抄録
コロネン(C24H12:分子量300.36)はPAHの一種で、宇宙空間に存在する有機物の候補と考えられている。その構造は環状に結合した7つのベンゼン環からなり、化学的に比較的安定で難水性の物質である。実際に火星由来の炭素質隕石中にも見つかっており、その赤外スペクトルは星雲に見られる赤外放射スペクトルと類似している。このコロネンを試料として用い、コロネンの高温高圧下での安定性について研究した。また、高温高圧下におけるコロネンと水の反応性について研究を行った。高圧発生として、MA–8型マルチアンビル高圧発生装置を用いた。試料のコロネンは前記の装置によって高温高圧状態にした後、回収試料をFTIR、ラマン分光、粉末X線、MALDIによって分析した。本研究ではこれらの結果を用いて、氷天体中の有機物が安定に存在する可能性のある範囲を議論した。回収試料の分析から、コロネンは1.6GPa、400℃において、出発試料と変化しない赤外スペクトルのピークを示し、コロネンはこの条件において安定であることがわかった。コロネンは4GPa、800℃において、グラッシーカーボンという非晶質の炭素物質になることがわかった。この条件における回収試料の赤外スペクトルは不活性で、ラマン分光と粉末X線回折によって分析すると、グラッシーカーボンのラマンスペクトルとX線回折パターンに良く似たピークを示した。しかし、グラッシーカーボンのX線回折パターンには見られない不明のピークがあり、これは歪んだダイアモンドのピークに相当する可能性があることがわかった。コロネンは6GPa、800℃においては出発試料とほとんど変わらない赤外スペクトルのピークを示し、それに加えてコロネンが二つ結合した物質であるジコロニレンのピークが見られた。また、MALDIによる分析結果から、この条件においてコロネンの2、3、4量体が生成していることがわかった。コロネンと水を試料として用いた実験では∼3GPa、270℃においてコロネンと水の反応は見られず、コロネンは安定であった。これらの結果からコロネン、コロネン–水系における“相図”を作成し、氷天体の内部の温度圧力条件に照らし合わせて、氷天体内部の有機物の安定性を議論した。それによると、コロネンは氷天体エウロパの500km深度付近までは安定に存在するが、より深部へ行くと分解し、その最深部ではグラッシーカーボンを生成すると考えられる。また、エウロパよりも大きな氷天体、ガニメデの深部ではコロネンは分解せず、重合すると考えられる。