本稿は、EU機関のEurofoundが提供するRestructuring events database(RED)から抽出した欧州系巨大多国籍企業による欧州での撤退事例を分析した。従来の撤退事例の研究では、個別の撤退事例をそれぞれ1件として、その要因を計量的に分析し、「何故、撤退するのか?」という問いへの回答を探ってきていた。リストラの影響を受ける雇用者数を報じるREDのデータに基づく本稿では、同じ1件の撤退であっても、撤退がもたらす雇用喪失数で見れば、相互に大きな違いがあることを示した。即ち「どの程度、撤退は雇用に影響するのか?」という問題に答えた。更に、多国籍企業は国外のみならず、出自国における子会社の撤退も確認したが、これは従来の研究に欠けていた視点でもある。また、REDで報告されている撤退の背景や経緯から、三つの撤退理由を明らかにした。第一は、多国籍企業が投資前に十分な事前調査を怠っていた場合、「異邦性の負債」ならぬ「準備不足の負債」に拠るものである。第二は、多国籍企業を取り巻く諸条件が変化したことに拠るものであり、具体的には新たな競争相手の登場などによる競争条件の変化、景気循環や構造変化による需要の悪化といった「企業外要因」であり、「受動的撤退」に結びつく。第三は、「企業内要因」であるが、これは環境変化に直面した多国籍企業が競争力を改善するための「能動的撤退」につながる。撤退以外の雇用削減のみならず、雇用増を含むリストラ全体像の中で、「企業内要因」を更に検討した。撤退は、多国籍企業によるリストラ全体において比較的小さな割合を示すこと、多国籍企業は撤退と同時に雇用創出型のリストラも行うこと、そして、そのような撤退を含む雇用削減と雇用創出のリストラは、景気循環への対応というだけでなく、新規分野への参入という多国籍企業の進化の一部を形成していることが示された。国際ビジネス研究では、多国籍企業の進化的性質を分析するという流れがあるが、「撤退」の観点からは十分研究されてきておらず、その点にも本稿の意義がある。