論文ID: 2425
日本では1980年代以降ニホンジカCervus nippon(以下、シカ)の個体数増加と分布拡大に伴い、農林業や自然植生に深刻な被害が生じている。シカ個体群動態は対象となる地域の気候、食物利用可能性、捕獲圧等様々な要因によって変動しうることが知られているため、対象地域に生息する個体群の齢構成や妊娠率等の基礎的な情報の把握は、地域の実態に即した適切な管理計画を策定する上で重要である。本研究では、2000年代に分布が拡大し個体数が増加したと考えられる長野県浅間山周辺地域で捕獲されたシカ301頭を対象に、齢構成、繁殖および成長特性に関する基礎情報を明らかにすることを目的とした。対象集団の年齢構成を調査した結果、メスの年齢構成に占める若齢個体(0–1歳)の割合は経年的な増加傾向を示したことから、生息密度の増加に伴う幼獣生存率の低下が生じている可能性は低く、集団が依然として高い繁殖力を維持していることが示唆された。繁殖特性を評価するために妊娠率を算出した結果、本調査地域の性成熟齢(1歳)における妊娠率(50.8%)は他地域と比較するとやや低いと考えられた一方で、成獣(2歳以上)の妊娠率は91.0%であった。成長特性を評価するために体重および体サイズ指標の一つである頭蓋骨最大長の成長曲線を算出した結果、体重はメスで約5歳まで、オスで約12歳まで増加し、頭蓋骨最大長はメスで約3–4歳、オスで約7–8歳頃まで増加すると予測された。他地域と比較すると、本調査地域の集団は個体の成長が遅れており、最大値に到達するまでの時間が長いと考えられた。本調査地域では上述の通り、幼獣生存率の低下が生じている可能性が低く、成獣が高い妊娠率を維持していることから、個体群の増加を抑制できていない可能性が高い。一方で近年の高密度化に伴い、初産齢の遅延や体重および体サイズの成長速度の低下が生じている可能性がある。個体数の更なる増加を抑制するためには引き続き高い捕獲圧をかける必要があるとともに、捕獲個体の分析によるモニタリングを継続して行い、その変化を評価する必要がある。