事業者による自主的な取り組みとして、本種のアセスメント調査と保全対策が実施された。
調査地
本調査地は、釧路湿原南東部に位置しており、かつて湿原を草地造成し採草地として利用されていた土地であったが、近年は採草地としての利用はなく未利用地となっていた。未利用地となってからは、遷移により再湿原化が進み、ヨシやスゲ類、ホザキシモツケSpiraea salicifolia L.などが優占する湿原環境を呈していた。太陽光発電施設の建設工事は2017年7月から着工し、2020年2月に施設が開所した(発電規模:92.2 MW、敷地面積:約210ha)。調査地の緯度・経度などの情報は,本種の保全の観点から記載しない。
方法
1)卵嚢の確認調査太陽光発電事業地内におけるキタサンショウウオの生息状況を確認するために、産卵された卵嚢の確認調査を実施した。調査では、事業地全域を2名で踏査し、本種の産卵状況を目視で確認した。卵嚢が確認された場合には、詳細な確認地点、卵嚢数、卵嚢付着基物、産卵地環境を記録した。確認地点については、半径約1mの円の範囲内に存在する卵嚢を合わせて1地点として記録し、同一の水域内であってもそれ以上離れた距離にある卵嚢は別地点として扱った。調査は、工事期間中である2018年、2019年、開所後である2020年、2021年、2022年の計5年間実施した。2018年-2021年の4年間は、卵嚢の確認調査で確認された卵嚢のうち、工事による産卵水域の環境の悪化が懸念され、保全対策が必要と判断したものについては、移転による保全対策も併せて実施した。2022年は、保全対策後のモニタリングを目的とし、事業地南西部に位置する移転先水域のみで卵嚢の確認調査を実施した。各年の調査日は、本種の繁殖活動に対して影響を与えないように、卵嚢の産み付けが概ね終了したと考えられる時期とし、2018年は4月22-24日の3日間、2019年は5月1-3日の3日間、2020年は5月7、8日の2日間、2021年は5月6、7、9、10日の4日間、2022年は5月2日の1日間で実施した。
2)移転による保全対策2018年4月に実施した生息状況調査によって当該事業地内の広範囲で本種の産卵が確認されたため、本種の保全対策を講じる必要性が出てきた。そして、卵嚢の確認調査の結果を基に、具体的な移転の方法について事業者と協議を行い、本種の卵嚢の移転を実施した。また、移転の実施期間は、工事期間2年(2018、2019年)に、工事作業によって攪乱された事業地内の植生がある程度再生するまでの期間として開所後2年(2020、2021年)を加えた4年間とすることで合意を得た。
移転作業を実施するにあたっては、照井ほか(2022)において移転の留意点として挙げられている「移転先の選定」、「移転対象個体の捕獲・保護」、「遺伝的攪乱への配慮」に加え、「移転元の選定」について検討した。
「移転先の選定」については、当該事業地内に位置し、工事による改変の影響が水域に生じていないこと、周囲に変態・上陸後の個体が成育可能な陸上環境が隣接していること、移転先の水質に釧路湿原域の他の繁殖水域と大きな違いがないことなどを条件として選定した。その結果、改変区域の境目である事業地南西部に位置する明渠排水路跡に決定した。本明渠排水路跡には、水の流れはなく、遷移による植生の繁茂や土砂の流入によって所々で水路が分断されることで、いくつもの水域が出来上がっており、このうち8水域を移転先として利用することとした。これら8水域では既に本種の産卵が多数確認されていた。明渠排水路跡の周囲には、ヨシやツルスゲ C. pseudocuraica F. Schmidt、ホザキシモツケが繁茂し、これらの植物は本種の卵嚢の付着基物として利用されていた。付近には事業により改変されていない陸域環境が拡がり、本種の越冬場所として利用されていると考えられているヤチボウズも点在しており、本種の非繁殖期の活動場所や越冬場所が隣接していると判断した。移転先の水質については、卵嚢の確認調査時に水温や水質(pH、DO、EC)をポータブルpH/EC計(WM-22EP、東亜DKK)、ポータブルDO計(DO-24P、東亜DKK)を用いて測定した。その結果、これらの項目については、照井ほか(2018)で報告されている他の自然繁殖水域と大きな差がなかった(表1)。また、卵の発生に影響を与えるとされる鉄膜や鉄フロックの発生も確認されなかった(田崎ほか 2008)。その他、卵嚢の確認調査時に本調査地内において本種の天敵となり得るタンチョウGrus japonensisやキタキツネVulpes vulpes schrenckiの生息を確認している。ただし、これらの種は当該地域において在来種であり、事業地内に生息する本種個体群に負の影響を与えるほどの食害が発生するとは考えにくい。以上の点から、移転した卵や孵化した幼生、変態・上陸後の個体が成育可能な水域環境及び陸上環境があると判断した。ただし、既存の個体群の産卵が確認されている水域への移転は、種内競争や環境収容力の超過を生じさせ、保全対策の効果が得られないことが危惧されている(長谷川ほか 2015)。特に小型サンショウウオ類には幼生間で共食いが生じる種が多く存在するため(高原ほか 2019;Atsumi and Kishida 2020)、共食いによる種内競争が生じやすい。しかし、本種の幼生では同種間の共食いが確認されておらず(照井 2014)、他種の小型サンショウウオ類と比べ、既に同種が産卵する水域への移転であっても効果が得られやすいと判断した。ただし、餌資源を巡った競争が生じる可能性は否定できないことや移転先水域に生息する水生昆虫など他種への影響が予想できないことから、種内競争や他種への影響をできる限り抑制するため移転先を8水域に分散させるようにした。
「移転対象個体の捕獲・保護」については、本移転作業では、卵嚢のみを移転対象とすることとし、陸上生活をしている成体や亜成体の捕獲は実施しないこととした。その理由として以下の点が挙げられる。まず、両棲類の場合、移転後に定着する可能性は、卵や幼生といった初期ステージの方が高いと報告されている点である(Beebee 1996;Semlitsch 2002)。これは、成体は繁殖場所や行動圏へのこだわりが強く、移転しても移転先に定着しない可能性が高いためである(草野・川上 1999;Semlitsch 2002)。次に、陸上生活をしている個体は、繁殖期の短い期間以外は隠棲的で捕獲することが困難であるが、卵嚢は繁殖水域から動かず、採集が容易であるためである。そして、移転元の生息地の環境が完全に消失しないのであれば、成体を残すことで個体群が残存・回復する可能性があり、開発の計画(生息環境の改変の度合い)に応じて、移転の是非を判断する必要があると考えられているためである(照井ほか 2022)。本事例においては、太陽光発電施設の建設予定地に盛土を実施せず、架台は金属の杭を土中深くに打ち込むことで固定されており、工事終了後に植生が回復し、再び本種の生息環境として機能する可能性が高いと判断した。
生物多様性の保全の観点から行うべきとされる「遺伝的攪乱への配慮」については、移転元から移転先の距離や移動を制限する要因の有無から検討した。本事例においては、移転先の水域から最も遠くに位置する移転元の水域までは約1.5 km離れていた。有尾類の活動範囲(繁殖水域からの分散距離)は、直径100-300 mほどであり、本種においてもそれ以上の移動が確認された事例はない(草野・川上 1999;佐藤・松井 2013;小林ほか 2015)。本事業地内では、移転元と移転先の水域間には、本種の移動を制限する大河川や谷、人工構造物などは存在せず、両地点間には繁殖水域が点在しており、個体群間の遺伝的な交流が可能であったと考えられた。そのため、本事例において遺伝的攪乱が生じるリスクは高くないと判断した。
最後に「移転元の選定」については、卵嚢の確認調査の際に事業地内において確認された産卵地点のうち、草刈り、管理用道路の敷設、太陽光パネル架台の杭打ちなどによって生息環境が改変された影響で、水位の低下(乾燥)や土砂の流入など卵嚢及び孵化した幼生に対して負の影響を与える可能性が高いと判断した水域を対象とした。改変による影響がない(あるいは少ない)繁殖水域については、以下の2点から事業地内であっても対象外とした。まず1点目は、成体と同様に、生息地の環境が完全に消失せず、卵や幼生、変態・上陸後の個体の成育可能な環境がある程度維持されているのであれば、卵嚢を残すことで個体群が残存・回復する可能性があると考えたためである。2点目は、移転する卵嚢数を減らすことで移転先での餌資源をめぐる競争を抑えることである。対象とする水域は、工事の進捗や改変作業による周辺環境(植生や水域の状況)の変化に応じて年毎に判断した。
移転作業は、2018年は5月5日、6日、2019年は5月3日、2020年は5月8日、2021年は5月10日に各日とも2名で実施した。移転対象とした卵嚢は、水を張ったバケツに回収し、水温が急激に変化しないように注意しながら、速やかに移転先まで運んだ。また、水域に投入する際も水温に徐々に慣らすように配慮した。その他、水位の低下による卵嚢の乾燥被害が生じないよう、岸部より水深の深い中央部に投入した。
3)統計解析卵嚢の移転が移転先の成体個体数の増加に寄与していることを確認するために、移転先の水域における卵嚢数(移転した卵嚢数は含まない)の変化を、卵嚢数を応答変数、調査年を説明変数とした単回帰分析で検証した。また、トウキョウサンショウウオでは卵嚢数と繁殖期の降水量の間には正の相関関係があると報告していることが知られているため(小賀野ほか2016)、卵嚢数の変化が降水量(3月、4月の合算)で説明されるか否かも別途卵嚢数を応答変数、降水量を説明変数とした単回帰分析で検証した。気象データは、国土交通省気象庁のホームページから取得した(「過去の気象データ検索」https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/index.php, 2024年6月4日確認)。解析には、解析ソフトウェアR4. 2. 0(R Core Team 2022)を使用し、有意水準を5 %とした。
卵嚢の確認調査
調査初年である2018年4月に事業地の広範囲で本種の産卵を確認し、事業地内に本種が広く分布することが明らかになった(図1)。確認された卵嚢数は計162対(40地点)であった。その後、2019年には158対(45地点)、2020年には156対(60地点)、2021年には492対(110地点)の卵嚢を確認することができた。移転先水域のモニタリング調査のみを実施した2022年は282対(47地点)であった。産卵場所は、湿地内の窪地に雪解け水や雨水が溜まった水溜り、重機による轍跡、採草地として利用されていた頃に整備された明渠排水跡であり、いずれも止水環境であった(図2)。いずれの調査年においても、調査時に産卵後間もない卵嚢は確認されておらず、繁殖期は終息していたと考えられた。
移転による保全対策
移転を実施した各年の移転対象とした地点数及び卵嚢数は、2018年は28地点から99対、2019年は9地点から20対、2020年は13地点から26対、2021年は12地点から36対であり、4年間で計181対の移転を実施した。
移転先における卵嚢数(移転した卵嚢は含まない)は、2018年は56対、2019年は82対、2020年は107対、2021年は333対、2022年は282対であった(図3、図4)。移転先の水域における卵嚢数の年変化を単回帰分析により検証した結果、卵嚢数が有意に増加していることが示された(切片 = -141834.00、調査年の係数 = 70.30、SE = 69.24、r2 = 0.775、p = 0.049)。卵嚢数の年変化と降水量の関係性について単回帰分析により検証した結果、卵嚢数と降水量の間には有意な関係性が検出されず(切片 = -0.00000002、降水量の係数 = 0.148、SE = 1.142、r2 = 0.022、p = 0.812)、ほとんど相関がないことが示された。
改変区域における卵嚢数の変化
産卵状況調査の結果を見ると、2018年から開所年の2020年までは、改変区域内の卵嚢数が年々減少していたが、開所2年目の2021年は、産卵地点数及び卵嚢数が増加に転じた(図3)。これは、工事による生息環境の改変が生じなくなったことで、繁殖水域の攪乱がなくなったことに加え、消失・劣化していた植生が回復し、移転の対象とせず残存していた成体(改変時に亜成体だった個体を含む)による産卵が増加したためである可能性がある。ただし、本種の卵嚢数には年変動があるため(照井・佐藤 2016)、卵嚢数の増加が継続的なものであるのか否かを判断するためには、今後も継続したモニタリング調査が必要と考えられる。
既往研究では、本事例のような事業の工法から改変後の環境変化を予測して移転対象個体を決めた事例、改変区域におけるサンショウウオの卵嚢数の変化を改変後にも継続的にモニタリングした事例はともに確認できなかった。本事例によって得られた知見は、今後移転によって本種や近縁他種の保全対策を講じる際に、移転対象個体の選定や移転事業後の個体群の回復を促進するための一助となると考えられる。
移転による保全対策の効果
本事例では、2018年に最初の移転作業を実施して以来、2021年まで移転作業を4年間継続し、移転先の卵嚢確認調査は2022年まで5年間実施した。
本種のオスは2-3年、メスは3-4年で性成熟する(Hasumi 2010)。そのため、2018年に移転を実施した卵嚢から孵化した幼生が成長し、成熟して繁殖活動に参加するのは、オスで2020年以降、メスで2021年以降となると考えられた。そして、移転由来のメスが繁殖活動に参加し始めると考えられた2021年の調査において移転先の水域で確認された卵嚢数(333対)は、2020年(107対)と比べ約3倍に増加した(図3)。2022年については、282対であり、前年度より減少したものの2020年までと比べ約3倍の卵嚢数を維持している。本保全対策では、既に本種の産卵が確認されている水域へ移転しており、移転した卵嚢由来の個体の増加であると明確に判断することはできない。しかし、移転した卵嚢由来の個体が雌雄ともに成熟すると考えられた2021年に、前年までより卵嚢数が大幅に増加したことから、2018年、2019年に実施した移転による効果が少なからず得られていると考えられる。統計解析の結果、卵嚢数が年の経過とともに有意に増加していることが示された。また、各年の卵嚢数と、卵嚢数に影響を与えると考えられている繁殖期の降水量の関係性を検証した結果を見ると、両者の間に有意な関係性が検出されず、卵嚢数の増加に繁殖期の降水量は関係性がないことが示唆された。この点も、移転の効果による卵嚢数の増加を支持する根拠の一つとなると考えられる。
Germano and Bishop (2009) は移転を成功と判断する基準として、少なくともその種が成熟するまでの期間のモニタリング継続を前提とした上で、移転先での繁殖成功により、個体群に新規参入個体が大幅に追加されたという証拠があることを挙げている。しかし、日本の国直轄道路事業における両棲類の移転措置後のモニタリング期間は、移転の翌年の繁殖期まで実施した事例が最も多く(72.2%)、次に多い移転当年のみの事例も加えると全体の約90%であると報告されており(長谷川ほか 2015)、多くの事例で移転の成否を判断できるほど十分なモニタリングが行われていない状況にあった。本事例では、Germano and Bishop(2009)が推奨している移転対象種が成熟するまでの期間のモニタリング調査を継続したことで、移転による保全対策の効果を検証することができたと考えられ、継続的なモニタリングの重要性を示す事例となったと考えられる。ただし、過去に行われた本種の移転事業において、移転3年後に卵嚢数が増加したものの、移転5年目から増減しながらの減少傾向に転じ、26年目に卵嚢が確認できなくなっていることが報告されている(照井ほか 2022)。そのため、移転後の卵嚢数の増加が継続的なものであるのか否かを判断するためには、今後も継続した長期的なモニタリング調査を実施する必要があると考えられる。
事業者への提案
移転作業による保全対策の成否を正確に評価するためには、上述の通り長期的なモニタリング調査が必要である。そして、卵嚢数と繁殖水域や周辺域の環境のモニタリング調査に基づき、数年毎に経過を評価し、その結果を基に、繁殖水域や非繁殖期の休息場所、越冬場所の整備や創出、維持管理などを順応的に実施することで、個体群の定着や再生産を安定的に維持させることができると考えられる(照井ほか 2022)。そのため、事業後も、関係行政機関や専門家、地域の環境保全団体などと協力し、数年毎に卵嚢数の推移や周辺環境の変化をモニタリングし、その結果に基づいて移転による保全対策の効果の評価及び維持管理を実施することが望ましい。
本調査では、改変区域内においても、工事終了後に植生が回復し、本種の生息環境として機能している様子が確認された。今後は移転先である事業地南西部の水域で産卵された卵嚢から孵化・成長した個体が、改変区域内へ生息範囲を広げる可能性も十分に考えられる。そのため、本事業と同様に改変区域内の植生の回復が見込まれる事業においては、改変区域内の環境についても、本種の保全のために維持されることが望まれる。本事業地においては、今後新たな太陽光発電パネルの設置などの改変作業の予定はないこと、施設の開所時に粉塵抑制剤や防錆材、融雪剤、除草剤など本種の生存に対し負の影響を与える可能性のある薬剤の使用予定はないことなどが事業者への聞き取りからわかっている。ただし、改変区域内の除草作業は、年2回(6-10月)、パネル前面の約1.5 m範囲を、高さ10-20 cmの高さで実施することになっている。本種は主に地表部を活動場所とするため、除草作業によって負の影響が生じる可能性がある。そこで、本種との共存を考えるのであれば、できる限り改変区域内の植生を維持する必要があるため、除草範囲を必要最低限とし、刈払う高さをできる限り高い位置にするといった配慮が行われることが望ましい。
今後の改善点
この研究と照井ほか(2022)により、少なくとも数年間の時間スケール(繁殖開始齢を越える程度)であれば本種個体群の一部を移転できることが明らかになった。ただし5年から数十年の時間スケール(個体の寿命を越える程度)での個体群移転の成功例は知られていない。これを成功させるには、野外でのキタサンショウウオ個体群密度の決定要因(産卵水域密度、成体生息地の質と量、越冬地密度など)を明らかにする必要がある。
過去に行われた本種の移転事業では、非生息地であった移転事業地に繁殖水域を造成して移転を行った(照井ほか 2022)。対して、本事例では、移転先水域を含む調査地全域において本種の生息が確認されていた。そのため、水域及び陸域における餌生物や水域内における天敵の有無や多少に関する調査の優先順位は低いと判断し、未調査のまま「移転先の選定」を行った。しかし、本事例のように、既存の個体群が存在する水域に卵嚢の移転を行う場合、餌資源を巡った同種内での競争が生じる可能性があるため、餌資源の有無や多少は、移転作業前に調査すべき重要な指標であったと考えられる。確保できる人的・時間的・経済的なコストによって実施の可否が判断されるものの、今後同様の保全対策を講じる際は、可能な範囲で事前調査として実施すべき調査項目であると考えられる。また、「遺伝的攪乱への配慮」については、移転元と移転先の水域間に、本種の移動を制限する大河川や谷、人工構造物などは存在せず、両地点間には繁殖水域が点在しており、個体群間の遺伝的な交流が可能であったと考えたため、遺伝的攪乱が生じるリスクは高くないと判断した。しかし、本調査地に生息する個体群の遺伝子情報はこれまでに調査されておらず、調査地内に他地域とは異なるハプロタイプを持つ個体群が存在している可能性を否定することはできない。今後本事例と同様の移転による保全対策を講じる場合、技術的・資金的に可能であれば移転元と移転先の遺伝子情報を調べ、遺伝的攪乱の可能性をできる限り減らした上で、より慎重に移転を行うべきであると考えられる。
太陽光発電施設建設の事業者は、本種の保全のため自主的な環境アセスメント調査及び保全対策を実施し、得られたデータの公表についても快く承諾してくださった。また、匿名の3名の査読者と編集委員には、原稿改善のため有益なご意見をいただいた。末筆だが、皆様に深く感謝の意を表する。
表1.移転先水域と自然繁殖水域の水質環境。
移転先水域 (n = 8) | 自然繁殖水域 (n = 16) | |
---|---|---|
水温 (℃) | 13.4 ± 2.0 (11.0 – 16.0) | 13.0 ± 3.7 (7.6 – 19.3) |
pH | 6.0 ± 0.3 (5.4 – 6.4) | 6.1 ± 0.4 (5.6 – 7.2) |
DO (mg/L) | 4.7 ± 0.6 (3.8 – 5.6) | 2.7 ± 1.9 (0.8 – 7.1) |
EC (ms/m) | 6.0 ± 0.8 (5.0 – 7.6) | 9.5 ± 7.9 (2.5 – 26.0) |
※値は、Mean ± SD (Min – Max)。
※照井ほか(2018)のデータ(2010年5月測定)を用い作成。
図1.2018年から2022年までの調査において確認された産卵地点の変化。
図2.繁殖水域の様子。(a)重機の轍跡、(b)明渠排水路跡。両水域とも太陽光発電施設の建設工事の一環で周囲の植生が刈り取られている(2018年4月)。
図2.繁殖水域の様子。(a)重機の轍跡、(b)明渠排水路跡。両水域とも太陽光発電施設の建設工事の一環で周囲の植生が刈り取られている(2018年4月)。
図3.改変区域と移転先水域における卵嚢数の年変化及び各年の移転卵嚢数。その年に移転した卵嚢数は改変区域の卵嚢数に含まれ、移転先水域における卵嚢数には含まれていない。
図4.移転先水域の様子(2019年5月)。