ジャフィー・ジャーナル
Online ISSN : 2434-4702
創業企業向け信用リスクモデルにおける人的要因の有効性
-創業時の年齢, 斯業経験年数, 創業の「旬」の効果
尾木 研三峰下 正博枇々木 規雄
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2023 年 21 巻 p. 63-87

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抄録

中小企業の信用リスクを計測する信用リスクモデルは, 目的変数にデフォルトの有無, 説明変数として主に決算書の数値を用いたロジスティック回帰モデルが主流となっている. ただ, これから創業する企業は決算書がないため, 創業者に関する情報や業界・市場環境に関する情報といった決算書以外の情報から説明力のある変数を探して選択する必要がある. 創業者に関する情報のうち, 創業時の年齢と斯業経験年数は, 創業後のパフォーマンスとの関係が有意であるとする研究が複数あり, モデルの変数として有力な要因と考えられる.

先行研究をみると, 創業時の年齢は, 創業後の成功に対してマイナスの相関, 斯業経験年数はプラスの相関で有意とする分析結果が多いものの, 玄田(2001)は, 創業時の年齢の2乗と斯業経験年数の2乗が有意であることを示している. さらに, 学校を卒業してから20年くらい関連した経験を積んで40歳くらいで創業する場合に最も経済的成功を収めやすいという創業にベストなタイミング「旬」があると述べている. とすれば, 「旬」で創業した企業の信用リスクを評価する場合, 個別に創業時の年齢と斯業経験年数を評価すると過大評価する可能性があり, 「旬」についてもモデルの変数として有力な要因になると考えられる. ただ, 玄田(2001)は二つのデータをクロスした分析は行っておらず, 信用リスクモデルの構築や評価も行っていない.

創業企業向けの信用リスクモデルに関する先行研究として, 尾木・内海・枇々木(2017)は, 日本政策金融公庫(以下, 日本公庫)が融資した34,470件の創業企業の非財務情報から, デフォルトと関係がありそうな変数を「人的要因」「金融要因」「業種要因」の三つのカテゴリーに分けて分析し, 有意になった非財務変数を使ったモデルが実務で利用可能であることを示した. 人的要因では, 創業時の年齢の40歳未満ダミー変数と斯業経験年数の5年以内ダミー変数が有意であることを明らかにしているが, 非線形関数を使った定式化や二つの変数をクロスした詳細な分析は行っていない.

そこで, 本研究では, 「創業時の年齢」と「斯業経験年数」に着目し, 日本公庫が融資した約11万件の創業企業のデータを用いて, デフォルトとの関係を詳細に分析するとともに, 非線形関数を使った定式化を試みる. さらに, 二つの変数をクロスした創業の「旬」が存在するかどうかについて確認する. 本研究では, 創業時の年齢と斯業経験年数をクロスした部分の企業数が構成比で1%以上かつ100件以上存在し, デフォルト率の水準が全体もしくは業種平均のおおむね半分以下になるタイミングを創業にベストなタイミング「旬」と定義し, その存在の有無について, さまざまな角度から分析する. 最後に, これらの変数をモデルの新たな変数として採用して説明力があるかどうかを検証し, 同時に尾木ら(2017)のモデルに比べて精度が向上するかどうかも明らかにする.

分析の結果, 創業時の年齢は, 年齢別デフォルト率を4次関数で定式化でき, 斯業経験年数は, 年数別デフォルト率を2次関数もしくは区分線形関数で定式化できることがわかった. さらに, 筆者らの知る限りにおいて,信用リスク評価の観点からも創業の「旬」があることを初めて実証的に確認できたとともに, 「旬」で創業したかどうかを示すダミー変数が飲食店において統計的に有意となり, 信用リスクの過大評価を修正する効果が期待できることも明らかになった. これらをモデルの変数として投入すると, モデルの精度を示すAR値が, 尾木ら(2017)が示したモデルに比べて, インサンプルで5.6%ポイント, アウトオブサンプルで5.8~6.1%ポイント向上することを確認した.

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© 2023 一般社団法人日本金融・証券計量・工学学会(ジャフィー)
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