保全生態学研究
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宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林におけるシカの食性
高槻 成紀 片山 歩美
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電子付録

論文ID: 2334

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Abstract

要旨: これまで情報の乏しかった九州のシカの食性の例として宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林において2022年と2023年の四季にシカの糞を分析した。本調査地では1970年代からシカが増加し、2000年頃にはスズタケが消滅するなど森林生態系が強いシカの採食影響を受けている。シカの糞組成は一年を通じて貧弱であり、夏でも生葉(枯葉以外の各植物の葉の合計)が30%ほどしか占めておらず、繊維や稈が大半を占めていた。2000年代初期に行われた胃内容物や各地で行われた糞組成と比較し、現在のシカの食性は近年のシカ増加に伴う林床植生の劣化によって著しく劣悪なものとなっていると考えた。 キーワード: 九州、採食影響、ニホンジカ、糞分析

Translated Abstract

Abstract: The diet composition of sika deer (Cervus nippon) in Kyushu, Japan, has been poorly studied to date. Therefore, we analysed the seasonal diet composition of sika deer in the Shiiba Research Forest of Kyushu University. The deer population has increased since the 1970s and the forest ecosystem has been heavily affected by deer browsing; for example, the broad-leaf bamboo (Sasa borealis) disappeared from the study area around 2000. Faecal composition analyses of samples collected in 2022 and 2023 showed that fibre and culm were predominant, with green leaves accounting for only about 30% of the sika deer diet even in summer; thus, the deer appear to consume poor-quality food throughout the year. A comparison of the diet composition of sika deer in the study area with those of other habitats throughout Japan during the 2000s suggested that they had a very poor diet, probably because of deterioration of forest floor vegetation as a result of heavy deer browsing during the last few decades.

はじめに

シカ類の増加は日本のみならず世界的な現象で、その結果、植生が強い影響を受けている。植物への影響の研究は従来から多かったが(Augustin and DeCalesta 2003;Horsley et al. 2003; Rooney 2009;Takatsuki 2009;Riesch et al. 2020;Speed 2020)、最近では生態系全体への影響についての研究も増えている(Suominen 1999;Shelton et al. 2014;Nakagawa 2019;Katayama et al. 2023)。この現象を把握するにはシカの密度や個体群学的などシカ側の情報と、シカの影響を受ける植物や、その間接的影響を受ける動物や土壌などについての情報が必要である。シカ側のもう一つの情報としてシカの食性(食物組成)がある。ニホンジカCervus nippon(以下原則としてシカ)の場合、日本列島レベルで南北に一定の傾向があり、北日本ではササを主体としてグラミノイド(イネ科、カヤツリグサ科、イグサ科の総称)、南日本では双子葉植物の葉や果実などが多い傾向があることが知られている(Takatsuki 2009)。ただ、これまで九州のシカの食性は情報が限られている。屋久島で垂直分布に注目した分析があるほか(Takatsuki 1990)、九州本土ではわずかに2例があるに過ぎない。1例は福岡県のシカの胃内容物分析で、双子葉草本生葉が10-50%で夏に多く、常緑広葉樹生葉が10-50%で冬に多かった(池田 2001)。もう一つは宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林と周辺のシカの胃内容物で、グラミノイド生葉が50-60%程度と多く、落葉広葉樹生葉が20-30%であった(矢部ほか 2007)。

宮崎県椎葉村にある九州大学宮崎演習林では1970年代後半からシカが増え始め、1985年に人工林被害が始まり、1986年にはスズタケSasa borealis (Hack.) Makino et Shibataが減少し始め、2001年には9割が消失した(村田ほか 2009)。そして2003年には演習林のうち東側の岳団地ではスズタケが壊滅的な被害を受けていた(猿木ほか 2004)。林の下層植生が失われた結果、表土流失が増え、有機物が著しく失われるようになった(阿部ほか 2022;Katayama et al. 2023;Abe et al. 2024)。

当地における矢部ほか(2007)のシカ食性分析は2002-2004年のサンプルを分析したものであり、その後もシカの強い影響が続いている。そこで本論文では当時から20年ほど経過した2022年から2023年にかけてのシカの食性を明らかにすることを目的とした。

方 法

調査地

調査地は宮崎県椎葉村にある九州大学宮崎演習林(32.375342N, 131.163436E)で、標高は1100 m前後である(図1)。調査地の植生はミズナラQuercus crispula Blume var. crispula,シデ類Carpinus spp.などの落葉広葉樹と,モミAbies firma Siebold et Zucc.・ツガTsuga sieboldii Carrièreなどの針葉樹とが混生した温帯性落葉広葉樹林(図2a、榎木ほか2013)で、林床はかつてはスズタケで覆われていたが、現在ではシカの影響でスズタケはほぼ消失している(長ほか2019)。さらに、地表植物の減少に伴い表土流失が起きて樹木の根が裸出しており(図2b)、一部でブナの衰退が確認されている(阿部ほか 2022)。林内の地表植生は乏しく、林道沿いや裸地などでススキMiscanthus sinensis Anderssonなどが散生するに過ぎない。

方法

2022年12月から2023年11月まで四季の新鮮なシカの糞を採取した。2022年12月を冬、その後2023年の4月を春、8月を夏、11月を秋とした。採取にあたっては新鮮な糞を10糞塊から10粒ずつ採集した。それらを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残留物を光学顕微鏡によりポイント枠法(Stewart 1967)で分析した。植物片は以下の13カテゴリーに分類した。これらはシカの糞分析をする上で実際上検出される植物片であり、分類のヒエラルキー、部位などが不揃いに混在する。採食される前の植物の類型と糞分析での13のカテゴリーの対応を付図1に示した。枯葉は生葉が半透明であるのに対して不透明であり、しばしば葉肉部分が欠損しており、極端な場合は葉脈だけになっている。生葉と枯葉は連続的に変化するので、中間的なものもあったが、それらは生葉とした。

1 mm間隔の格子つきスライドグラスの格子交点を覆ったポイント数を集計した。1試料ごとに100ポイント以上カウントした。このうち、いずれかの季節で10%以上になった食物カテゴリーについて、4季節の百分率組成をKruskal-Wallis検定で比較し、隣接する季節間を取り上げて比較した。有意差があった場合、事後比較をした(Steel-Dwass検定)。

結 果

冬(2022年12月)の分析結果は、葉は常緑樹生葉、針葉樹生葉などが検出されたが、いずれも微量で全ての生葉(枯葉以外の「葉」。ササの葉、その他のイネ科の葉、スゲの葉、単子葉植物の葉、常緑広葉樹の葉、その他の双子葉植物の葉、針葉樹の葉)を合計しても24.3%にすぎなかった(表1)。枯葉は3.9%であった。最も多かったのは稈で37.3%を占めた。また繊維も15.3%を占めた。

春(2023年4月)になると、いくつかの変化が見られた(表1)。以下、「変化」とは直前の季節との増減を指す。一度でも占有率が10%以上になった食物カテゴリーを「主要カテゴリー」とし、その変化を図3に示した。12月に37.3%を占めていた稈は4.9%に有意に減少した(図3c, Kruskal-Wallis検定、χ2 = 3.628、P = 0.002)。一方、15.3%であった繊維は53.8%に大きく増加した(図3d, χ2 = -3.780、P = 0.001)。また冬に2.5%に過ぎなかった常緑広葉樹生葉が18.3%に有意に増加した(図3b, χ2 = -3.780、P = 0.001)。

この傾向は夏(9月)になってもあまり違わなかったが、常緑広葉樹生葉は9.5%に有意に減少した(図3b、χ2 = 2.571、P = 0.050)。イネ科生葉は春の5.8%から14.6%に増加したが、試料間のばらつきが大きく、有意差はなかった(図3a, χ2 = -2.347、P = 0.088)。

同じ傾向は秋(11月)まで続き、繊維はさらに多くなって68.3%を占めたが、夏との有意差はなかった(図3d、χ2 = -1.965、P = 0.201)。夏と有意差があったのは常緑広葉樹生葉の減少(5.0%)だけであった(図3b, χ2 = 2.722、P = 0.033)。

考 察

この分析により、本調査地のシカの食性は劣悪な状況にあることが示唆された。冬のシカ糞中に占める生葉の占有率が合計24.3%に過ぎず、稈が多かったことは、この時期には生葉は少なく、シカはイネ科の稈を食べる状況にあったと推察される。春になると糞中の常緑広葉樹生葉が増加し、繊維が大幅に増加した。このことは、シカ生息地内で常緑広葉樹の葉が増加し、シカがそれらを小枝とともに採食した結果、繊維が多くなった可能性がある。また、一般に夏は植物量が最も豊富になる季節であるにもかかわらず、糞中の生葉全体で25.9%に過ぎなかったことは、本調査地ではシカにとっての食物供給状態は劣悪であることを示唆する。

糞組成の季節変化(図3)を見ると、2022年12月と2023年11月で違いがあった。12月には稈が多く(37.3%)、繊維が少なかったが(15.3%)、翌年の11月には稈が少なく(7.5%)、繊維が多かった(68.3%)。毎年同じ季節変化が起きているとすると、11月から12月でこの違いが生じたことは説明しにくい。シカ高密度の場所で、シカの糞中に秋までに多かった生葉が秋から冬にかけて減少し、代わりにイネ科の葉や稈が増えることはあり(例えば高槻・大西 2021)、シカが生葉の減少に応じて林縁部などのイネ科を利用するようになると考えられる。本調査の場合、11月まではそれまで通り乏しい生葉を探して枝を食べるなどのために糞中に繊維が多いが、12月になると常緑広葉樹の葉も乏しくなって枝を食べることもしなくなり、林縁部などのイネ科の稈を食べざるを得なくなった可能性がある。しかし変化が起きた期間が1ヶ月と短く、しかも糞組成の変化も大きく、その背景には不明な部分がある。

生葉が少なかったという結果は、矢部ほか(2007)が2003年前後に分析した宮崎演習林と周辺でのシカ胃内容物と大きく違った。当時はグラミノイド生葉が50%前後、落葉広葉樹生葉が30%前後と、葉が糞組成の大半を占めていたという。これに対して、現状ではグラミノイド生葉は7%にすぎず、生葉全体でも春、夏に30%前後しか占めていなかった。

この違いは分析法の違いによる可能性もありうる。というのは、一般に糞内容物は消化率の低い食物の占有率が大きくなるからである。しかし、同じ糞分析法によっても、岩手県五葉山、栃木県表日光、長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳、南アルプスなど落葉広葉樹林や亜高山帯針葉樹林のシカ密度が低い場所でのシカの糞中の生葉の占有率は66.9%から98.0%と非常に大きかった(図4)。暖温帯では事例が少ないが、屋久島の低地(790 m)での生葉占有率は55.8%、高地(1760 m)では49.0%であった(Takatsuki 1990)。屋久島のシカは、現在は高密度だが、この調査をした1984年は低密度であった(辻野 2014; Agetsuma et al. 2003; Tsujino et al. 2004)。このことを考慮すれば、本調査地での生葉の占有率の小ささは糞分析という分析法の違いによるものでないと判断される。

図4にはシカが高密度である場所での夏の分析例として、神奈川県丹沢と山梨県早川町、宮城県金華山島の事例も示した。比較した調査地には、シカ密度が正確に調べられていない場所もあるが、ここで「密度」としたのは、植物に対するシカの影響の強さを通してみた状態を指している。筆者らはこれらすべての場所を訪問し、植物への影響という視点で調査地を見ており、図4で「低密度」とした7カ所が植物に対するシカの影響が弱く、「高密度」とした4カ所で影響が強いことを確認している。丹沢の低地ではシカが高密度で植生が貧弱であり、山梨県早川町では過疎化によってシカが高密度化し、ここでも林床植生が非常に乏しく、それを反映して糞中の生葉占有率が20%未満であった。ただし、金華山島の森林では、シカの高密度状態が長く、植生との安定状態にあるために林床植物は比較的豊富であり、その結果、糞中の生葉占有率が65.8%と大きかった。これらと比較すると、本調査地の結果は植生が乏しい丹沢低地や早川町に近かった(図4)。

この検討から、本調査地のシカ糞中で夏でも生葉が25.9%しか占めていなかったという結果は、急激なシカの増加(長ほか 2019)により林床植物が激減し(村田ほか 2009)、シカの食糧事情が劣悪になっていることを裏付けるものである。現状では著しい表土侵食が起きており(阿部ほか 2022;Abe et al. 2024、図2b)、下層植生の回復が困難なほどの不可逆的段階にあるかもしれず、これらについて、今後の推移を追跡する必要があろう。

本調査の目的の一つに、ニホンジカの食性の南北変異(Takatsuki 2009)の情報を充実したいということがあった。そのためにはその場所を代表する状態のシカの食性情報を採用する必要があるが、本調査の結果は九州南部のシカの食性の代表例とは言い難いと考えた。なぜなら本調査地においては明らかに過度の採食影響があるからである(榎木ほか 2013)。その意味で、今後はシカの採食影響をあまり受けていない低標高地での調査が期待される。

謝 辞

本研究はJSPS科学研究費JP22H03793(下層植生消失によるブナの水・養分ストレスが土壌生物多様性と生態系機能に与える影響)の助成を受けて実施した。

付録のリスト:付図1

付録の説明:付図1. シカに採食される前の植物の類型と糞分析におけるカテゴリーの対応。*グラミノイド。

図とその説明:

図1. 調査地の位置を示す地図。破線内がシカの糞採集地

図2. 調査地である九州大学宮崎演習林の景観。A: モミなど針葉樹の多い林、B: 表土浸食により根が露出した様子。

図3. シカ糞中の主要食物カテゴリーの占有率(%)の季節変化。a. ササ類以外のイネ科の生葉、b. 常緑広葉樹の生葉、 c. 稈、 d: 繊維。縦軸は一定でない。**: P < 0.01、*: P < 0.05、その他は有意差なし。

図4. シカ低密度地と高密度地におけるシカ糞中の生葉の占有率(%)。複数の調査地がある場合は代表的な場所を選んだ。五葉山は標高1,150 m、表日光は標高1,750 m、八ヶ岳1は標高2,300 m、八ヶ岳2は標高1,600 m、南アルプスは標高2,030 m、屋久島1は標高790 m、屋久島2は標高1760 m、丹沢は標高520 m、金華山島は標高250 m。五葉山はTakatsuki (1986)、表日光はTakatsuki (1983)、八ヶ岳1と南アルプスはKagamiuchi and Takatsuki (2020)、八ヶ岳2はKobayashi and Takatsuki (2012)、屋久島はTakatsuki (1990)、丹沢は高槻・梶谷(2019)、金華山島はTakatsuki (1980)による。

表1 九州大学宮崎演習林におけるシカの糞組成(%)の季節変化

  12月 4月 9月 11月
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
ササ類の生葉 0.1 0.2 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
上記以外のイネ科の生葉 5.9 6.2 5.8 5.8 14.6 8.9 8.4 2.8
スゲ属の生葉 1.1 1.9 1.1 1.4 1.4 0.5 1.0 1.4
上記以外の単子葉植物の生葉 2.7 1.4 1.2 1.1 0.0 0.0 0.0 0.0
常緑広葉樹の生葉 2.5 1.4 18.3 7.2 9.5 1.8 5.0 3.2
その他の双子葉植物の生葉 6.7 9.1 1.2 1.6 0.5 0.6 1.2 2.6
針葉樹の生葉 5.4 5.6 2.9 2.0 0.0 0.0 0.4 0.8
枯葉 3.9 2.3 2.4 4.1 1.7 1.0 5.4 2.4
果実 0.1 0.2 0.8 1.0 0.0 0.0 0.2 0.4
種子 0.1 0.2 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
37.3 13.1 4.9 5.3 9.4 5.0 7.5 4.0
繊維 15.3 6.6 53.8 9.1 56.8 12.2 68.3 3.4
不明 19.1 11.2 7.6 4.0 6.3 2.3 2.6 2.5
合計 100   100   100   100  
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