2020 年 22 巻 2 号 p. 46-61
診療場面における患者の基本的課題の1つは,受診の正当性を示すことである.患者が主訴に関してすでに他の医療機関を受診したあとで現在の受診に至っている場合,その先行する診療を担当した医師に関する不満は,さらなる医療ケアの必要性を伝える点で受診の正当化の重要な手立てとなりうる.だが,そうした不満は受け手の同業者に向けられている点で共感を得にくく,話し手自身に関する負の評価を喚起する可能性もあるデリケートな行為である.本稿は,このジレンマが相互行為の中でどのように対処されているかを,医学的に説明のつかない症状を持つ患者の事例を中心として,会話分析の視点から考察する.その結果,患者は診療の中でいつどのように不満を述べるか,あるいは自分の不本意な経験の報告を不満としてデザインするかどうかを慎重に選択することによって,ジレンマに対処し,自分が理性的患者であるという自己呈示を維持することで,受診の正当性を高めていることを示す.