医学検査
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症例報告
『渦巻状構造を呈さないマルベリー小体』が出現したファブリー病の2症例
大田 夏恵永江 隆幸浅香 淳福島 良明
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2018 年 67 巻 2 号 p. 259-264

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Abstract

ファブリー病は加水分解酵素α-ガラクトシダーゼA(α-galactosidase A; α-GAL)の活性が欠損または低下しているため,グロボトリアオシルセラミド(globotriaosylceramide; GL-3,Gb3)(別名セラミドトリヘキソシド(ceramide trihexoside; CTH))などの糖脂質が血管内皮細胞や心筋細胞をはじめとする様々な細胞に蓄積する糖脂質代謝異常症で,指定難病に登録されているライソゾーム病の1つである。ファブリー病はX連鎖性遺伝性疾患であり,X染色体を1つしか持たない男性に多く発症する。男性の場合,小児期から四肢末端の疼痛・被角血管腫・発汗低下などがみられる古典型と,成人期以降に心臓または腎臓を中心に症状が現れる遅発型に分類される。古典型には酵素活性がほとんど認められないのに対し,遅発型はわずかに認められると言われている。女性では無症状から重い症状まであり多様性を呈す。ファブリー病の尿沈渣中にはマルベリー小体(渦巻状の脂肪成分)やマルベリー細胞(上皮細胞にマルベリー小体が蓄積したもの)が出現し,両成分の表面構造はいずれも均一で渦巻状~円状の層を示す脂肪の粒が特徴的であると言われている。今回著者らは,渦巻状構造を呈さないマルベリー小体が出現した2症例を経験したので報告する。

I  はじめに

ファブリー病は加水分解酵素α-ガラクトシダーゼA(α-galactosidase A; α-GAL)の活性が欠損または低下しているため,グロボトリアオシルセラミド(globatriaosylceramide; GL-3)などの糖脂質が様々な細胞に蓄積する糖脂質代謝異常症で,ライソゾーム病の1つである1)

ファブリー病はX連鎖性遺伝性疾患であり,X染色体を1つしか持たない男性に多く発症する2)。男性の場合,小児期から四肢末端の疼痛・被角血管腫・発汗低下などがみられる古典型と,成人期以降に心臓または腎臓を中心に症状が現れる遅発型に分類される。古典型には酵素活性がほとんど認められないのに対し,遅発型はわずかに認められると言われている。女性では無症状から重い症状まであり多様性を呈す3),4)

ファブリー病の尿沈渣中には,マルベリー小体(渦巻状の脂肪成分)やマルベリー細胞(上皮細胞にマルベリー小体が蓄積したもの)が出現することが知られており,両成分の表面構造はいずれも均一で渦巻状~円状の層を示す脂肪の粒が特徴的であると言われている5)~7)

今回我々は,渦巻状構造を呈さないマルベリー小体が出現した2症例を経験したので報告する。

II  症例

1. 症例1

患者:30歳代,男性。

既往歴:3年前の健康診断で尿蛋白定性(±)。その後も尿蛋白定性が(±)~(1+)と継続するため精査加療目的で当院受診。

臨床症状:特に無し。

家族歴:母方祖父が腎臓病。

検査所見:Table 1に示す。

Table 1  検査所見
症例1 症例2
生化学 BUN(mg/dL) 13.0 15.5
Cre(mg/dL) 0.77 0.95
eGFR(mL/min/1.73 m2 93.08 64.97
尿定性 PH 7.0 5.5
蛋白 (2+) (±)
潜血 (−) (−)
尿定量 尿蛋白(mg/dL) 84.6 16.8
尿Cre(mg/dL) 154.3 134.1
尿蛋白/Cr比(g/g·Cr) 0.548 0.125
尿沈渣 赤血球(/HPF) 1–4 0–1
白血球(/HPF) 0–1 0–1
扁平上皮細胞(/HPF) 1–4 0–1
尿細管上皮細胞(/HPF) 0–1
硝子円柱(/WF) 1–4 5–9
脂肪球(/HPF) 0 0
不明成分(/HPF) 0.3 2
マルベリー小体(/HPF) 0 0–1

尿沈渣はUF-1000i(尿中有形成分分析装置)でレビューフラグはたたなかったが,尿蛋白定性(2+)のため鏡検対象となった。

尿沈渣の背景は非常にきれいで,強拡大(high power field;HPF,400倍)鏡検にて,『渦巻状構造を呈さない不明成分(以下,不明成分)』が認められた。非糸球体型赤血球が1–4/HPF出ている中に,不明成分は『糸球体型(ドーナツ・有棘状不均一混合型)赤血球に類似した形態』(Figure 1)や『糸球体型(コブ・ドーナツ状不均一)赤血球に類似した形態』(Figure 2)で0.1/HPFと少数認められた。他にも『脂肪球が有尾状化した形態で,中が空洞所見を呈した不明成分』(Figure 3)や『丸い粒の集塊』(Figure 4)が0.2/HPF認められた。また,『不明成分が集塊状を呈した細胞』も少数認められた。

Figure 1 

糸球体型(ドーナツ・有棘状不均一混合型)赤血球に類似した形態

無染色(×400)

Figure 2 

糸球体型(コブ・ドーナツ状不均一)赤血球に類似した形態

無染色(×1,000)

Figure 3 

脂肪球が有尾状化した形態で,中が空洞所見を呈した不明成分

無染色(×1,000)

Figure 4 

丸い粒の集塊

無染色(×400)

形態が類似している成分との鑑別を行い(Table 2)に示す。鑑別した結果,赤血球・リン酸塩・シュウ酸カルシウム結晶・レシチン顆粒・ヘモジデリン顆粒・酵母様真菌は否定された。

Table 2  類似成分との鑑別方法と結果
鑑別方法 不明成分 類似成分
酢酸 溶解しない 溶解する 赤血球
塩酸・酢酸 溶解しない 溶解する リン酸塩
塩酸 溶解しない 溶解する シュウ酸カルシウム結晶(ビスケット状)
S染色 染まらない 染まる レシチン顆粒
S染色 染まらない 染まる ヘモジデリン顆粒
大きさ・光沢感 小さい・有り 大きい・無し 酵母様真菌

S染色(Sternheimer染色)

光沢感が脂肪球に類似していたため,ズダンIII染色を施行したところ,橙黄色の染色態度を示したことから脂肪成分であることが確認できた。そこで,この成分をマルベリー小体として疑い,渦巻状の細胞を注意深く検索したものの本尿沈渣中では見つけることができなかった。しかし,脂肪球とは明らかに形態が異なり,この成分の持つ空洞所見(Figure 3)がマルベリー小体に類似していたため,臨床医にマルベリー小体の可能性があると報告した。

2. 症例2

患者:50歳代,男性。

既往歴:20歳代から肥大型心筋症にて循環器内科に通院中。

家族歴:母方の従兄弟がファブリー病と診断されたため,精査希望となった。

検査所見:Table 1に示す。

尿沈渣はUF-1000iでレビューフラグはたたなかったが,ファブリー病疑いのため鏡検を行った。「渦巻状のマルベリー小体」を0–1/HPF認め,『不明成分』は2/HPF認めた(Figure 5A, 5B, 6)。

Figure 5 

細長いヘビ状形態

無染色(×1,000)

B:Aの微動を動かしたもの

Figure 6 

脂肪球がコブ状を呈した形態

無染色(×1,000)

III  精査結果

1. 腎生検

1) 症例1

Hematoxylin Eosin染色(HE染色)では,糸球体上皮細胞の腫大,空胞変性が主体で,尿細管上皮細胞にも一部で変化が認められる程度であり,ファブリー病として比較的早期の組織所見と考えられた。電子顕微鏡所見では,糸球体上皮細胞に層状構造物(Zebra body)が認められた。

2) 症例2

HE染色では,GL-3の沈着は糸球体上皮細胞にほぼ限局した比較的早期のファブリー病に一致する組織所見と考えられた。電子顕微鏡所見で多量のZebra bodyが認められた(Figure 7)。

Figure 7 

電子顕微鏡像(×2,500)

腎組織像:多量の層状構造物(Zebra body)を認める

2. α-GAL,Lyso-Gb3,遺伝子検査

症例1,2の精査結果をTable 3に示す。いずれも白血球中のα-GALは低値,血漿中のglobotriaosyl­sphingosine(Lyso-Gb3)は高値,遺伝子検査で変異が認められファブリー病と診断された。古典型で見られる四肢疼痛・被角血管腫・発汗低下2)などの症状が認められず遅発型と診断された。

Table 3  精査結果
症例1 症例2 基準値
白血球中α-GAL 1.3 1.1 49.8~116.4 nmol/mgP/時
血漿中Lyso-Gb3 25 16 2 nmol/L未満
遺伝子変異 G360S L403S
診断 遅発型(腎障害) 遅発型(心障害)

3. 尿沈渣

1) 症例1

『不明成分』は偏光顕微鏡でマルタ十字が認められた(Figure 8)。

Figure 8 

偏光顕微鏡像(×400)

マルタ十字

酵素補充療法(enzyme replacement therapy; ERT)が開始するまでの尿沈渣9回中「渦巻状のマルベリー小体」は5/9回(56%)の出現率だったが,『不明成分』は毎回出現し「渦巻状のマルベリー小体」の平均に対して3倍以上の数が認められた。また,ERT後の尿沈渣9回中「渦巻状のマルベリー小体」の出現率は2/9回(22%)に減少したが,『不明成分』は毎回認められた。

2) 症例2

ERTが開始するまでの尿沈渣11回中「渦巻状のマルベリー小体」は7/11回(64%)の出現率だったが,『不明成分』は毎回出現し「渦巻状のマルベリー小体」の平均に対して5倍以上の数が認められた。

3) 2症例の特徴

『不明成分』は脂肪球に比べて光沢感が弱く,大きさは2.5~10 μmであった。多彩な形態が認められたが,リン酸塩に類似した形態が一番多かった。無染色の弱拡大(low power field;LPF,100倍)では,辺縁が黒くて厚い球状様に見え,カバーガラスを載せた直後から外に向かって流れ出ており,少数の出現例では時間が経過すると外に流出し,見つけることが困難であった。2症例とも脂肪球は認めなかった。

『不明成分が集塊状を呈した細胞』は一部分に単層構造の円状形態が認められ,空洞所見がマルベリー小体に類似していた。上皮細胞の細胞質がS染色で赤紫色に染色されるため,無染色よりS染色の方が検出し易かった。卵円形脂肪体との鑑別点は,卵円形脂肪体は辺縁が明瞭で円形を示すものが多いのに対し,『不明成分が集塊状を呈した細胞』は,辺縁が不明瞭で円形~歪な形まであり多彩な形態を呈した(Figure 9)。また,卵円形脂肪体は脂肪成分が細胞全体に充満している場合と少数の場合があるが,『不明成分が集塊状を呈した細胞』は脂肪成分が細胞全体に充満し,細胞質の辺縁から脂肪の粒が所々突出し細胞辺縁がデコボコしていた(Figure 10)。細胞所見は卵円形脂肪体より光沢感が弱く,大きさは10~30 μmであった。

Figure 9 

歪な形態

S染色(×400)

マルベリー細胞

Figure 10 

細胞辺縁がデコボコしている形態

S染色(×400)

マルベリー細胞

IV  考察

『不明成分』は黄色~黄緑色で光沢感があるが脂肪球よりは弱く,大きさは2.5~10 μmであった。糸球体型赤血球に類似した形態や,リン酸塩に類似した形態,脂肪球が有尾状化したような形態,集塊状を呈した形態など多彩な形態を示した。『不明成分』はズダンIII染色で橙黄色に染まり,偏光顕微鏡でマルタ十字を認めたことから脂肪成分であることが確認でき,腎生検と遺伝子検査の結果からファブリー病と確定診断がついたためマルベリー小体である可能性が考えられた。

今回の2症例で『不明成分』は毎回認められたが,「渦巻状のマルベリー小体」は毎回は認められず,数も少ないため,いかに『渦巻状構造を呈さないマルベリー小体』に疑念を持ち鏡検できるかが重要であると考えられた。一番数が多かった形はリン酸塩に類似した形態であったため,普段からリン酸塩を軽視せず溶解試験で確認することは重要であると改めて認識した。

ファブリー病患者の尿沈渣像は,一般的に背景がきれいな場合が多く,尿蛋白定性(−)でもマルベリー小体は出現することがあるため注意が必要である8)

ファブリー病の治療は低下している酵素蛋白を定期的に補充するERTが2004年保険適応となり,早期にERTを導入することにより心・腎に対し臓器障害の進行を抑制することが可能となりつつある。しかし,腎機能障害の進行した症例や蛋白尿が多い症例ではERTの効果は期待できないとの報告もあり早期発見・早期治療が重要である9)

V  結語

ファブリー病患者の尿沈渣中に出現するマルベリー小体は渦巻状構造が特徴的と言われているが,今回の症例から『渦巻状構造を呈さないマルベリー小体』も出現すると考えられた。また,それは多彩な形態を示すことが分かった。

尿沈渣でマルベリー小体を疑う細胞がある場合は,積極的に報告し早期発見に努めるべきである10)

 

本論文の要旨は第65回日本医学検査学会(神戸)において発表した内容に,さらに1症例を加えた。

謝辞

稿を終えるにあたり,ご指導いただきました東京医科大学茨城医療センター腎臓内科 下畑 誉医師に深謝申し上げます。論文執筆,及び,検査方法をご指導いただきました東京女子医科大学病院中央検査部 横山 貴技師に深謝申し上げます。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  衞藤 義勝,他:「ファブリー病 基礎から臨床までの最近の知見」,ブレーン出版,東京,2004.
  • 2)   柴垣  有吾:「蛋白尿患者におけるファブリー病のスクリーニング」,Medical Technology, 2005; 33: 1227–1228.
  • 3)  衞藤 義勝,他:「ファブリー病Up Date」,診断と治療社,東京,2013.
  • 4)  衞藤 義勝,他:「ファブリー病診断治療ハンドブック2015」,イーエヌメディックス,東京,2015.
  • 5)  横山 貴,他:「そこが知りたい尿沈渣検査」,183–187,医歯薬出版,東京,2006.
  • 6)   工藤  明,他:「尿沈渣鏡検がきっかけとなりファブリー病と診断された1症例」,医学検査,2007; 56: 875–878.
  • 7)  伊藤 機一(監修):「尿沈渣検査法2010」,90,(一社)日本臨床衛生検査技師会,東京,2011.
  • 8)  西岡 祥子,他:「尿定性検査が正常で尿沈渣にmbが出現した小児の1症例」,第59回日本医学検査学会抄録,2010; 313.
  • 9)   Germain  DP et al.: “Sustained, long-term renal stabilization after 54 months of agalsidase beta therapy in patients with Fabry disease,” J Am Soc Nephrol, 2007; 18: 1547–1557.
  • 10)   Shimohata  H et al.: “A renal variant of fabry disease diagnosed by the presence of urinary mulberry cells,” Intern Med, 2016; 55: 3475–3478.
 
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