抄録
北海道中央部に位置する日高変成帯は,狩勝峠から襟裳岬にかけて南北150km・東西幅20~30kmの範囲で分布する.本変成帯は海洋地殻から構成される幌尻オフィオライト帯(宮下, 1983)と,島弧地殻断片である日高変成帯主帯(以下,主帯;小松ほか, 1982)との接合衝上体と考えられている(小松ほか, 1979).主帯は様々な深成岩類および変成岩類から構成され,北部・中部・南部地域に区分される(小松ほか., 1986).主帯変成岩類は,東から順に変成堆積岩(ホルンフェルス,変成分帯ではI帯に相当),黒雲母-白雲母片岩~片麻岩(II帯上部),黒雲母-角閃石片麻岩(II帯下部),褐色角閃石角閃岩(III帯),グラニュライト(IV帯)の5つの岩石ユニットに区分される(小山内ほか., 1985).上部層(I帯からII帯上部)は砂泥質変成岩からなり,下部層(II帯下部からIV帯)は塩基性変成岩が卓越する (小松ほか,1982). 本研究では南北約100km,東西数kmの幅を持ち,主帯全域に分布する角閃岩類の原岩について解析した.下部層の大部分を構成する角閃岩類の原岩の解析は,日高変成帯の形成プロセスを解明する上で重要な意味を持つ.今回の発表では希土類元素を含めた微量成分化学組成およびSr・Nd同位体組成から角閃岩類の原岩について議論する. 主帯の角閃岩類は,III帯及びIV帯に分布する.III帯に産出する角閃岩類は褐色角閃石角閃岩を主体とし,塊状あるいは稀に弱い縞状構造を示す.また幅数mmから数cmの石英長石質岩脈が発達する場合がある.斜方輝石-黒雲母トーナル岩が貫入した褐色角閃石角閃岩の周囲ではカミングトン閃石を含むことがある.IV帯に分布する角閃岩類は斜方輝石角閃岩(ホルンブレンド グラニュライト)を主体とし,単斜輝石あるいは両輝石,稀にザクロ石を含み,発達した縞状構造を示す.またザクロ石-斜方輝石-菫青石片麻岩などの泥質変成岩と互層する産状や,褐色角閃石角閃岩に斜方輝石トーナル岩がネットワーク状に発達したアグマタイト様の構造もみとめられる. 角閃石と斜長石を主要構成鉱物とし,斜方輝石を含まない褐色角閃石角閃岩(III帯及びIV帯に属する)を用いて,全岩化学組成,希土類元素を含めた微量化学組成およびSr・Nd同位体組成から原岩について検討した.日高変成帯主帯のピーク変成年代である55Ma(Rb-Sr全岩アイソクロン法,Owada et al., 1991)で規格化したSrI値およびNdI値は,それぞれ0.702745∼0.705248±14(2σ),0.512868∼0.513215±14(2σ)であった. 中部地域および南部地域南部の角閃岩は,N-MORBの希土類元素規格化パターンと酷似しており,0.513029∼0.513250±14(εNd=+9.01∼12.45)という高いNdI値を示すことからN-MORB起源であるとみなすことができる.一方,南部地域北部(ムコロベツ沢–パンケ沢)の角閃岩は,比較的E-MORBに類似した規格化パターンを示し,低いNdI値(0.512863∼0.512944±14; εNd=+5.77∼7.35)をもつことから,E-MORB的な原岩が推定される.以上の結果は,主帯の角閃岩がN-MORB起源とE-MORB起源の2系統に区分できる可能性(川浪ほか,2002)を示唆しているようにみえる.しかしながらこれらのE-MORB的な角閃岩は,Nd含有量とNd同位体比の関係から,N-MORB組成の角閃岩と周囲の泥質変成岩類あるいはそれらの部分溶融によって生じたS-タイプトーナル岩マグマとの同化作用の影響を受けた可能性も指摘できる.