抄録
超高圧変成岩の上昇機構あるいは上昇の原動力の問題は,スールー・ダービー帯のものを含め世界各地に産出する超高圧変成岩にまつわる根本的な未解決問題である。それに関連して,超高圧変成岩が超高圧変成時あるいはその後の上昇時に部分融解したかどうかも重要な問題である。なぜなら,多くの超高圧変成岩に対して見積もられる最高温度が700℃以上であり,水が存在すれば部分融解するほど十分に高温だからである。部分融解すれば,その浮力と移動性が上昇を容易にするが,他方で,マントル物質との強い相互作用の問題が生じる。
スールー・ダービー帯に産出するエクロジャイトの中には,藍晶石と石英(元はコース石?)を含むものが少なくない。そのような岩石において,しばしばオンファス輝石が斜長石と普通輝石あるいは角閃石(±鉄酸化物)とのシンプレクタイトに置換されている。それに加えて,藍晶石と石英との粒間に斜長石が形成されているのが普通に見られる。藍晶石+石英の組合せは著しく広い温度—圧力条件で安定であるにもかかわらず,なぜそれらの粒間に斜長石が生成したのかという疑問が生じるが,Nakamura (2002) はそれを上昇中(減圧時)のサブソリダス反応で説明している。われわれはそれが部分融解および形成されたメルトからの結晶作用の産物である可能性があることを指摘する。その根拠となる観察事実や分析データ等は次の通りである。
1)しばしば斜長石とともに緑簾石や白雲母などの含水鉱物が出現し,斜長石形成時に水が存在したことを示唆する
2)斜長石に累帯構造がみられ,また組成ギャップがある:石英に近い側ではアルバイトであり,藍晶石に近い側ではもっと灰長石成分に富むが,その間に常に組成の不連続性が見られる
3)残存オンファス輝石およびそれを置換したシンプレクタイト中の単斜輝石あるいは角閃石の組成が藍晶石との位置関係により異なる
4)オンファス輝石を置換したシンプレクタイト中の鉄—マグネシウム鉱物が藍晶石の近くでは角閃石,遠い側では輝石であることが多い
5)我々はまだ確認していないが,Nakamura (2002) によると斜長石に伴ってスピネルやコランダムなどのシリカに不飽和な鉱物が出現する:粗粒な岩石中の石英—長石のような局所的共融系でできるメルトには組成勾配ができ,石英から遠い側のメルトはシリカに不飽和であることが実験的に示されている(例えば,別府ら(2002))
6)従来の石英ム長石系での部分融解実験結果によると,高圧でできるメルトほどアルバイト成分に富むので,減圧につれてメルトがアルバイトを晶出し,石英を融解して組成を変えたために斜長石が生成したと考えることができる