抄録
スリランカのハイランド岩体には,珪岩やドロマイト質大理石に伴ってコンダライトと呼ばれる泥質グラニュライトが広く産出する。コンダライトは著しくアルミナと鉄に富んでおり,通例,珪線石+ザクロ石+アルカリ長石+石英+ルチル+イルメナイト+ジルコン+石墨+燐灰石+モナザイト+磁硫鉄鉱+黄鉄鉱の鉱物組合せを持つ。少量の黒雲母,十字石,藍晶石,コランダム,Znに富むヘルシナイトがザクロ石中の包有物として出現することから,コンダライトでは昇温変成時期に脱水反応(黒雲母や十字石などの含水鉱物の分解反応)がほぼ完了したことが示唆される。一部のコンダライトでは,珪線石とザクロ石がヘルシナイトと斜長石とのシンプレクタイトによって置換されている(以下,これをヘルシナイト化と呼ぶ)のが見られる(Hiroi et al., 1997)。このシンプレクタイトのヘルシナイト/斜長石比は珪線石を置換する場合とザクロ石を置換する場合で明瞭に異なり,前者で高い。これは,置換される鉱物のAl含有量の違いを反映している。ヘルシナイト化の起こっている岩石では,石英が明瞭な融食形を示し,また特にカリ長石が石英の周囲に濃集している。他方,珪線石やザクロ石などの鉱物は斜長石の薄層によって取り囲まれていることが多い。これらの点と,コンダライトのヘルシナイト化は局所的かつ不規則に進んでいることから,それは外部からの流体の流入によって引き起こされた可能性が高い(Hiroi et al., 1997)が,その時に部分融解が起こったのかどうかは不明であった。この度,上記のヘルシナイト化したコンダライトにおいて,珪線石がコランダムとアルカリ長石(あるいは,コランダムとカリ長石または斜長石)とのシンプレクタイトによって置換されている(以下,これをコランダム化と呼ぶ)のが新たに見いだされた。このシンプレクタイト中のコランダムがさらにヘルシナイトに置換されていることがあり(コランダムを置換してできたヘルシナイトはザクロ石や珪線石を直接的に置換したものとは形態が異なるので容易に区別できることが多い),ヘルシナイト化がコランダム化と同時かその後で起こったことを示唆している。注目に値するのは,コランダム化が石英の近傍で進行していることである(ただし,コランダムと石英は直接には接しておらず,アルカリ長石(あるいはカリ長石/斜長石)の薄層によって隔てられているが,その厚さは0.1 mm以下である場合もある)。このことは,0.1 mm以下の距離で,シリカの化学ポテンシャルに大きな勾配が生じたことを示している。そのような事態を発生させる原因としては,単に流体(どのような組成かは別として)が外部から流入することだけでは不十分で,それによって部分融解が引き起こされたことを強く示唆している。なぜなら,一般に流体は熱と物質の移送を効果的に促進する媒体であることと,粗粒の石英と別種の鉱物との界面での部分融解では,メルト中に大きな組成勾配が生じ,シリカに飽和したメルトは石英の極く近傍に限られることが実験的に明らかにされている(別府ら,2002)からである。一方,ヘルシナイト化とコランダム化の進んだ岩石には粗粒の石墨が産出しており,流入した流体の組成に限定を与える。もし外部から流入した流体が石墨や磁硫鉄鉱などの副成分鉱物と平衡であったなら,それは著しく二酸化炭素の富み,水の分圧は極端に低かったはずで,部分融解を引き起こす可能性は低い。部分融解が起こったのであれば,流入した流体と珪酸塩鉱物および石墨などの珪酸塩鉱物以外の鉱物との間の反応のカイネティックスの違いが重要な役割をはたしたものと考えられる。