労働科学
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論説
「児科雑誌」に発表された仮称所謂脳膜炎(鉛毒性脳症)に関する研究の足跡(9) 1927年から内務省令改正(1930年)まで(後編)
堀口 俊一寺本 敬子西尾 久英林 千代
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2013 年 89 巻 2 号 p. 56-73

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抄録
我が国において,1895(明治28)年に「仮称所謂脳膜炎」と称される乳幼児の疾病が報告されて以来,その原因が母親の用いる白粉中の鉛に因る中毒であることが1923(大正12)年,京都大学小児科教授平井毓太郎によって明らかにされた。以来,小児科学領域において,該疾患に対する研究報告が堰を切ったように発表された。前報において,1927(昭和2)年以降,鉛白使用化粧品に対する規則が明文化された1930(昭和5)年までの4年間に「児科雑誌」に発表された該疾患に関する諸論文のうち,総説,症例,臨床所見,診療,病理・剖検の各項目について論考した。今回は残る検査と実験の二項目を取り上げて論考した。(写真2)
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© 2013 公益財団法人 労働科学研究所
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