抄録
低温での測定において,火山岩融体の粘性係数が時間とともに桁で増加する例が報告されている(例えばNeuville et al., 1993, Contrib. Mineral. Petrol.).その原因として,鏡下で確認されたグロビュールの効果や,鉄の酸化が考えられたが,グロビュールによるサスペンジョンは粘性の増加量を説明するには少なすぎ,また酸化はほとんど起こっていないことが化学分析により示されるなど,粘性増加の原因は未だ明らかではない.後藤(1988,地球惑星科学関連学会)は粘性増加の度合いが実験試料作成時の温度に依存することを示し,結晶として認識されないサイズのクラスターが成長することで低温での粘性増加が起こるというモデルを提唱した.今回,粘性増加の度合いが試料作成時の温度ではなく,試料が経験した最高温度に依存することが見いだされたので,その結果を報告する.
実験に用いた元の試料は富士山宝永噴火のスコリアで,スタンプミルで粉砕された約1kgの出発物質を用意した.これを電気炉内で容量50ccの白金るつぼに八分目まで溶融し,気泡が十分に抜けたあとで取りだし,直径0.6mm前後のガラス繊維状試料に加工した.その後適当な長さに切断し,両端にフックに引っかけるためのガラス球をつけて実験試料とした.測定には加重と伸びの早さから粘性係数を求めるガラス繊維引き伸ばし法を用いた.
試料には1300℃,1400℃,1500℃で溶融させ炉外に取りだし繊維状に加工したものと,一旦1500℃で溶融したのち1400℃または1300℃で保持後に繊維状に加工したもの,さらに1400℃で溶融したのち1300℃で保持後に繊維状に加工したものの6種類を用意した.いずれの試料もアニーリングせずに実験に用いた.後者の3試料については,降温後の保持時間が異なる複数の試料を準備した.
溶融及び加工時の温度の影響を見ると,低温で用意した試料ほど粘性増加の度合いが大きく,後藤(1998)と同様の結果が得られた.一方1500℃で溶融し1300℃で加工した試料の粘性増加の度合いは,1300℃ではなく,1500℃で溶融及び加工した試料のそれと一致した.また降温後の保持時間は粘性増加の度合いには影響しなかった.これらのことは,粘性増加は試料作成時の温度ではなく,試料が経験した最高温度に依存することを意味する.同様の結果はほかの試料の比較からも得られた.
低温での時間に対する粘性変化は,鉄を含まない単純な組成の珪酸塩融体でも多数報告されている.それらはメルト構造の緩和現象,つまり各温度での平衡な状態へ構造が変化する過程の現れと解釈されている(例えばBottinga et al., 2001, J. Non-Crystal. Solids).火山岩融体の粘性増加も構造緩和の結果だとするなら,粘性増加の度合いは試料の作成温度に依存するはずで,今回の結果を説明できない.
現段階では粘性増加の原因を特定するには至っていないが,リキダス以上では構造変化が瞬時に起こると考えられるにもかかわらず,経験した最高温度をメルトが"記憶"していることは興味深い.この実験結果は,噴出時の温度と化学組成が同じマグマでも,噴火前の温度によりその後の挙動が変わりうることを示唆する.