2022 年 14 巻 1 号 p. 41-52
新宅・天野(2009)が提起した、新興国市場戦略の「非連続性」の研究と、経済産業省の「官民連携によるBOPビジネスの推進」(2009)が契機となったBOPビジネス研究は、我が国においては同時期に提起された。これまでのところ、新興国市場戦略における「非連続性」の研究とBOPビジネス研究は十分に交差することなく併行的に進んでいるが、従来の国際化モデルとのギャップの存在(天野,2010)を前提とする、2つの研究の交差上に新興国市場戦略研究に対する新たな分析視角が見いだせるものと考える。本稿の目的は、新興国市場戦略の「非連続性」の研究とBOPビジネス研究の関係性を整理し、新興国市場戦略研究に対するBOPビジネス研究からの補完的な分析視角を示すことにある。ここで導かれた分析視角は、途上国を含めた新興国多国籍企業(Emerging Country’s MNCs: EMNCs)の研究に対しても、新たな分析視角となるものである。
本稿では、天野(2010)の新興国市場戦略研究の理論的背景から導かれた「非連続性」の課題を(1)先進国市場とのコンテクストの違い、(2)市場志向と資源コミットメント、(3)資源、能力制約、(4)ステークホルダーとのパートナーシップ構築の4つに整理し、先行研究における論点と研究課題を整理する。そして、新興国市場戦略研究とBOPビジネス研究を比較、相対化するため、「非連続性」の4つの課題をBOPビジネス研究に援用し、新興国市場戦略研究の課題に対し(1)現地ならではの社会課題や市場ニーズ、(2)現地における価値共創、(3)先進国企業が持ちえない現地資源・能力の活用、(4)多様なステークホルダーとのパートナーシップという、「現地目線」からの補完的な分析視角を示す。更に、この「現地目線」からの分析視角を用いて、ブラジルのビューティ企業ナチュラ・コスメティコ社(Natura Cosméticos)の先行研究(金崎,2015)と、今回新たに調査を行ったバングラデシュの家電最大手企業のウォルトン社(Walton)の事例の考察を行い、新興国市場戦略研究に対するBOPビジネス研究からの補完的な分析視角が、新興国多国籍企業の研究や、新興国を経由したグローバル市場戦略の研究に繋がることを示す。