本稿では自閉症スペクトラム障害を持つ青年が療育者からの極性の質問にどのように返答するかを会話分析の手法を用いて探究した.本研究の使用データは合計約230分,17歳の自閉症を持つ青年と療育者の会話である.また18歳の健常の青年と療育者の合計約20分の会話も参考データとして使用した.療育者との相互行為の中で,自閉症を持つ青年は療育者の極性の質問に対して,質問の最後の述部の部分を繰り返す形で返答することがわかった.しかしながら,単にそのままの繰り返しではなく,文法的にもプロソディ的にも返答として適切な形に変換されたものであることが判明した.さらに,質問の述部の部分の繰り返しが返答として適切でない場合には,繰り返しではなく決まり文句を答えとして発していた.一見すると療育者の質問の一部の単なる繰り返し(エコラリア)のように見える応答には当該青年の巧みな相互行為能力が見られた.本研究では自閉症スペクトラム障害を持つ人の質問への返答を詳細にわたって検証することにより,その人の持つ相互行為能力を明らかにすることができることを示した.一方,療育者は質問をする際,答えの候補を質問文の最後に含んだ極性疑問文の形にして,当該青年が質問の一部を繰り返すことで容易に返答できるように質問をデザインし,相互行為の進行を促しており,療育者による質問のデザインの重要性ということも示された.
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