2019 年 67 巻 3 号 p. 1137-1142
チャンドラキールティ(Candrakīrti)作『プラサンナパダー』(Prasannapadā, PsP)の各章末には,教証があることが知られている.第18章末には,『八千頌般若』(Aṣṭasāhasrikā Prajñāpāramitā, Aṣṭa)が大部にわたって引用されている.その第18章に引用されるAṣṭaについて,PsPサンスクリット語テキスト(PsPSkt)とPsPチベット語訳(PsPTib)を比較すると,大部分が一致するも,「中略」後,引用を再開する直前のテキストに顕著な相違があることが確認される.そのテキストの相違について,(a) PsPSkt,(b) PsPTib,(c) Aṣṭaサンスクリット語テキスト(AṣṭaSkt),(d) Aṣṭaロンドン写本(AṣṭaL),および(e) Aṣṭaデルゲ版(AṣṭaD)を用いて比較考察したところ,以下の2点が明らかとなった.
①PsPTibに引用されるAṣṭaは,PsPSktに引用されるAṣṭaの直接の翻訳ではなく,すでに完成しているチベット語訳のAṣṭaが挿入されている可能性を指摘することができる.
②PsPSktには,「中略」後,引用を再開する直前に,やや唐突な処格絶対分詞の一文が見られる.この一文は,文脈に沿うも,AṣṭaSktにそのままの形で対応するテキストを確認することができないものであり,状況説明のための要約である可能性を指摘することができる.