2022 年 20 巻 1 号 p. 45-52
患者の苦悩を前にした心理臨床家は,どのような意識を持って臨床の場に臨んでいるのだろうか.ヴィクトール・E・フランクルは〝苦悩すること〟を決して否定的に捉えていない.〝苦悩すること〟はより高次な意識に人を導くものであり,個々人が固有の存在価値に向かっていける過程であると位置づけている.本稿では筆者の臨床経験を振り返りながら,フランクルの言葉と重ねつつ,心理臨床家としての意識の態度やそれを実現するための姿勢について論考したい.
心理臨床家が患者の苦悩と向き合うための重要な出発点は,患者の苦悩は患者のものであることをしっかりと意識して臨むことではないだろうか.本稿では患者の苦悩の問いから始まる対話,そして患者固有の苦悩の意味に至るまでの意識の転回を段階に分けて描写する試みを行った.人間の精神の可能性に絶えず意識の目を向け,固有の価値実現に開かれた対話をめざしていきたい.