抄録
シカの採食圧による林床植生構造の改変は,鳥類の群集構造に大きな影響を及ぼすとされる.しかし,鳥類の群集レベルへの影響の把握に留まっており,種レベルについて検証された知見は報告されていない.さらに国内では,シカによる林床植生の改変と鳥類種との関係性は明確に追究されてこなかった.そこで本研究では,エゾシカの高密度化により林床植生が衰退した森林景観を有する北海道の洞爺湖中島において,地上営巣型鳥類であるヤブサメの繁殖適応について明らかにした.まず,2010年に洞爺湖中島の森林性鳥類の種構成を把握するために,夏鳥の飛来期から育雛期を内包する4月から6月にかけてラインセンサス法を実施した.さらに2011年には4月15日から7月28日の105日間にわたり,島内に設定した10のコドラート(20m×20m)で早朝5時~5時30分の30分間において音声録音調査を行い,繁殖期のヤブサメの囀り傾向を記録した.また各コドラートに8箇所のサブコドラート(1m×1m,全80箇所)を設定して,4月中旬から7月下旬にかけて林床植生の調査を実施した.ラインセンサス調査では,研究対象地周辺の藪性鳥類の代表種であるウグイスなどが確認できず,藪を繁殖環境として好む鳥類種が少ないのに対し,地上営巣型のヤブサメが優占的に生息することが明らかとなった.音声録音調査では,合計525時間の録音音声より,11,021回のヤブサメの囀りを確認した.また林床植生の調査では,シカの過度の採食圧によって不嗜好性植物であるフッキソウとハンゴンソウが優占していた.ヤブサメの飛来・つがい形成期である5月上旬は,音声録音調査を実施した10のコドラート全てでヤブサメの囀りが確認されたが,6月上旬の育雛期には6のコドラートに減少した.囀りが確認されなくなった4のコドラートでは,他と比較して植生高および被度が季節とともに増加せず,裸地が多かった.一方の囀りが継続した6のコドラートでは,不嗜好性植物の生育により,最低でも20%以上の植生被度と20 cm以上の植生高が認められた.よって地上営巣型のヤブサメは,不嗜好性植物に依存して繁殖適地を判断し,シカが高密度化した環境に適応していることが明らかとなった.