2018 年 10 巻 2 号 p. 75-89
日本企業の海外子会社における“人材の現地化”に関しては、従来、多くの研究において、「ヒトを通じた“直接的コントロール”」という日本企業の特徴ゆえにその進展が遅れ気味となる傾向が確認されるとともに、この“現地化の遅れ”が、現地における優秀な人材の定着、現地市場や現地知識を活かしたイノベーション等の各面で悪影響をもたらす点が指摘されてきた。その一方、近年いくつかの研究において、「人材の現地化を“早めること”から問題が生じる可能性」が併せて指摘されるとともに、数量統計的な分析においても、現地化の進展が必ずしも当該企業のパフォーマンスの改善をもたらす訳ではない点が確認されてきた。
本研究は、筆者によるアジア子会社への聞き取り調査において、上述の「現地化を早めることから生じる問題点」の“1つの具体的なあり方”として、登用された現地人幹部による“知の専有”(知の囲い込み)の問題が確認された点をふまえ、3つの事例の比較考察を通じ、「なぜ&どのように“知の専有”の問題が生じるのか」という疑問を考察する。
すなわち、筆者が2007年と2013年に行った調査において、いくつかの事例では、現地人材の幹部職への登用に伴い、彼らによる“知の専有”が生じる傾向が指摘される一方、別のいくつかの事例では、彼らの幹部職への登用に伴い、彼らを含むメンバー間の“知の共有”が一層促される傾向が指摘されたが、これらの事例で“知の専有”、“知の共有”の各々が生じた状況を考察してみると、両者のいずれもが、石田(1994等)が論じた「職務の分担が不明確な境界領域(グレーゾーン)への対応」と深く関わる形で生じた点が確認された。この点をふまえ、本研究では、石田の分析枠組に若干の変更を加えた「グレーゾーンに関わる“対応型vs.放置型”モデル」を用いて“知の専有”、“知の共有”の双方が生じる具体的な状況を説明するとともに、「知の専有vs.知の共有」の違いをもたらす誘因に関して比較的詳細な回答が得られた3つの事例に注目し、これら事例間の相違点を考察する。そして、「(i)“個人的技量への依存度”の大きさ」が、当該幹部にとっての「“知の専有”に伴い“更迭されるリスク”」、および「“知の専有”に関わる“魅力”」の両者と関わり、「“知の専有”を促す(“知の共有”を妨げる)要因」となる一方、「(ii)“グレーゾーン対応能力”の育成を通じて実感される“成長機会”の大きさ」が「“知の共有”を促す(“知の専有”を防ぐ)要因」となると推察される点を確認する。