沙漠研究
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展望論文
自然災害への牧民の危機回避・回復行動に関する研究成果と今後の展望~モンゴル国のゾドを事例として~
中村 洋
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2019 年 29 巻 3 号 p. 103-113

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抄録

モンゴルでは冬から春にかけて,寒さや積雪などの複合的な要因により,家畜が大量死する自然災害“ゾド”が発生する.ゾドは牧民の生業であり,モンゴル国の基幹産業でもある遊牧に悪影響をもたらす.本論文は,モンゴルの牧民がゾドの影響をどのように回避するのか,そして回避できなかった場合には,どのように回復させるのかについて,実証研究を中心とした既往文献をレビューし,進展が望まれる研究を考察するものである.回避行動に関する既往研究から,移動性はゾドによる頭数減少を緩和する有効な行動であることが明らかになっている.飼料,寒さをしのぐ環境,牧民の組織などもゾドの影響を緩和する効果があった.また高齢などの特徴のある世帯が,ゾドの影響を受けやすいことが分かっている.回復行動に関する既往研究から,ゾド前の頭数が多い世帯,金品などの資産を有する世帯ほど,頭数を回復させる行動を取れていた.先進国のカシミヤ需要を背景とした災害に弱いヤギのメスの増加などにより,ゾド後回復できない世帯が生まれていた.また,ゾドで家畜を失うなどして放牧地を離れ,都市や鉱山で働くものの家庭不和などが発生した世帯も見られた.しかし,回避行動として有効性が認められている移動性は,移動した牧民に対する調査が中心である.移動先の放牧地の研究が遅れ,既往研究から,移動してきた牧民を受け入れる側の牧民の変化が報告されている.今後は,移動先の放牧地や牧民を対象とした研究の充実が望まれる.飼料,寒さをしのぐ環境,牧民の組織は一部地域の研究に留まっている.より多くの地域における知見の蓄積が必要である.回復行動に関しては,回避行動に比べて,実証研究が少ない.アフリカにおける既往研究に比べて,サンプル数も少なく,期間も短い.ただし,モンゴルには計画経済時代から世帯ごとの家畜頭数データが蓄積されている.それらを活用し,サンプル数や期間を改善することは可能である.さらにゾドに関する既往研究は,放牧地を対象とすることが多い.しかし,牧民は放牧地と都市を往還しながら生活を営んでいる.ゾド後の生活の安定という観点から,都市も分析対象に含めることが必要である.これらの研究の進展により,オトルなどの移動性が維持されることで,ゾドの影響を回避でき,移動性の低い世帯もいつも使っている放牧地で影響を回避しつつ,もし回避できずに家畜を失い,放牧地で生活が成り立たなくなった世帯は,都市で好ましい生活を再構築できるようになれば,遊牧社会のゾドに対する脆弱性は低減されるものと考えられる.

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© 2019 日本沙漠学会
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