2018 年 67 巻 4 号 p. 605-610
C型慢性肝炎に対し,テラプレビル,ペグインターフェロン,リバビリンの3剤併用療法施行中患者尿に,特徴的な結晶成分が認められた。本結晶成分は酸性溶液やアルカリ性溶液,有機溶媒には不溶であり,特定の偏光色も認められなかった。テラプレビル服用患者の尿沈渣検査の経時的な変化を確認すると,5症例中4症例で治療開始直後から尿中に結晶成分が出現し,それと同時に腎機能の低下を認めた。残りの1症例においても投与4週後には結晶成分の出現を認めた。また,5症例全てにおいて,テラプレビル投与終了後に結晶成分の消失と腎機能の回復を認めた。これらの結晶成分がテラプレビルに由来するものか調べるため,患者尿とテラプレビル錠剤を粉末化したものを用いて赤外吸収スペクトルを測定した。それぞれの波形を比較すると,1,060 nm付近で同様なピークを示した。以上より,本結晶成分がテラプレビルに由来するものである可能性が示唆された。尿沈渣検査にて本結晶成分を検出することは,テラプレビルの服用によって引き起こされる腎不全の予防に有用であると考えられた。
日常検査では尿沈渣中に様々な結晶成分を認めるが,それらの結晶成分の中には,服用・投与された薬物に由来する薬物結晶がある。薬物結晶の析出は,アスピリン,抗結核剤のパス,サルファ剤,アミドトリゾ酸系の造影剤,イオパノン系の造影剤等の投与が原因であると報告されている。これらの薬物結晶は原因となる薬物により様々な形状を呈するが,特に針状あるいは束針状を呈するものが多い1)。
今回我々は,短期間に共通した針状の結晶成分を認めたことより背景を確認したところ,すべての患者でC型慢性肝炎に対してペグインターフェロン(PEG-IFN),リバビリン(RBV),テラプレビルによる3剤併用療法を行っており,これらの結晶がテラプレビルによる薬物結晶であると推定されたので報告する。
東京大学医学部附属病院検査部に提出された,テラプレビルを内服しているC型肝炎患者5名(48~67歳,男性2人,女性3人)の薬物結晶を認めた尿検体を対象とした。なお,本検討は東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認(承認番号:3333-87)を得て実施した。
今回検出された結晶成分の色調は褐色で,形態的には針状を示していた。日常見られる結晶成分で褐色の針状を呈するものとして,薬剤結晶の成分として知られているトスフロキサシン(TFLX)の結晶がある。このTFLXによる薬剤結晶と比較すると,本症例で確認された結晶は,太さが一定ではなく,束状やウニ様を呈していないという相違点がある2)。これらの一部は散在性に認められたが,多くの結晶成分は尿細管上皮細胞に付着した状態で確認された(Figure 1)。また,全ての症例で結晶成分の付着した尿細管上皮細胞が円柱内に封入された,結晶円柱および上皮円柱を認めた(Figure 2)。
Drug-associated crystal adhere to tubular epithelia cells (40×)
A: Unstained, B: Sternheimer stain
Crystal cast and epithelial cast (Unstained 40×)
結晶成分の鑑別には水溶液や有機溶媒の添加にて結晶を消失させる方法がある。酸性溶液やアルカリ性溶液添加による結晶成分の反応を確認したところ,酢酸,塩酸,水酸化ナトリウムには反応しなかった。また,クロロホルムやエタノールなどの有機溶媒の添加に対しても不溶であった。
さらにこれらの結晶成分は偏光下では光らず,特定の偏光色は認めなかった。
2. 各症例の検査データおよび経過5症例の3剤併用療法開始前日からテラプレビル投与終了後までの尿沈渣検査所見および,血清BUN,eGFRの結果を示す(Table 1–5)。尿沈渣検査の結果は,尿沈渣検査法20103)に基づき表記した。投与直後に尿検査を実施しなかった症例3を除く4症例において,テラプレビル投与開始から1週間以内に提出された尿検体で既に薬剤結晶および結晶円柱を認め,全症例とも投与終了後直ちに陰性化した。
Case 1 | Day −1 | Day 1 | Day 7 | Day 22 | Day 36 | Day 50 | Day 57 | Day 64 | Day 85 | |
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Urinary sediment | Red blood cells | < 1 | < 1 | 1–4 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | |
White blood cells | 20–29 | 10–19 | 10–19 | < 1 | 20–29 | ≥ 100 | 1–4 | < 1 | ||
Tubular epithelial cells | 1–4 | 5–9 | 1–4 | 1–4 | ||||||
Hyaline casts | 1–4 | 1–4 | 5–9 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | ||||
Epithelial casts | 1–4 | 5–9 | 10–19 | 5–9 | 1–4 | |||||
Granular casts | 1–4 | 5–9 | 5–9 | 1–4 | ||||||
Waxy casts | ||||||||||
Broad casts | 1–4 | 20–29 | 10–19 | |||||||
Crystal casts | 1–4 | 10–19 | 10–19 | 5–9 | 1–4 | |||||
Drug-associated crystal | + | + | + | + | + | |||||
Serum | BUN (U/L) | 10.7 | 13.2 | 17.1 | 11.8 | 12.8 | 8.6 | 11.4 | ||
eGFR (mL/min/1.73 m3) | 93.8 | 69.9 | 57.8 | 66.7 | 61.9 | 73.5 | 93.8 | 97.9 | ||
↑ Beginning of dosage |
↑ Stopping dosage |
Case 2 | Day −1 | Day 1 | Day 7 | Day 22 | Day 36 | Day 57 | Day 59 | Day 64 | Day 71 | |
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Urinary sediment | Red blood cells | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | ||
White blood cells | < 1 | < 1 | 1–4 | 1–4 | ≥ 100 | 30–49 | 1–4 | |||
Tubular epithelial cells | 5–9 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | ||||||
Hyaline casts | 5–9 | 20–29 | 1–4 | 50–99 | 5–9 | 20–29 | ||||
Epithelial casts | 20–29 | 5–9 | 5–9 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | ||||
Granular casts | 5–9 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | ||||
Waxy casts | ||||||||||
Broad casts | 1–4 | |||||||||
Crystal casts | 20–29 | 1–4 | 5–9 | 1–4 | ||||||
Drug-associated crystal | 2+ | + | + | + | ||||||
Serum | BUN (U/L) | 14.8 | 19.3 | 20.1 | 27.4 | 17.8 | 15.4 | |||
eGFR (mL/min/1.73 m3) | 64.9 | 48.0 | 45.8 | 45.2 | 52.3 | 63.9 | 67.0 | |||
↑ Beginning of dosage |
↑ Stopping dosage |
Case 3 | Day −1 | Day 1 | Day 28 | Day 42 | Day 56 | Day 63 | Day 65 | Day 68 | Day 69 | |
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Urinary sediment | Red blood cells | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | |||
White blood cells | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | ||||
Tubular epithelial cells | 5–9 | < 1 | < 1 | 1–4 | ||||||
Hyaline casts | 5–9 | 30–49 | 20–29 | 20–29 | 10–19 | |||||
Epithelial casts | 5–9 | 50–99 | 50–99 | ≥ 100 | 1–4 | |||||
Granular casts | 1–4 | |||||||||
Waxy casts | ||||||||||
Broad casts | ||||||||||
Crystal casts | 1–4 | 50–99 | 50–99 | 50–99 | ||||||
Drug-associated crystal | + | + | + | + | ||||||
Serum | BUN (U/L) | 11.9 | 10.3 | 13.1 | 14.8 | 14.8 | 10.0 | 12.1 | ||
eGFR (mL/min/1.73 m3) | 102.9 | 73.9 | 75.8 | 71.2 | 64.2 | 61.5 | 77.7 | |||
↑ Beginning of dosage |
↑ Stopping dosage |
Case 4 | Day −1 | Day 1 | Day 5 | Day 7 | Day 9 | Day 85 | Day 92 | |
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Urinary sediment | Red blood cells | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | < 1 | ||
White blood cells | 1–4 | < 1 | 1–4 | 1–4 | 1–4 | |||
Tubular epithelial cells | 1–4 | < 1 | < 1 | < 1 | ||||
Hyaline casts | 1–4 | 5–9 | 1–4 | 20–29 | ||||
Epithelial casts | 30–49 | 20–29 | 10–19 | 5–9 | ||||
Granular casts | 1–4 | |||||||
Waxy casts | ||||||||
Broad casts | ||||||||
Crystal casts | 20–29 | 10–19 | 10–19 | 5–9 | ||||
Drug-associated crystal | + | + | + | + | ||||
Serum | BUN (U/L) | 9.1 | 15.2 | 14.1 | 13.3 | 18.3 | 12.1 | |
eGFR (mL/min/1.73 m3) | 105.3 | 70.8 | 82.5 | 78.2 | 70.4 | 83.6 | ||
↑ Beginning of dosage |
↑ Stopping dosage |
Case 5 | Day −1 | Day 1 | Day 5 | Day 8 | Day 84 | Day 92 | |
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Urinary sediment | Red blood cells | < 1 | 50–99 | 30–49 | 50–99 | ||
White blood cells | 1–4 | < 1 | 1–4 | 1–4 | |||
Tubular epithelial cells | < 1 | < 1 | |||||
Hyaline casts | 10–19 | 20–29 | |||||
Epithelial casts | 5–9 | ||||||
Granular casts | |||||||
Waxy casts | |||||||
Broad casts | |||||||
Crystal casts | 1–4 | ||||||
Drug-associated crystal | + | + | |||||
Serum | BUN (U/L) | 15.4 | 12.6 | 16.4 | 12.4 | ||
eGFR (mL/min/1.73 m3) | 93.0 | 89.9 | 87.1 | 96.2 | |||
↑ Beginning of dosage |
↑ Stopping dosage |
薬剤結晶出現時の症例1および症例2の患者尿から作成した粉末とテラプレビル錠剤の粉末を用いて赤外吸収スペクトルを計測し,比較を行った。尿中に出現した結晶の粉末化は,尿検体より尿沈渣を作製し,孵卵器で沈渣を乾燥させ粉末状にした。テラプレビルとの比較の前に患者尿と蛋白コントロールの赤外吸収スペクトルを比較したところ,波形の大部分は一致したが,一部で波形のピークが異なる部分を認めた。次に患者尿とテラプレビルとの比較をしたところ,全体的な波形の一致率は低かったが,患者尿と蛋白コントロールで異なるピークを認めた1,060 nm付近において,患者尿およびテラプレビルの波形に同様なピークを認めた(Figure 3–6)。
Infrared absorption spectrum of protein control
Infrared absorption spectrum of urine of case 1
Infrared absorption spectrum of urine of case 2
Infrared absorption spectrum of telaprevir
テラプレビルは,C型慢性肝炎に対する治療薬として2011年9月に承認された経口抗ウイルス薬である。それまで主流であったPEG-IFNとRBVの2剤併用療法にテラプレビルを加えた3剤併用療法を行うことで,C型慢性肝炎の初回治療例に対する治療成績(sustained virological response %; SVR %)は,これまでの49.2%から73.0%と大幅に改善した4)。一方でテラプレビルの副作用として,貧血や皮膚障害,消化器症状,腎障害などが高頻度で認められている。国内での第Ⅲ相試験における治療完遂率は6割程度で,3人に1人の割合でテラプレビルの投薬期間である12週間が経過する前に投薬中止となっている5)。今回提示した5症例のうち3症例でテラプレビル投薬を中断しており,当院においても3剤併用療法の治療完遂が困難であることを示している。現在ではテラプレビルより副作用を軽減させた第2世代のプロテアーゼ阻害薬であるシメプレビルが発売されており,良好な治療効果を得ているとの報告がある6)。また,最新のC型肝炎治療ガイドラインでは,第2世代プロテアーゼ阻害薬およびINFフリーDAAが発売されたことを受け,テラプレビルの製造販売が中止されていることが記載されており,それに伴い治療推奨からテラプレビルの記載が削除されている7)。
今回認めた薬剤結晶は,多くが尿細管上皮細胞に付着した状態で検出されており,本結晶成分が膀胱内ではなく尿細管腔で生成されていることが示唆された。テラプレビルの有効成分は難溶性薬物であるため,製剤化により溶解性を向上させているが8),尿中ではこの難溶性の成分が尿細管で結晶として析出していると考えられた。
今回提示した5つの症例では全例において服用開始早期(1週間以内)に各種円柱を認めており,尿沈渣所見からテラプレビルによる腎障害が示唆された。薬物結晶の出現と腎障害は同時期に始まっており,薬物結晶の検出はテラプレビルの使用状況を確認するのに有用であると考えられた。また,結晶の検出のみならず,尿沈渣検査を実施することは腎障害の進行具合を認識するのに重要であると考えられた。
尿沈渣中に出現した薬剤結晶を同定するための方法は確立されていないが,以前に長浜ら9)が赤外吸収スペクトルを用いた方法で解析を行ったと報告があった。そこで今回我々も同様の方法を用いて解析を試みた。赤外吸収スペクトルの比較結果からは,尿沈渣中の結晶成分がテラプレビルの結晶化によるものと断定するには至らなかった。しかし,各波形の特定の部位で類似したピークを示したことから,テラプレビル由来の結晶である可能性が示唆された。
尿中に結晶成分が検出された場合は,結石形成の可能性を考慮しなければならない。尿沈渣検査で結晶成分を検出し,早期に輸液を実施したことで結石の形成を免れた例も報告されている10)。テラプレビル服用患者において薬剤性の結晶成分を検出することは,患者への水分補給の指示や結石形成による腎後性急性腎不全の予防に有用であると考えられた。また,今回の報告はテラプレビルに関するものであったが,これに限らず,不明な結晶成分が付着した尿細管上皮細胞や尿細管上皮細胞を多数含む結晶円柱を検出することで,薬剤性の腎障害を未然に防ぐことが可能になると考えられた。
C型慢性肝炎に対する経口抗ウイルス薬テラプレビル服用患者の尿沈渣中に,共通した結晶成分を認めた。赤外吸収スペクトルの比較からは,これらの結晶がテラプレビルに由来するものと断定はできなかった。しかし,テラプレビル服用患者での尿中の結晶成分出現は,腎障害を反映していると考えられるため,テラプレビルやその他の薬剤による腎不全の予防のためにも,尿沈渣中で由来が不明な結晶成分を検出することは有用であると考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。